38.夏至の日に咲く花
そうして、夏至の日がついに来てしまった。
王宮の中庭に集まったみんなは、ひどく緊張しているようだった。まだ夜明け前だというのに、多少なりとも眠そうな顔をしているのはミラ一人だ。
私の目の前には、ふかふかの黒い土。今日この時のために、花壇の一部を空けてもらったのだ。
半分寝ているミラを支えているヴィヴ、その後ろに立っている王。ちょっと気が弱く繊細なところのある王は、はらはらしながら私とミラを交互に見ている。
その隣には黒髪の若い男性。堂々としていながらのんびりとした雰囲気の彼は、離宮で悠々と過ごしているはずの第一王子フロールだった。
彼はオリヴィエの実の兄だけれど、髪の色以外はあんまり似ていない。どっちかというとヴィヴと似ているような。腹違いの兄弟がこんなにたくさんいると、なんだかややこしい。
さらにちょっと離れたところに、ポリーとステイシーとブルース、ダニエルにエステルが立っている。花森屋敷からずっと一緒の、大切な仲間たち。
加えて、オリヴィエとユーリアンもここに来ていた。陽光草の実物を見てみたいと、そう言って。
明るくなってきていた東の空に、まばゆい日の光がきらめいた。
「……それでは、始めます」
ちょっぴり震える声でそろそろとそう宣言して、花壇にかがみ込む。肥えた土にそっと手を当てると、腐葉土のほっこりとした匂いがした。花森屋敷ですっかりなじみになった、素敵な匂い。
今日私は、全力でギフトを使うと決めていた。それこそ、限界を超えるくらいに。
私たちが兵士に追われていたあの時、ヴィヴはこれまでにないほどたくさんの青い蝶を生み出した。そうしてたくさんの兵士を惑わせ、無力化していた。
捕らえた兵士から情報を得る時、ミラは相手の同意なしに無理やり記憶を引きずり出してみせた。そのおかげで、私たちはオリヴィエを説得できた。
二人とも、ギフトを力いっぱい使ったのだと、そう言っていた。だったら私にだって、きっとできる。
隠し書庫の本から、花を咲かせた陽光草の姿を知ることができた。そして今日は、陽光草が咲く夏至の日だ。条件はそろった。あとは、私が頑張るだけ。
目を閉じて、触れた土に意識を集中する。そこから小さな芽が生えてくるイメージを、慎重に思い浮かべる。
陽光草の芽がどんな姿をしているのかは知らない。でも、成長後の姿から想像はつく。
あの花森屋敷に移り住んでから、それはもうたくさんの花を咲かせてきたから。色んな姿形をした草花が育つところを、目にしてきたから。
それに、さんざん陽光草を生やす練習をしてきたおかげで、見たことのない植物を生やす時のコツもつかみつつあった。
頭の中のイメージを保ちつつ、生えてきた植物がどう育ちたがっているのかをよく確認して、イメージを修正していくのだ。
……とはいえ、今までそうやって生やしてきたものは、どれもこれも陽光草とはまるで似ても似つかないものだったけれど。案外可愛いものもできた……って、今は目の前の花壇に集中。
やがて、手の下で何かが動く感触があった。そっと手をずらすと、黒い土の中から小さな芽が顔を出しているのが見えた。
細長いうろこを何重にも重ねたような、繊細な細工物のような芽。それは見事な金色をしていた。
さらに意識を集中すると、芽はどんどん伸びていく。細長い葉を広げ、天に向かって茎を伸ばして、そしてその先につぼみをつけて。その全てが、やはり金色だった。
ゆったりと昇っていく朝日の輝きを全身で受けて、その草は花を咲かせた。それ自体輝いているかのように美しい、ユリに似た花を。
「できたわ……」
それはあの隠し書庫で見た本の挿絵と、一応同じ姿をしていた。ただ……思っていたのより数倍は派手だ。きらっきらなせいで。
本の挿絵は白黒で、その下に『何もかもが黄金色の草である』って書き添えてあった。だからまあ、実際の陽光草は華やかなんだろうなあとは思っていたけれど。
思っていたのと違うというのなら、そもそもこの見た目自体がそうだ。色を除けば、ほっそりとしていて控えめな雰囲気だし。
陽光草は、陽光の化身のような草。そう聞いていたせいで、私は勝手にヒマワリみたいな花なのかなと思っていた。あるいは、今までに見たこともないような幻想的な花とか。
それが、ふたを開けてみたらこんな清楚な花だった。陽光、という言葉からユリをイメージするのはちょっと難しい。偶然あの本を見つけていなかったら、いつまでも成功しなかっただろうな。
そんなことを思いながら、きらきらと輝いている陽光草を眺める。ユリのものとは違う、もっとふくよかでまろやかな香りを放ちながら、陽光草は太陽のほうを向いていた。
「本当に……咲きました。ありがとうございます、アリーシャ」
「お姉ちゃん、すごい!」
そうしていたら、両側から抱き着かれた。感極まったヴィヴと、目が覚めたらしいミラに。
「でも……私にできるのはここまで。あとはもう、祈るしか……」
ミラの闇熱を治すには、この陽光草の種が必要だ。花が咲いたはいいものの、種をつけずに枯れてしまった……なんてことになったら、ショックで私が寝込みそう。
できることなら、種ができるまで育てたかった。でもあいにくと、私のギフトには『花を咲かせるところまで』という制限がある。今のところ、この制限を破る方法は見つかっていない。
前に藤のツルで大暴れした時は、わざと花を遅らせてツルを伸ばしたのだ。縛られた兵士の全身に綺麗な紫の花が咲いたさまは、かなり間抜けだった。
思わず陽光草をにらみつける私に、ヴィヴが優しくささやきかけてくる。
「でしたら、見守りましょうか。この花が実を結ぶところを、共に」
「……ええ」
二人でしっかりと手を取り合って、うなずき合う。言い伝えやらあの本の記載やらによれば、陽光草は昼の間ずっと咲き続け、夕日に照らされながら実を結び、夜の闇がやってくると枯れる。
つまり真夏の日差しの中、丸半日近く待つことになる。でもここを離れたところで、夕暮れまでずっとそわそわし続けることになるのは間違いない。
だったらちょっとくらい暑いのは我慢して、ここで粘ろう。ヴィヴと一緒なら、きっと耐えられる。
そうやって見つめ合っていたら、離れたところからこほんと咳払いが聞こえてきた。
「……もう少し人目をはばかれ、ヴィヴ、アリーシャ」
そちらを向くと、みんながばっちりと私たちを見守っていた。興味を隠せない顔やあきれた顔、面白がっている顔など様々。
みんながいることを忘れて、ついうっかり二人の世界に入ってしまっていた。急に恥ずかしくなってそっとそっぽを向いたけれど、つないだままの手を放す気にはなれなかった。
そうして私たちは、ひたすらに陽光草のそばで待ち続けた。
オリヴィエとユーリアンはそれぞれの母である第一夫人と第二夫人のところに向かい、夫人たちが万が一にも邪魔をしてこないよう見張ってくれることになった。ありがたい。
王は執務に戻り、フロールは普段暮らしている離宮に戻っていった。
私がここにいると母がうるさいからね、とフロールは苦笑していた。のんびり過ごしているように見えて、彼には彼なりの苦労があるらしい。
そしてポリーたちは、私たちの世話をあれこれと焼いてくれていた。テーブルと椅子、日よけのパラソルなんかを持ってきてくれて、お茶や茶菓子、軽食なんかも用意してくれた。
花森屋敷で過ごしていた時と同じように、みんなでわいわいお喋りしながらのんびりと時間をつぶす。太陽はどんどん動いていって、やがて優しいオレンジ色に染まっていった。
「あ!」
ミラが声を上げる。昼の間中きらきらと輝きながら咲き誇っていた陽光草が、姿を変え初めていた。
花びらがしおれて縮み、そのまま光の粉になって風に吹き散らされていく。残った金色の茎の先には、小さなふくらみ。
席を立ち、陽光花のそばにかがみ込む。みんなが無言で見守る中、それはゆっくりとしおれていった。茎の先のふくらみが、重さに負けて垂れ下がる。
とっさに手を差し出したら、金色に輝く丸いものが三つ、手のひらに転がり落ちてきた。小指の爪よりちょっと大きいくらいの、真ん丸でつやつやしたもの。
「陽光草の、種……」
「きっと、そうです。……ミラ」
自分の手が震えているのを感じる。ヴィヴの声も緊張にうわずっていた。そのヴィヴの横からひょっこり顔を出したミラも、いつになく動きがぎこちない。
ヴィヴが私の手から種を一つ取り、ミラに差し出す。ミラはおそるおそるそれを受け取って、ぽいと口に放り込んだ。そして、すっとんきょうな声を上げる。
「わっぷ!?」
この丸いものが陽光草の種であること、そしてミラの闇熱を追い払ってくれたことは、すぐに分かった。
種を飲み込んだミラの全身から、ぶわっと黒い煙のようなものが噴き出したのだ。
思わず身構えたその時には、煙はもう消え去っていた。そして次の瞬間、ミラが光に包まれた。昼間に咲いていた陽光草を思わせる、生き生きとした金の光に。
「……なおった」
その光もすぐに消え、ミラは目をぱちぱちさせながらそんなことをつぶやいている。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
そうしてがばりと抱き着いてくる。残り二粒の種を急いでポケットにしまって、小さなその体を抱きしめ返した。
薄闇の広がる王宮の庭に、ミラの明るい笑い声が響く。ああ、やっと解決した。頑張ってよかった。
ちょっと涙ぐみそうになりながら、ミラを抱きしめる腕に力を込めた。




