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42.ミラと冬の散歩

「さむいねえ……さびしいねえ……」


 冬枯れの庭を、ミラがそんなことをつぶやきながら歩いている。もこもこに着ぶくれた彼女の隣を、同じようにしっかりと着込んだステイシーが歩いていた。


「冬は、ほとんどの花が枯れちゃうから……」


 ミラの肩に手を置いて、ステイシーが微笑む。


「でも、小鳥を見るのは冬のほうが楽なの……。葉っぱがないから、木の枝にとまっているのがよく見えるのよ」


 二人は今、庭の一角にある池を目指しているのだった。


 今日、ヴィヴとミラが一緒に花森屋敷に遊びに来る予定になっていた。しかし直前になって急用が入ってしまったヴィヴは、やむなくデンタリオンの王宮に残ることになったのだ。


 今回の花森屋敷行きを楽しみにしていたミラは、大いにふてくされ、「お兄ちゃんもいっしょにくるの!」とわめき倒したあげく、結局エステルだけをお供にして勝手に花森屋敷にやってきてしまったのだった。


 そんなこんなで、ミラの機嫌は悪かった。というより、すねていた。花森屋敷にやって来てから丸一日経っても、ミラはずっとむすっとしたままだった。そんなミラを見かねて、ステイシーが庭に連れ出したのだ。一緒に小鳥を見に行こう、と言って。


「ことり……どんなのがいるの?」


「とっても色々よ。わたし、鳥にはくわしいから……教えてあげるね」


 歩いているうちにちょっとだけ気分が上向いたのか、ミラがそんなことを尋ねてくる。それを見て取ったステイシーが、ほっとしたように小さく息を吐いた。


 春から秋の間は様々な花に彩られていた庭は、今はすっかり灰色に覆われていた。枝だけになった木々の間を、小さな影がいくつも飛び回っている。


 それを横目に見ながら二人は歩き続け、やがて池にたどり着いた。


「やっぱり、ここもさびしいね……」


 池のそばのベンチの前で辺りを見回し、ミラがまたため息をつく。


「でもお姉様が花を植えてくれたから、ここだけ華やかで素敵よ。ほら……」


 そう言って、ステイシーはベンチの後ろに植えられた木々を指し示す。そこの木々は、冬でも深緑の葉を茂らせていた。そしてそこに、鮮やかな花が咲き乱れている。椿の花だ。


 灰色に満ちた冬の庭に浮かび上がる、深緑と赤、白、桃色。その姿は、幼いミラですら思わず背筋を伸ばしてしまうような、清らかで厳かな雰囲気をたたえていた。


 椿に見とれているミラを笑顔で見守っていたステイシーが、ふと何かに気づいたようにばっと振り向く。とても真剣な表情で耳を澄ませて、目を見張っていた。その視線は、遠くをじっと見つめている。


「ねえ、ミラちゃん」


 そうして彼女は、池の向こう岸にある、小さな実をつけた木を指さした。


「あっちの木にちっちゃな実がついているの、見える?」


 その言葉に、ミラも振り返って背伸びをする。すぐにその木を見つけ、はしゃいだように声を上げた。


「うん。赤いつぶつぶだね」


「もうすぐ、あの実を食べに小鳥が来るから……よく見ていて」


 そうして、二人でじっと木を見つめる。すると、ひときわ小さな鳥たちが、集団でわっとその木に舞い降りてきた。


 白くて丸っこい、まるで空飛ぶ毛玉のような小さな鳥の群れが、せっせと実を食べ始めたのだ。


 その愛らしいさまに、ミラが両手を頬に当てて小さく歓声を上げた。小鳥を驚かさないように飛び跳ねこそしなかったものの、その小さなつま先はそわそわと忙しく動いていた。


「うわあ、かわいい……ねえステイシーちゃん、どうしてステイシーちゃんはことりが来るってわかったの?」


 枝から枝に目まぐるしく飛び移る小鳥たちから目を離さずに、ミラは小声でステイシーに尋ねる。


「声がしたの。あの鳥は、群れで木の実を食べにくるから、集まるならあの木かなって……」


「えっ、声だけでわかるの!?」


「うん……この辺りの野山には、たくさんいる鳥だから……」


 ミラの声ににじんだ称賛の響きにちょっと恥じらいながら、ステイシーがそう答えた。けれどまた、はっと目を見張って顔を上げる。


「あ、静かに……後ろの椿の木に、違う鳥がきた……」


「ほんと!? あ、しずかにしなきゃ」


 二人はまた振り返って、今度は椿の茂みを見つめる。そんな二人の目の前で、小さな影が二つ、深い緑の中に飛び込んでいった。


「ど、どこいったのかな?」


「そこ……そっちの花に、ぶら下がってる……」


 鳥の姿を見失ってあわてるミラと、そんなミラの耳元にささやきかけるステイシー。二人の視線が、すぐ近くの椿の花の上で止まる。


 寒空の下で凛と咲く赤い花、ふっくらとした器のような形をしたその花に、鮮やかな黄緑色の鳥が体を突っ込んでいた。


「あれ、鳥さんなの? お花のなかにもぐってるね。虫さんみたい。みつばちさん」


「花の蜜を吸いに来てるから、そういう意味では虫と似てるかも……」


「あ、もう一羽きた! きれいな声だね!」


「あの鳥は特に声がきれいで、しかも人を怖がらないから、捕まえて飼っている人もいるのよ」


 小声でそう付け加えると、ミラがきゃあと声を上げた。


「ステイシーちゃん、すごい! ものしり! ……あ、にげちゃった」


 その声に、集まっていた小鳥たちがぴいと鳴いて飛び立っていく。しょんぼりしたミラに、ステイシーが優しく声をかけた。


「大丈夫。このベンチで待っていたら、きっとまた来るわ……」


 黄緑色の鳥たちが去っていったほうを眺めながら、二人は木のベンチに並んで腰を下ろし、しっかりと身を寄せ合った。木枯らしが吹き抜ける中、ただじっと待ち続ける。


 やがて、土を踏む足音が近づいてきた。たぶんアリーシャが様子を見に来たのだろうと、二人が同時にそちらを見る。そうして、やはり同時に目を見張った。


「遅くなりました。ミラ、ここにいたんですね」


「二人とも、寒くない?」


 やってきたのはアリーシャと……ヴィヴだったのだ。


「お兄ちゃん!」


「ヴィヴ様……確か、急用が入ったって……」


 ミラは驚きに声を上げ、ステイシーも戸惑いに小首をかしげていた。


「大急ぎで片づけてきたんです」


 微笑んで答える彼の目元には、うっすらとクマが浮いていた。


「ミラちゃん、ヴィヴは徹夜でお仕事を片付けて、ここに来てくれたのよ。ミラちゃんが寂しがるからって」


 そしてアリーシャは、かがみ込んでミラと視線を合わせている。


「これからもきっと、同じようなことがあると思うけれど……ミラちゃんも、少しだけ我慢してくれないかしら。でないとまた、ヴィヴが無理をするから」


「いえ、いいんですアリーシャ。ミラはまだ小さいのですし、僕が頑張れば……」


 やんわりとミラをたしなめたアリーシャを、そっとヴィヴが止める。しかしその時、ミラがばっと手を挙げた。


「ううん、ミラ、がまんする! お兄ちゃんがきちんと眠れるよう、がんばる!」


 元気よくそう言い切ったミラが、しかし次の瞬間上目遣いにヴィヴを見た。


「……だからね、約束してほしいなあ……もしお仕事がはいっちゃっても、ちゃんといっしょに花森屋敷にあそびにいくって」


「はい、もちろんですよ。僕だって、ここに来たくてたまらないんですから」


「わあい、ありがとう! ミラ、もうわがまま言わないからね!」


 言うが早いか、ミラがベンチを飛び降りてヴィヴに抱きついた。ヴィヴも笑顔で、そんなミラを抱きとめている。


「相変わらず、きらきらの兄妹ね……」


「はい、おとぎ話の中から出てきたみたいなお二人です……」


 そしてそんな二人を眺めながら、アリーシャとステイシーがしみじみとつぶやいていた。


「ところであなたたちは、ここで何をしてたのでしょうか? 椿を見物……といった感じではなさそうですが」


 ふと首をかしげたヴィヴに、ステイシーがもごもごと答える。


「あの、その……鳥を見に来ていたんです。ここ、庭の中でも一番鳥が集まるので……」


「そうだったの? さすがステイシー、物知りね」


 アリーシャもステイシーのほうを見ながら、「私、バードウォッチングの知識はないのよね」などと小声でつぶやいている。


「えっと、よければお姉様とヴィヴ様も、見ていきませんか……?」


 いきなり褒められて照れ臭くなったのか、ステイシーが視線をそらしてそう言った。


 それから四人は、並んでベンチに腰かける。大き目のベンチだったということもあって、詰めればどうにか四人一緒に座ることができた。


「こうしてると、温かいわね」


「うん、ぽかぽか!」


「幸せな気分になりますね」


 アリーシャが、ミラが、ヴィヴがのんびりとつぶやき。


「あ、鳥が来ました!」


 ステイシーがはきはきと、みなに鳥の説明をし。


 そんな和やかなバードウォッチングは、雪がちらつき始めるまで続いたのだった。

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