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6.こんな田舎に来客が

 どちら様ですか。そんな言葉が喉に引っかかっているのを感じながら、屋敷の玄関先に立っている青年を見つめる。


 白馬の王子様。私の頭の中に最初に浮かんだのは、そんな言葉だった。


 年は二十歳そこそこだろう、ちょっと猫っ毛の金髪に、目は春の空を思わせるふんわりと優しい水色。ちょっと女性的な、でもかなりの美形だ。


 物腰柔らかで、さわやかな笑みを浮かべている。やたらときらきらした、甘い雰囲気の青年だ。ぽかんと……うっとりと見とれる私に、彼はゆったりとあいさつをしてくる。


「はじめまして、僕はヴィヴ・ルーフェと申します。隣国デンタリオンの伯爵家の者です。こちらは妹のミラ」


 すると彼の背中に隠れるようにして立っていた少女が、とことこと歩み出てきて頭を下げた。


「はじめまして、ミラです!」


 あ、可愛い。この子……六歳くらいかな。繊細で柔和な美貌はお兄ちゃんそっくり。でも、ちょっといたずらっぽい表情をしている。


「私はこの屋敷の主、アリーシャと申します」


 自然と微笑みながら、そう言葉を返す。少しだけ悩んで、ただ名前だけを答えた。


 貴族なら家名が、豪商なら屋号がある。どちらも持たない私が、屋敷の主だなんて。改めて考えると、ちょっと妙な話ではあるのだ。


 妙といえば、着ているものもそうだ。ゆったりとした素朴なズボンとブラウス、こんな格好をしている女性なんて、平民でも珍しいだろう。


 パンツスタイルが当たり前だった前世と違って、この世界の女性は基本スカートのみだし。


 しかしヴィヴは、少しも動揺している気配はなかった。変わらず穏やかに、礼儀正しく話しかけてくる。


「僕たちは、ちょっと探し物をしているんです。その途中、偶然この近くを通りがかりまして」


「ずっと馬車で旅をしているのよ!」


「……もしかしたらこの近くに、探し物があるかもしれないんです。差し支えなければ、少しここに滞在させてもらえないでしょうか?」


 そう言って、ヴィヴは頭を下げた。とても潔い仕草だった。


「図々しいお願いだというのは承知していますし、もちろん対価は払います」


「お願いなの!」


 その言葉に、背後に集まっていた三人のほうをそっと振り返る。


 この屋敷にはまだ空き部屋がある。やってきたのはヴィヴとミラ、それに従者が二人。これくらいならなんとかなる。


 けれど、人が増えるということは家事労働が増えるということで、つまり三人の負担が増えるということだ。


 ポリーはいつも通りおっとりと笑っていて、ステイシーは驚きつつ興味を隠せていない。そしてブルースはとても頼もし気な笑みを浮かべていた。


 ……あれ、問題なさそうだ。ただ、その前にいくつか確認しておかないと。


「その、馬車で北にしばらく進むと、町がありますわ。そちらのほうが、良い宿があるのでは……」


「ミラは少々体が弱いので、騒がしいところは向かないのです」


「この屋敷は見ての通り人が少なく、大したもてなしはできないのですけれど……」


「いえ、どうぞお構いなく。人手が足りないのであれば、こちらの従者もお貸ししましょう。なんなら、私もお手伝いします」


「ミラも頑張る!」


 体の弱い子に頑張らせてはいけないと思うけれど、本人はとってもやる気のようだ。そこまで考えているのなら、もう反対する理由もない。


「分かりましたわ。どうぞ、ゆっくりしていってください」


 そう告げた時の、二人の表情と言ったら。ぱあっと輝くというのがぴったりの、心底嬉しそうな顔だったのだ。


 こちらまで嬉しくなるのを感じながらも、もう一つだけ聞いてみる。


「……でも、どうして滞在先にこの屋敷を選ばれたのでしょう?」


 と、ヴィヴが照れたように微笑んだ。わっ、ちょっとどきっとした。


「……実は、遠目にここの庭を見て……心惹かれました」


「とってもきれい!」


「僕たちが探しているのは、実はとある植物なんです。これだけ見事な庭なら、もしかして目的のものもあるかもしれないと、そう思えてしまって」


「……お庭、見たいな。だめ?」


 美形兄妹は、そんなことを言いながらちらちらとこちらを見てくる。そんな風におねだりされたら断れない。というか、庭を見せるくらいならお安い御用だけれど。


「ええ。それでは後で、案内しましょうね」


「やったあ!」


 にっこりと笑って答えたら、ミラがぴょんと抱き着いてきた。きゃあきゃあという楽しげな声を上げて。




 そうしてヴィヴとミラ、それに二人の従者を部屋に案内する。


 ちなみに従者はそれぞれ、執事のダニエル、メイドのエステルと名乗った。妙に似た名前と雰囲気のこの二人は、なんと夫婦なのだそうだ。


 きびきびと無駄なく動き、しかし物静かなせいか存在感が薄い。その場の空気にすっと溶け込めてしまえる、二人はそんな人たちだった。


 考えてみたら、貴族の使用人なんてものは目立たないのが普通だ。うちの三人が独特すぎて忘れていたけれど。


 従者の二人の案内はポリーたちに任せて、私はヴィヴとミラを客室に連れていった。ここの主人として、客人を案内する。そんな役割を果たすことになるなんて、ここに来た時は思いもしなかった。


「それでは、お二人はここを使ってください」


 その客間は入ってすぐにある居間と、その左右にくっついている二つの寝室からなっていた。ミラがきゃあと歓声を上げて居間に入り、あっちこっち眺めている。


「ありがとうございます。突然のお願いにもかかわらず、親切にしていただいて……」


 ヴィヴはそんなミラを見守りながら、恐縮したように頭を下げている。貴族とは思えないほど腰が低い。でもそんなところが嫌味にも卑屈にもならない、不思議な人だ。


「いえ、本当に何もないところですから……」


「いえいえ、素敵なところですよ。落ち着いた屋敷、素晴らしい庭、親切なみなさん」


「そう褒められるとくすぐったいですわ……」


 私とヴィヴが礼儀正しくもむずむずする会話を繰り広げていたら、ミラがとてとてと駆け寄ってきた。子供用のちっちゃなトランクをしっかりとつかんだまま。とても元気な子だ。本当に病弱なのかな?


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! ミラ、お庭見たい!」


「ええ、いいわよ。でもその前に、荷物を部屋に運んでしまいましょうね」


 そう言うと、ミラはトランクを抱えて片方の寝室に向かっていく。いつの間にやら私の呼び名が『お姉ちゃん』になっていることについて何も言わずに。まあいいか、嫌じゃないし。


「うん。じゃあ、ミラはこっちのお部屋使ってもいい? お兄ちゃんはそっちね」


 どうやら彼女は、一日たっぷりと日の入る寝室が気になっているようだった。さっさとそこにトランクを運び込んで、得意げな顔で戻ってきた。


 ヴィヴは、そんな彼女を止めることもたしなめることもしない。ただにこにこと、穏やかに微笑んでいるだけだ。


 普通の貴族の令嬢なら、このくらいの年頃になればそれなりにお行儀よくふるまえる。将来一人前のレディとなるために、きちんとしつけられているからだ。


 でもミラは、見事なまでに年相応というか、天真爛漫というか……年の離れた兄妹だし、ヴィヴが甘やかしてしまっているのかもしれない。その気持ちも分かるくらいに、ミラは愛らしい子だけれど。


「それでは、僕も荷物を置いてきますね」


「ええ、それが終わったら庭に行きましょう」


 本音を言うと、庭を堂々と案内できるのはこちらとしてもありがたかった。


 なにせうちの屋敷の庭は、私のギフトのせいで無秩序に広がっていて、かなり混沌としている。どこに何が植わっているのか、きちんと把握しているのは私だけだ。


 二人を自由に庭を歩かせでもしたら、あれは何だろうこれは何だろうと疑問だらけになるに違いない。それを後でまとめて聞かれでもしたら、どう答えていいか分からない。


 そもそも、私のギフトについてはやはり内緒だし。ヴィヴもミラもいい人っぽいけれど、それでもいきなり秘密をばらすのはちょっとためらわれる。


 その点、私が先導して庭を歩けば、もっとずっと楽だ。


 この辺を歩いたらたぶんこれについて聞かれるだろうなというのがある程度予測できるし、特に訳の分からないことになっている一角は避けて通れるし。


「あの素敵なお庭を、実際に歩けるのですね……ふふ、どうにも心が浮き立ってしまいます」


 と、ヴィヴの目がまたしてもきらきらと期待に輝き始めた。とある植物を探している……って言ってたけど、彼は庭園そのものも好きなんじゃないか。何となく、そんな気がする。


「わあい! お庭、楽しみ! お花見たい!」


 はしゃぐミラと嬉しそうなヴィヴを連れて、今度は屋敷を取り囲む広大な庭に向かって歩き出した。


 これからどうなるのかなと、ちょっぴりわくわくしつつ、ちょっぴり不安に感じつつ。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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