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4.生まれて初めての畑仕事

 そうして私たちは昼食にしていた。四人一緒に。


 普通、主人と使用人は一緒に食事をとることはない。アリーシャとして生まれてから十八年間、特にそのことを気にしてはいなかった。そういうものだと思っていた。


 だから昨日の夕食と、それに今日の朝食も一人で食べた。


 でも。


 過酷な実家からも空しい政略結婚からも解放されて、ふと思った。もう私は平民なんだから、貴族の流儀に縛られる必要なんてないんじゃないか、って。


 ……などと理由をつけてはみたものの、要するに寂しかったのだ。一人きりで食事をとるのが。


 前世は忙しすぎて、日々の食事を楽しむゆとりすらなかった。一人で食べる寂しさなんて感じる余裕もなかった。それがまあ、変われば変わるものだ。


 なので朝食の後ポリーに、昼食は四人一緒に食べたいとおねだりしたのだ。


 彼女は一瞬目を丸くしていたけれど、やがてゆったりとうなずいてくれた。素敵な提案ですねえと、そう言って。


 そんなこんなで私たちは、四人で食卓を囲んでいたのだった。


 ポリーは穏やかな顔で自家製ヨーグルトを食べているし、ブルースは豪快にシチューをかっこんでいる。気持ちのいい食いっぷりだ。


 ステイシーはちらちらとこちらをうかがいながら、どことなく上の空でパンをちぎっている。私のことが気になってしまっているらしい。


 本音を言えば、わきあいあいとお喋りしながらの食事にしたかったのだけれど、さすがに最初からそれは望みすぎか。


 まあいいや、焦らずにいこう。それよりも、言っておくべきことがあるんだった。


「ねえ、みんなにお願いが……お願いばっかりしているような気もするけれど……あるのだけれど」


 そう言ったら、全員が食事の手を止めてこちらを見た。ステイシーが緊張と期待の混ざったような顔をしているのが、可愛いような痛々しいような。


「ブルースとステイシーはさっき見たけれど、私はもうギフトに目覚めているのよ」


「さっきのあれだなあ。いやあ、本当に素敵だったぞお」


「ありがとう、ブルース。それでね、私のギフトは『好きな植物を生やせる』というものなの。だからこれから、この屋敷の庭に手を入れていきたいな、って思っていて」


「まあ、それは素敵ですねえ。私たち三人では、どうしてもお庭まで手が回りませんでしたから。さしずめアリーシャさんが新人の庭師といったところでしょうかねえ」


「ふふ、ポリーの言う通りね。ただ、このギフトについては秘密にして欲しいの」


「あの、アリーシャ様。本当に、秘密にしてしまうんですか? その……あんなに素敵な力なのに……」


「素敵だから、問題なのよ。この力には、様々な可能性がある」


 この言葉で、ポリーはすぐさま言いたいことを理解してくれたらしい。先に話しておいたブルースもうっすら分かっているみたいだ。でもステイシーは、まだ分かっていないらしい。


「その気になれば、いくらだって悪用できる力なの……例えば、誰かのお庭の植物を全部毒草に入れ替えてしまうことだってできるわ」


 子供の頃、お母様と二人で散歩している時に偶然ギフトに目覚めた。お母様はギフトについて内緒にしておくように言って、悪用の可能性についても教えてくれたのだ。懐かしいな。


 と、つい思い出に浸ってしまっている間に、ステイシーはすっかりおびえてしまっていた。


「だ、大丈夫。秘密にしておけば、まずそんなことになりはしないから……安心して、ステイシー」


「は、はい、アリーシャ様……」


 しょんぼりしているステイシーの顔を見ていたら、自然と言葉が出ていた。


「……ここに来るまで、私は不幸だったの。貴族の家に生まれたせいで、ずっと他人の思惑に振り回されて」


 自らの権力を増すために、私をギャレット伯爵家の跡取りと政略結婚させた父。そんな私を完全に拒否し、新しい妻を見つけてきたハロルド。


「でも、私はもう自由。もう父の思いつきでどこかに放り込まれることも、ハロルド様にくるしめられることも、もうないの」


 明るくそう言って、三人をぐるりと見渡す。みんな、心配そうな顔をしていた。


「私は、この幸せを守っていきたい。そのためにも、ギフトについては秘密にするの」


 指を一本立てて、唇の前に当てる。内緒よ、という思いを込めて。


「そしてもしこのことが知られたとしても……私は、全力であらがっていく。もし毒草を生やせなんて命令されたら、逆にそいつに毒草をお見舞いしてやるわ」


 ステイシーはちょっと泣きそうで、ブルースはどことなく面白がっているような顔になった。


 そしてポリーが微笑みながら、とてもゆったりと言葉を返してくる。


「色々と大変でしたねえ。……アリーシャさんがここの暮らしを守りたいと思うのも、分かるような気がしますよ」


「そうだなあ。きっと貴族の暮らしより、ここの暮らしのほうがずっとずっと素敵だぞお。俺たち、力になるからなあ」


 ブルースがごつい手で、ばんと胸板を叩いている。とっても頼もしい。


「ええ、よろしく。……だから庭の草花は、近くの草原や森で見つけてきたものを、ここまで持ってきて植え替えた。そういうことにして欲しいの」


「……わたし、絶対に秘密を守りますから」


 前のめりになりながらステイシーが答え、ポリーとブルースも力強くうなずいている。


「ありがとう、みんな。お礼と言ったらなんだけど……こんなお庭があったらいいのにっていう希望があったら、ぜひ教えて。私も、色んなお庭を造ってみたいから」


 そして返ってくる、三者三様のはい、という声。張り詰めたままだった空気が、ようやっと緩んだ。


 最初よりもずっと打ち解けた雰囲気で、昼食が進む。ちょっとずつではあるけれど、雑談なんかもしながら。


 その穏やかな空気に、自由になってよかった! と、そんな思いをさらに噛みしめていた。




 そうして昼食を終えた私は、また庭に出ていた。ブルースを連れて。


 さっきのキッチンガーデンやフルーツガーデンとは別の、屋敷の北西にある草原。ろくに区切られてもいないし木すら生えていない、どこからが庭でどこからが外なのかすらよく分からない区画。


 ここなら、畑を作るにはちょうどいい。障害物もないし、地面も平らだ。


「ブルース、ここに大きな畑を作りたいの。耕してもらえるかしら。その、あの辺からあの辺まで……」


「任せろ、ご主人様。俺ならそれくらい、朝飯前だぞお」


 耕す範囲を確認すると、ブルースは猛烈な勢いで地面を掘り返し始めた。丈の低い雑草ごと土が掘り起こされて、どんどん積み上げられていく。あっという間に、うねができていった。


「……ものすごい腕力と体力ね……」


「昔は、畑も耕してたからなあ」


 少しも手を止めることなく、ブルースが楽しげに笑う。その手際の見事さは、まるでトラクターを思わせるものだった。あとは猛牛とか、そんな感じ。


 ただの野原がうねを備えた畑に変わっていくのを、感嘆のため息をついて見守る。


 これなら、私の計画もうまくいくかもしれない。ブルースがいれば、それこそいくらでも畑を広げられる。なんなら近くの小川を引っ張ってきてもらえれば、畑の世話も楽になるだろうし。


 私の計画。それは『ハーブをたくさん植えて、ハーブティーの茶葉を売り出そう』というものだった。


 ハロルドからは、一年分の生活費をもらっている。それに、こつこつ貯めたへそくりもある。


 でも、いずれ自分の手でお金を稼がなくてはならない。この屋敷に来てからすっかりはしゃいでしまっている私だけれど、もちろんそのことを忘れたりはしていない。


 最初に考えたのは、デスクワークだった。前世でさんざん経験を積んだから、人並み以上に働ける自信はある。


 でもピアソン家がなくなり、ハロルドに離縁されたことで、貴族の社会とのつながりはほぼ絶たれてしまった。今の私には、そういった仕事につくためのつてがない。


 それに本音のところ、もう書類と格闘するのはこりごりだ。できるなら、もっと違うことがしたい。


 そうして思いついたのが、ハーブだった。


 この世界では、ハーブは割と貴重品だ。カモミール、ミント、ラベンダーなんかのごく限られた種類は栽培されているものの、それ以外のものは自生しているもの頼みになっている。


 そんなこともあって、貴族たちの間では『いかに珍しいハーブティーを用意できるか』がステータスになっているところがある。


 一方で私は、色んなハーブを知っている。ハーブ図鑑を読んでハーブティーをあれこれと調合するのは、前世の私の数少ない気晴らしだったから。そしてその知識を元に、色んなハーブを生やすことができる。


 だから、珍しいハーブを使ったおいしいハーブティーを量産できれば、間違いなく金になる。そう踏んだのだった。


 無事に完成した暁には、ひとまず昔の友人にでも売り込んでみようと思っている。ピアソン家がなくなってから連絡も絶えてしまったけれど、きっと興味を示してくれるだろう。


「ようし、できたぞお」


 ちょっと物思いにふけっていた間に、ブルースは畑を耕し終わっていた。かなりの重労働だったろうに、汗一つかいていない。とてもさわやかに笑っていた。


「ありがとう。本当に見事な手際ね。……それじゃあ、いよいよ取りかかりましょうか」


 そう言って、耕したばかりのうねにそっと触れる。さてギフトを使おうかと思ったとたん、土の中から何かがにょろっと。


「きゃあ!」


 驚いた拍子に、しりもちをついてしまう。ブルースは笑いながら、説明してくれた。


「ん? ああ、それはミミズだなあ。だあれも手入れしてないのに、ここの土はよく肥えてるぞお。いい土だ」


 ガーデニング雑誌には、綺麗な花や、素敵な庭の写真はたくさん載っていた。でも、当然ながらミミズなんて載っていない。


 そして私の前世は都会暮らしの会社員、今は元伯爵家の娘。ミミズをまじまじと見るのは初めてだった。


「大丈夫ですか、アリーシャ様!」


 そんな叫び声と共に、ステイシーが駆け寄ってくる。幼い顔を、とっても心配そうにゆがませて。どうやらさっきの悲鳴を聞いて、やってきてくれたらしい。


「ええ、大丈夫よステイシー。ちょっと驚いただけだから。その……ミミズに」


「ご主人様、右手のところにもミミズがいるぞお」


「きゃっ!」


 ブルースの指摘に飛びのいて転びかけた私を、すかさずステイシーが抱き留めてくれた。


「アリーシャ様。ミミズは苦手、ですか……?」


「そうね。こんな風に近くで見るのは初めてだから」


「おーいご主人様、頭のすぐ上のところにカブトムシが飛んできてるぞお」


「え、嘘!?」


 ぶおんという低い音にびっくりして身をかがめると、ステイシーが私を支えたままばっと動いた。


「……アリーシャ様を驚かせないでください。悪いカブトムシです」


 よく見たら、ステイシーはカブトムシをわしづかみにしていた。空中で捕まえたらしい。


「ほら、あっちにいってください」


 彼女はそんなことを言ってから、カブトムシをそっと解放している。


「……ステイシー、結構たくましいのね?」


「実家が、田舎なので」


 そう答えた彼女の顔が、ちょっと曇る。何か実家に悲しい思い出でもあるのかな、そう思えるような表情だった。


 けれどそんな暗い影は、すぐに消えてしまう。


「でも、アリーシャ様の役に立ててよかったです」


「ええ、ありがとう」


 地面に座り込んだままそんなことを話している私たちを、ブルースが立ったままにこやかに見守っている。


 ああ、いいな。こういう和やかな空気。母が死んでからずっと縁がなかった。


 土に汚れた自分の手を見てくすくすと笑う。ハロルドはろくな夫じゃなかったけれど、最後に素敵なものを残してくれた。


 こぢんまりとしているけれど素敵な屋敷、手の入れがいのある庭、そして温かな仲間。


 よし、頑張ろう。私の新しい居場所を守るため、そして念願のガーデニング三昧のために。


 決意も新たに、もう一度うねにかがみ込んだ。ミミズがいないか注意しながら。

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