35.最後の決め手は恋心
「わあ、オリヴィエはこのお姉さんがすきなんだね」
「いや、その……違う!」
真っ赤っかの顔で言われても説得力がないんですが。それはともかく、この女性がオリヴィエの思い人? なんだか意外。野に咲くスミレのような、可憐で愛らしい人だ。
「ええっ、そうなの? でも、この人の絵ばっかり出てくるよ?」
ミラの言う通り、今や大きな机の上はその女性の絵で埋まりかけていた。
仕事をしているところを遠くから見ている構図が多いけれど、その内の数枚は、女性がすぐ近くでこちらを向いて笑っているものだった。オリヴィエとこの女性、結構親密だったりする?
これだけたくさんの絵が次々と現れてしまっては、さすがのオリヴィエも観念するほかなかったらしい。困惑し切ったように小さくうなると、声を張り上げた。
「……くっ! ……ああ、そうだ。確かに、私にとって一番大切なのは彼女だ! 分かった、お前のギフトについてはよく分かった! だから、もう手を放せ!」
「はーい」
ミラがぴょこんと離れると、オリヴィエはいそいそと机の上の紙をかき集め、ひとまとめにして大切に引き出しにしまい込んでいた。なんだろう、妙に健気な感じがして可愛い。
「と、ともかく! ヴィヴ、お前の願いは聞いてやろう。ミラのギフトで生み出されたそちらの羊皮紙に基づいて、ユーリアンから話を聞くことにする。その兵士の身柄は押さえてあるのだろう? あとで連れてこい」
得意げに笑っているミラから目をそらして、オリヴィエがつぶやく。
「……ああ、だが……そうしてユーリアンが真犯人だった場合、私はもう王太子にはなれないな」
突然何を言い出すんだ、と真顔で問い詰めそうになるのをぐっとこらえる。オリヴィエが、まだ何か言おうとしていたから。
「私は十分な証拠をそろえぬまま私兵を動かし、危うく真犯人を取り逃がしかけた。この軽挙妄動だけでも、王太子争いから脱落するには十分だ」
「いえ、僕も王太子にはなりたくないので、オリヴィエに頑張っていただかなくては……」
困惑もあらわに、ヴィヴがそう説得する。しかしオリヴィエは、やけに晴れやかな顔をしていた。
最初の頃と全然違うそんな態度に、思わず口を挟んでしまう。
「あの、オリヴィエ様って王太子になりたかったのでは……?」
「なりたかったな。この国をよりよくするために。それが王子として生まれた者の義務だと思っていたから」
吹っ切れたような顔で、オリヴィエは語る。
「だが、それは私でなくともできる。ヴィヴは良い仲間に恵まれた。この国を託しても大丈夫だろう。手が足りないというなら、私が手伝う」
そんなにあっさりあきらめていいのだろうか。よくない気がする。というか、あきらめられたらこちらが困る。
どうにかして説得できないかなと思ったその時、オリヴィエの表情が変わった。ちょっぴりはにかんだような……何その顔。
「……それに、私が王太子にならないことが確定すれば、晴れてアイリスに求婚できる」
もしかしてアイリスって、さっきの絵の女性だろうか。そんな疑問を抱えつつ黙っていたら、オリヴィエがちょっと浮かれた様子でさらに言った。
「彼女は男爵家の娘で、王宮のメイドとして働いているのだが、さすがに立場が違いすぎてな。親しくなれたのはいいが、そこから先に進めない」
立場の違い。その言葉に、胸がちくりとする。立場が違うというのなら、私とヴィヴはもっと違う。彼は立場なんて気にせずに接してくれているけれど、私はもうただの平民なのだ。
白状すると、私は結構ヴィヴのことが好きだったりする。最初は王子様っぽい物腰と美貌に目を奪われていた。
でも一緒に過ごしているうちに、その癒し系なところとか、案外お茶目なところとか、色んな面が見えてきて。
……って、ああもう、ひとまずそれは置いておこう。今はとにかく、みんなの安全を確保しないと。今もブルースたちは陽動を続けてくれているのだし。
「そ、それよりオリヴィエ様、急ぎお願いしたいことが!」
うっとりと語っているオリヴィエを、あわてて現実に呼び戻す。ちょっとにらまれてしまったけれど気にしない。そのままオリヴィエに、兵士を引かせて欲しいのだと頼み込む。
「アリーシャお姉ちゃん、強いね。オリヴィエがびっくりしてる」
楽しそうなミラの声を、背中で聞きながら。
その後すぐ、オリヴィエは宣言通り第四王子であるユーリアンのもとに出向き、話を聞いていた。巻き込まれた当事者として、私とヴィヴもその場に同席していた。というか、無理やりついていった。
ユーリアンは栗色の髪に黒い目の、若いというかちょっと幼い感じの人だった。私と同い年だと聞いてはいるけれど、年下にしか見えない。というか、ヴィヴにもオリヴィエにも似ていない。全員母親が違うからかな。
「さて、ユーリアン。この場面について、何か言うことは?」
前置きもなく、オリヴィエがびしりと言い放つ。さすがの迫力。
「……何のこと? ぼくは知らないよ」
それでもユーリアンは、そうやって言葉を濁していた。
なので私たちは裏庭に埋めていたあの兵士を掘り出して、この場まで運んできた。ほらほら、証拠は握ってますよと見せつけるために。
するとユーリアンは震えながら、自分がやったのだと告白してきた。わあ、あっさり落ちた。
……たぶん、うかつに逆らうと同じような目にあうと思ったんだろうな。全身を木質のツルで縛り上げられた兵士というのは、ヴィジュアル的にも怖いし。
そしてユーリアンの供述は、こんな感じだった。
自分には、もう王太子となる未来はない。しかしあちこち遊び歩いていたヴィヴが王太子争いに加わると聞いて、どうにも悔しくてたまらなかった。彼を引きずり下ろしてやろうと思った。
だから彼は兵士――現在そこの床に転がされているぐるぐる巻き――を使って、実の父に弱い毒を盛った。
そうして、ヴィヴがその犯人なのだと噂を流した。ただ、たまたま私のギフトを見たオリヴィエが私にまで疑いをかけたのは予定外だったらしい。
「予定外で狙われるって、冗談じゃないわ……いえ、そもそもヴィヴが捕らわれた時点で許せないけれど」
そんな私のつぶやきを無視して、オリヴィエが深々とため息をつく。それからユーリアンに、厳かに言い渡した。
「……お前はひとまず、謹慎していろ。盛った毒もごく軽いものだったし、父上も厳罰を望んでおられないからな」
どうやら、王に毒を盛った事件についてはこれで無事に解決しそうだった。ああよかった。
しかしヴィヴとオリヴィエが、二人して考え込んでしまっている。
「どうにも腑に落ちないな……ユーリアンは根に持つところがあるが、生来とにかく気が弱く、あんな大それたことをするとは到底思えない」
「僕もそう思います。彼が誰かを傷つけようとしたなんて、やはり信じられなくて……」
ヴィヴとオリヴィエは、眉間にしわを寄せて小声でささやき合っている。
普段の雰囲気も面差しもまるで似ていない二人だけれど、案外似たような表情をすることもあるのだなあなどと、そんなことを思ってしまう。
そんな二人を見ていたら、ふとあることを思い出した。
「あの、ユーリアン様。一つ、うかがってもよろしいでしょうか」
二人が考え込んでいる間に、ユーリアンに声をかける。彼はふてくされたような顔で、小さくうなずいた。
それならばと、持ってきていた羊皮紙の一枚を彼に示す。ユーリアンが、ハロルドとノエルと一緒にいる、あの絵。
「こちらの二人、ハロルド・ギャレットと妻ノエルとの関係は?」
「……ぼくの客人だよ」
「どこで、彼らと知り合ったのでしょう? 彼らは隣国で罪を犯して、逃げている最中だったのですが」
そう尋ねたら、ユーリアンの様子がちょっとおかしくなった。
「知り合った……ぼくは……ぼくのところに、いきなり二人が訪ねてきて……何て言っていたのか……駄目だ、思い出せない」
その様子に、考え込んでいたヴィヴとオリヴィエの顔色が変わる。
「記憶が混乱している? これは、禁忌の薬か」
「あるいは未知のギフトによるものかもしれません」
「……ユーリアンの客人だというその二人にも、話を聞く必要がありそうだな。まったく、仕事が勝手に増えていく」
大げさなくらいにため息をついて、オリヴィエが部屋を出ていった。隣の部屋にいるらしいハロルドたちに、話を聞くために。
ユーリアンの部屋で、私たちは待っていた。私、ヴィヴ、ユーリアン、ぐるぐる巻きの兵士。
隣の部屋からは、きつめのオリヴィエの声がする。それに続いて、兵士たちがなだれ込んでいくような音も。あ、今叫んだのってノエルかな。
そうして、隣の部屋が静かになって。
ものすごく疲れた顔のオリヴィエが、ふらふらとこちらに戻ってきた。
「……結論から言うと、ユーリアンは操られていた。ハロルド・ギャレットのギフトによって」
「ハロルドが、ギフトを!?」
つい声をあげてしまう。知らなかった。二年も夫婦として暮らしていたのに。もっとも、週に一度顔を合わせるかどうかといった生活ではあったけれど。
「知らなかったのか、お前はあいつの元妻なのだろう」
「あ、ご存知でしたか。でも白い結婚で、お飾りの妻だったもので。それより、どのようなギフトなのですか」
眉をひそめたオリヴィエに、遠慮なく言い返す。礼儀とかどうとかより、早く答えが知りたい。
「……お前は見た目によらず、ずけずけと物を言うのだな。先日もそうだったが……まあいい、順を追って説明する」
そうして、ハロルドのギフトについて知った。それは相手に一つ、何かを命令する能力。ただし相手の意志が強いと効かないし、無茶な命令であればやはり効きづらい。
「……ユーリアンはもともと、王太子選びの過程を経てヴィヴに、また私に恨みを抱いている節があった。だからこそ、ハロルド・ギャレットのギフトに引っかかってしまったのだろう。そうして、王宮に混乱をもたらした」
ため息交じりに、オリヴィエがつぶやく。その顔に浮かんでいるのは呆れというよりも、悲しみのように思えた。
「ともかく、ギャレット夫妻の身柄についてはこちらが預かることになった。どうやら妻のほうもギフト持ちのようでな、彼らのギフトについてじっくりと調査してから、しかるべき罰を与えることになるだろう。まあ、そこそこの重罪だ」
「そうでしたか。……よかった……」
「ええ。これでもうあの二人は、あなたにちょっかいをかけることができません。僕も安心です」
安堵のため息をもらす私の肩に、ヴィヴがそっと手を置く。そうしてそのまま、二人で笑い合う。すぐ近くにあるヴィヴの顔は、とても優しい笑みを浮かべていた。
「……お互い、障害の多い恋をしたものだな。まあ……お前たちなら大丈夫か。存外、型破りなところもあるようだからな」
オリヴィエが目を伏せて、何事かつぶやいていたような気がした。




