41.ある秋の日のこと
「それでは、第一回イモ掘り大会を始めたいと思います」
「第一回? 大会? なあに?」
かしこまった態度で宣言すると、すかさずミラが可愛らしく首をかしげて尋ねてきた。胸元のアップリケが可愛い、新しい作業着――子供用のサロペット、いやオーバーオール?――をまとって。
「深い意味はないの。ただ、にぎやかな感じになっていいかなって」
「僕たちみんなが参加するのですから、大会で合っていますよ。それに、第一回というのなら、また来年に第二回が行われるのですよね、アリーシャ?」
そんなミラに優しく説明していたヴィヴ――こちらも、いつもの作業着に麦わら帽子をかぶっている――が、期待に満ちた目でこちらを見た。その肩には、デンタリオンの国宝であるあの赤い鳥がちょこんと乗っている。
「ええ。どうせなら、毎年の恒例行事にしたいなとも思っていて」
そう答えると、ヴィヴだけでなくミラも楽しそうに笑った。
今のところ私は花森屋敷で、ヴィヴはミラと一緒にデンタリオンの王宮で過ごしている。
とはいえ、ヴィヴが新たに道を作ってくれたおかげで相互の行き来は簡単になった。
ヴィヴは仕事が一段落ついたタイミングで、ちょくちょくこちらに泊まりにきている。私たちも時々庭をオリバー伯爵の使用人たちに任せて、王宮に遊びにいったりしている。
ちょうど、社会人の恋人同士みたいな距離感だ。前はずっと一つ屋根の下だったからちょっと寂しいけれど、その分会えた時の喜びは大きくなるし、これはこれでありかもしれない。
ただ、ちょっとした情報交換をするのは意外と面倒だったりする。手紙を運ぶためだけに馬車を走らせまくるのも、ちょっとね。
するとまたしても、ヴィヴが解決策を引っ張り出してきた。それがこの赤い鳥だ。正確には、赤い鳥たち。二羽目の赤い鳥は、私の麦わら帽子の上に乗っている。
話された内容をそのままさえずることで伝言を運べるこの鳥は、実はつがい――そもそも、生き物ではないらしいけれど――であり、二羽をセットで運用することで、さらに別の能力を発揮するのだ。
片方の鳥に話しかけると、もう片方が同時にその言葉をさえずる。二羽がどれだけ遠く離れていても。つまり、電話のような使い方ができる。
そんな鳥たちの力を借りて、私とヴィヴは毎晩のように語り合っていた。
顔が見えないせいか、それともつい夜遅くなってしまうせいか、話の内容はどうしても甘い甘―いものになってしまって……他の人には絶対に聞かせられない。
それはそうと、毎日せっせと仕事を頑張っていたおかげで、ヴィヴはようやくまとまった休みを取ることができた。なのでミラ、ダニエルにエステルのいつものメンバーと一緒に、しばらくこちらでのんびりすることになったのだ。
久しぶりに、みんなでゆっくりできる。せっかくだから、ぱあっと楽しく騒ぎたい。私のそんな考えに、ポリーたちもすぐさま同意してくれた。
そうして今、私たちは全員でイモ畑に集まっていた。春に植えたサツマイモの苗は、もうすっかり大きくなっている。緑色だった葉っぱが黄色くなっているから、堀り上げの時期だろう。たぶん。
この畑は、オリバー伯爵の使用人たちに手伝ってもらっているハーブ畑とはまた別の一角にある。野菜ばっかり集めた、そんな区画だ。
これだけ広い土地があるんだし、自給自足とかできたら楽しそう。そんな考えのもとに作り上げた場所だった。
私がギフトで野菜をばんばん生やして、ステイシーが害虫駆除をして、ブルースが収穫をして、ポリーが料理する。最高のサイクルになっていた。
そしてこのサツマイモ畑は、ちょっと広めに取ってある。春に植えて秋に収穫して、貯蔵したサツマイモで冬中ポリーのおいしい手料理をいただく。そんな計画だった。
別にお金ならあるし、よそから似たようなイモを買い付けてもいい。でもどうせなら、自分たちで育てたもののほうが味わい深いと思う。初めて取り扱う甘いイモをどうおいしくしてやりましょうかねえと、ポリーもやる気まんまんだし。
「それじゃあ、サツマイモの収穫の仕方を説明するわね。と言っても簡単。横に伸びている茎をしっかりつかんで引っこ抜く、それだけ」
そうして、手本を見せる。茎はあっさり抜けて、いい感じに太ったサツマイモがぶらんとぶら下がる。
うん、イモ掘りって前世では幼稚園児や小学生の遠足の定番だったし、収穫は簡単なのよね。だからこそ、ヴィヴたちと一緒にはしゃぐにはちょうどいいかなって思ったのだけれど。
それからみんなで、大いに張り切りつつサツマイモを収穫していく。
思いっきり茎を引っ張ったミラがよろめいて、とっさに手を差し伸べたステイシーごとすてんと転ぶ。そうして、頬に土をつけて笑い合う。
ポリーがゆったりと子供たちに近づいて、土をぱたぱたとはたいてやっている。ブルースもすぐ近くに控えていて、子供たちが怪我をしないように見てくれていた。
そしてヴィヴは、無邪気な子供のような顔をしてイモを抜いていた。思っていた以上に満喫してくれている。良かった。
……エステルとダニエルは、無駄のない連係プレーを見せていた。
ダニエルがすっと一礼したと思ったら、もうその手にはイモのぶら下がった茎が握られている。というか、いつ茎をつかんだのか分からなかった。
続いてエステルが、これまたいつの間にか手にしていたナイフを一閃させる。するとダニエルが手にしていた茎から全てのサツマイモが切り離されて、ころりと地面に落ちた。
この二人、前の騒動の時に自分たちの正体、ヴィヴとミラの護衛兼隠密という立場を明かしてからというもの、その身体能力を隠さなくなってしまった。
高所の作業なんかを気軽に頼めるので、ひとまず深く考えないことにしている。わー忍者だーと思わなくもないけれど。
そうこうしているうちに、サツマイモは一通り収穫し終えた。さあ次はもう一つのお楽しみ、お茶の時間だ。体を動かしたらお腹が空くし、事前にしっかりと準備していたのだ。
ヴィヴたちをもてなすために、私たちはあらかじめここの庭で収穫されたあれこれで、たくさんの素敵な料理を用意していたのだ。……ほとんどポリーが作ったけれど。ちゃんと私も手伝ったし。
ブルースが庭に大きなテーブルを運び出し、ステイシーが料理を運んでくる。
まずは、甘く煮たリンゴとレーズン。レモンの風味がさわやかな、どことなく懐かしい味わいの一品だ。前世の頃から、これ好きだったの。
そしてポリー特製の、ナシのジャムと白パン。控えめな甘みとほのかな香りのジャムが、柔らかなパンにとても良く合う。なんでもこれ、門外不出の秘伝のレシピらしい。
さらに、ブルースが庭で飼っている蜜蜂たちからもらったハチミツ、ミツロウでできた巣のかけら付き。
フルーツガーデンの近くに巣箱を置いているからか、ちょっとさわやかな味わいのハチミツになった。巣ごとかじるとかりかりしておいしい。お茶に入れてもいいし、パンに塗ってもいい。
それに、キュウリのサンドイッチ。マヨネーズに入れたヨーグルトが隠し味だ。さっぱりあっさりしていて食べやすい。
もちろん、飲み物も色々取り揃えてある。
思うままにブレンドしたハーブティーが数種類、キンモクセイの花を混ぜた香り高いお茶、庭のブドウで作ったしぼりたてブドウジュース。そして目玉は、はっとするくらいに鮮やかな青色のお茶。
「わあ、きれいなお茶だね!」
青いお茶のカップを、ミラが食い入るように見つめていた。ふふ、予想通り食いついた。
「このお茶ね、面白いのよ。こうやってレモンを垂らすと……」
「うわあ、ピンク? 紫? すごい色!」
ミラがきゃあと歓声を上げている。このお茶は、初夏に面白半分に植えたバタフライピーの花――スイートピーに似た、大きな青い花――を摘んで乾かしたものでいれたのだ。
この花を使ったハーブティーを前世で飲んだことがあったので、ぜひとも再現してみたかったのだ。見た目の割に味はあまり癖がないから、気軽に飲めるし。
そうしてみんなで、盛大に飲み食いする。にぎやかにお喋りしながら。
「やっぱり、みんないっしょだとすっごく楽しいね!」
パンくずがくっついたままの頬を大きくほころばせて、ミラが明るく言い放った。
「ええ、そうね」
そう答えながらも、自然と私の顔にもはっきりとした笑みが浮かんでいた。
「今日は、素敵なおもてなしをありがとうございました」
「あなたたちに喜んでもらいたかったの。気にいってもらえたみたいで良かったわ」
その日の夜、私とヴィヴはバルコニーで二人語り合っていた。昼間はみんなで存分に騒いで、夜はヴィヴとゆっくり話す。ああもう、幸せ。
「ああそうです、こないだ王宮の宝物庫で面白いものを見つけたんですよ」
他愛のないお喋りの合間に、ふとヴィヴがそう言った。
「馬に装着することで、通常よりもずっとずっと速く走れるようになる不思議な馬具なんです。しかも、馬にはまったく負担がかからないんだとか」
それはまた、便利なものだ。……でも、ちょっと待って。王宮の宝物庫にあったということは。
「ただそれは国宝なので、ちょっと持ち出しの手続きに時間がかかりそうなんです。……こっそり持ち出そうとしたら、オリヴィエにたっぷりと説教されてしまいましたし」
ああ、簡単に想像がつく。すごむような目つきで、ぐちぐち理路整然とお説教しているオリヴィエの姿が。
「でも僕は絶対にあきらめません。それがあれば、ここと王宮の間を二時間ほどで移動できるはずですから」
二時間。長めの通勤時間、といったところかな。となると、ヴィヴがこの花森屋敷で寝起きして、昼間だけ王宮に仕事をしに行くことも可能になる訳で……新婚さんみたいになりそう。
「……ヴィヴって、ここぞという時はびっくりするくらいに押しが強いのね。普段はとってもおっとりしているのに」
「だって、あなたとの幸せな未来のためですから。僕はもっと、あなたといたいんです。でも同時に、この花森屋敷があなたにとってどれだけ大切な場所なのかも分かっていますから」
「ありがとう。そうね、ここは私にとって、ようやくつかんだ自由と幸せの象徴でもあるの。似たような庭なら、いくらでも作れる。でもやっぱり、ここは特別」
彼が、私の気持ちを分かってくれている。そのことが嬉しくて、晴れやかな気持ちでそう答えた。
と、ヴィヴがついと視線を視線をそらして、小声でつぶやいた。
「……花森屋敷の近くに離宮を作って、昼間はそこで執務に取り組むというのはどうかな……とも考えていますが。それなら、これ以上国宝を持ち出さなくても済みますし」
「さすがにそれは、オリヴィエ以外も怒るんじゃない? まだ王太子なのに、あれこれとやらかすなって」
それでなくてもヴィヴは、王宮と花森屋敷の間に道を作り、国宝の鳥を二羽も持ち出している。デンタリオンの王宮は割と自由なところみたいだけれど、さすがにちょっとやりすぎかも。
「ふふ、そうですね。だから僕が王になって、そろそろわがままを言ってもいいかなという頃合いになったら、改めて計画を練ることにします」
やっぱりあきらめないんだ。……でももしそうなったら、もっとずっと一緒にいられる。
花森屋敷で暮らし続けたいという願いと、ヴィヴと一緒にいたいという願い。その二つが同時にかなう、すっごくわがままで贅沢で最高な未来が、ちょっと見えてきた気がした。
バルコニーの手すりには、赤い鳥が二羽並んで留まっていた。とても仲睦まじく。




