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36.王太子様は開き直った

 そうして全部事件が片付いてから、少し経ったある日。


 私とヴィヴは二人きりで、居間でくつろいでいた。たまたまみんな用事があるとかで、席を外していたのだ。


 しかしのんびりとお茶を飲みながら、ゆったりと語り合い……という訳にもいかなくて。


「はあ……」


 ヴィヴはさっきからずっとこの調子だ。ぼんやりと窓の外を見ては、幾度となくため息をついている。


 ユーリアンが謹慎になって、ハロルドとノエルが無事に捕まって、王もすっかり回復して。私たちがオリヴィエの手の者に追い回されることもなくなって、一応平和になって。


 それなのに、ヴィヴのため息は止まらない。……私にも、理由は分かっている。


「どうして僕が王太子なんかに……」


 これだ。色んなごたごたが複雑に絡み合った結果、なぜかヴィヴが王太子の座を押しつけられてしまっていた。


 一応、王宮のみんなによる人気投票もやったのだけれど、そちらでもヴィヴが勝ってしまっていた。こうなったら、もう逃げようもない。オリヴィエが辞退しようがしまいが、関係なくなってしまったし。


 ……ヴィヴの物腰柔らかで誰にでも分け隔てなく優しいところが、使用人たちに大いに受けたらしい。それと、いつぞやの蝶乱舞、あれで兵士たちに一目置かれてしまったとか何とか。どうしてそうなった、って感じではあるけれど。


 落ち込んでいても始まらないし、どうにかして励ませないだろうか。そんなことを考えて、そろそろと声をかけてみる。


「あの、ヴィヴ。王太子というのも、悪いことばかりではないと思うわ。あなたがここで権力を得たら、闇熱の治療法の開発や、陽光草の捜査なんかを進めることもできるのだから」


 そんな呼びかけに、ヴィヴはしょんぼりした顔でこちらを見た。


「そうですね。王太子になれば、それくらいのわがままを言うこともできるようになるとは思いますが……」


 力なくぼそぼそとつぶやいていたヴィヴが、ふと何かに気づいたような顔になる。


「……あ、そうですね。今まで僕とミラは味方のいない王宮でひっそりと暮らしていましたが……もう、表に出てくることができる……だったら、少しくらいわがままを言ってもいいんですよね」


 そんな彼のつぶやきに、ほんの少し違和感を覚えた。どうしてそう感じたのかうまく説明できないけれど、何か……とんでもないことになりそうな、そんな予感がする。


 すると彼は、突然にっこり笑った。


「よし、決めました。隣国の王に掛け合って、花森屋敷とその周囲の地を譲ってもらいましょう。代わりの土地を差し出して交渉すれば、何とかなるかもしれません」


「ええっ!?」


「幸い花森屋敷のある辺りは国境と近いですし、産業や国防の点においてさほど重要な地ではないはずです。……そうだ、この王宮からあの屋敷まで、まっすぐな道を作ってしまいましょう。そうすれば行き来も楽になりますから」


 いつも穏やかで控えめな彼らしくもなく、やけに大胆なことを次々と口にしている。


「あの、その、ヴィヴ!? とんでもないことを言っているって、自覚はあるの!?」


 そう指摘した私の声は、すっかり裏返ってしまっていた。ヴィヴはおっとりと微笑んで、少し寂しげに答えてくる。


「そうですね。これは僕のわがままです。でも僕は、もう自由気ままに動き回ることはできなくて……それでも、僕はまたあの花森屋敷で過ごしたくて……だったらもう、こうするしかないんです」


 どうして彼は、そこまであの屋敷にこだわるんだろう。その疑問を口にするより先に、彼は語り始めた。


「あの屋敷は僕にとって大切な思い出の場所で、そして心からくつろげる場所で……いえ、それだけではなくて……そうではなくて……」


 そこまで言ったところで、ふとヴィヴは言葉を途切れさせる。目を伏せて考え込むような顔になり、そのまま黙り込んでしまった。


 声をかけていいのか、分からない。というかさっきから、ヴィヴの考えていることがさっぱり分からない。


 あの花森屋敷を大切に思ってくれている、そのことだけは伝わってくるのだけれど。


 困惑しながらじっと待っていると、やがてヴィヴがぱっと顔を上げた。


「……全てが落ち着いたら、あなたはあの屋敷に戻っていく。僕は王太子としての身分を隠して、折を見てはあなたのもとに通う。きっとそれが、僕たちの新しい日常になるのでしょう」


 彼の言葉に、ふと想像をめぐらせる。確かに、これからの私たちはそんな関係になるのだろう。今までと同じような、けれど明らかに距離がある、そんな関係に。


「でもその日常は、長くは続きません。いずれ僕は王になり、誰かをめとり、子をなして……気軽に王宮を抜け出すことなんて、できなくなる」


 一瞬苦しげに顔をこわばらせて、それから彼はまっすぐに私を見つめた。


「アリーシャ、突然このようなことを申し出るのはぶしつけであると分かってはいます。ですが僕は、言わずにはいられないのです」


 ……その先の言葉が、分かった気がした。思わずぎゅっと手を握りしめ、言葉の続きを待つ。


「……どうか、僕の妻になってくれませんか?」


 ヴィヴの頬が、ほんのりと赤く染まっている。真剣そのものの表情で、彼は必死に言い立てた。


「あの花森屋敷での日々は、夢のようでした。それはきっと、あなたがいたからです。あなたさえいてくれれば、僕はいつだってどこだって、あの幸せな夢を見ることができる」


 王子様のような、ううん本当に王子様だったのだけれど、そんな顔に甘やかな笑みが浮かぶ。まるで舞踏会でダンスのお誘いを受けているかのように、胸が高鳴るのを感じた。


「もちろん、僕ばかりが幸せになるつもりはありません。僕はあなたを幸せにできるよう、全力を尽くします。これからもあなたが、花の中で笑っていられるように」


 ヴィヴの眉が、ちょっとずつ下がっていく。堂々とした表情が、揺らいでいく。


「ですから、僕の申し出を受けてくれると嬉しいのですが……」


 彼の声が小さくなっていく。その春空色の目が、そろそろとさまよい始めた。今の今まで晴れやかに笑っていたとは思えないほど、自信なげに。


「……その……僕の思い違いでなければ、あなたもそれなりには僕のことを……」


 私が何となく彼の申し出について察していたように、彼もまた私の思いに気づいていたようだった。くすぐったくて、照れくさくて、そわそわする。


 恥ずかしくて彼から目をそらし、やはり小声で返事をする。


「え、ええ、そう……よ。けれど私はこの国の者ではないし、一応伯爵家の生まれではあるけれど、今はもう……。だから、王太子の妻の座は……」


 オリヴィエは、王太子になったら男爵家の娘であるアイリスに求婚することはできないだろうと考えていた。


 だったら私は、もっとまずいと思う。ヴィヴに求婚してもらったのはものすごく嬉しいけれど、そのせいで彼に迷惑をかけたくもないし……。


 もごもごとそんなことをつぶやきながらうつむくと、すっとヴィヴが立ち上がった。そのままこちらにやってきて、ひざまずいて私の右手を取る。


「あなたの身の上について、口さがない者たちが噂をするかもしれません。けれどあなたの人柄を知れば、身分で差別することに意味はないのだと、きっと分かってくれるでしょう」


 ヴィヴは私の手をすっぽりと覆い隠すようにして、しっかりと握りしめてくる。


「……いえ、分かってもらえるまで努力します。あなたのためなら、この国だって変えてみせます」


 この言葉に偽りはない。彼は本当に、全力で私を守ろうとしてくれている。そのためなら何でもすると、もう覚悟を決めてしまっている。


 だったら私も、きちんと応えなくては。ひたむきな思いに、真心をもって。


「……はい。私でよければ、喜んで」


 ヴィヴの手に、左手を重ねる。そうして手を取り合って、静かに告げる。


「私も、あなたといられないのは寂しいから……こんな風に思える人に出会ったのは、ヴィヴ、あなたが初めてなの」


「僕もですよ、アリーシャ。あなたが申し出を受けてくれて、本当によかった」


 そのまま見つめ合っていたら、ヴィヴがゆっくりと近づいてきた。互いの前髪が触れ合いそうになるくらいに近くに。


「きゃあ!」


 その時、入り口から可愛らしい叫び声が聞こえてきた。


 びっくりしてそちらを見ると、開いた扉から転げ出てきたミラの姿。つんのめりそうになっているのを、ステイシーが腕を伸ばして必死に支えている。


 いつの間にか入り口の扉が三分の一くらい開いていて、そこからたくさんの顔がのぞいていた。


 ミラ、ステイシー、ポリーにブルース。その後ろには、ダニエルとエステルもいる。どうやらみんな一緒に、こっそりと盗み聞きしていたらしい。


「あーあ、みつかっちゃった。ま、いいや。お兄ちゃん、お姉ちゃん、おめでとう!」


 そうやってミラが、ぴょんぴょんと私たちの周りを跳ね回る。入り口のみんなが、にっこり笑って拍手を送ってくる。


「……照れくさいので、みんなのいない間にこっそり求婚するつもりだったのですが……」


 頬を赤らめながら、ヴィヴがぼそりとつぶやいた。などと言いつつ彼は、私の手をしっかりと握りしめたままだった。もしかして、無意識にやってるのかな。


「こういうのも、私たちらしくていいと思います。みんなでにぎやかに、楽しく過ごす……それが私たちの日常ですから」


「そうですね。僕とあなた、それにみんな……これも僕たちの『幸せ』ですね」


 わちゃわちゃと騒いでいるミラたちを眺めながら、二人でこっそりと微笑む。


 前世では色恋沙汰なんて縁がなかった。アリーシャ・ピアソンとして生まれ変わったら、愛のかけらもない結婚生活に放り込まれた。


 けれどその果てに、こうして思い合える相手にめぐりあえた。こんなことになるなんて、思いもしなかった。


「……夢みたい」


「はい、夢みたいに素敵です。でも、夢ではないですよ」


 私のつぶやきに、ヴィヴが優しく応える。たったそれだけのことで、また胸に喜びが満ちる。


 そうやって私たちは、ただじっと寄り添っていた。笑顔のままで。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます! 二人ともおめでとうございます! 後は病気の治療の成功が最大の課題かな? 今のところは?
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