34.愉快な潜入劇
「今のところ、順調そうですね」
ヴィヴがひそひそ声で話しかけてくる。
「そうね」
同じく、思いっきり声をひそめて答える。
「じゅんちょう!」
「ミラ様、お静かに」
「はあーい」
ちょっとはしゃいでしまったミラを、エステルがそっとたしなめている。
私たち四人は今、王宮の裏庭に身をひそめている。正確には裏庭に面した建物の、二階のひさしの上に。もうすっかり使い慣れた藤のツルで、ここまで登ってきたのだ。
もちろん、意味もなくこんなところにいる訳ではない。現状を打破するための、ヴィヴの作戦を実行中なのだ。
ヴィヴは、ミラがギフトで生み出した絵を手にして、オリヴィエに直談判にいくと決めた。
この兵士が王のお茶に何かを入れた、そしてそれを命じたのは第四王子のユーリアンである。そのことを伝えて、今回の件の真犯人を探してもらうために。
とはいえ、オリヴィエは王宮の奥から中々出てこない。そして王宮には、私とヴィヴを捕まえるのだと鼻息を荒くしている兵士たちがうろうろしている。
普通に突進していっても、オリヴィエのもとまでたどり着くのは難しい。だから私たちは、あれこれと小細工をすることにしたのだ。
まずは、二手に分かれた。オリヴィエのもとに向かうのが、ヴィヴと私、ミラ、それにエステル。そしてダニエルとブルース、ポリーとステイシーは陽動を行う。
「あらあらまあまあ、いつぞやの賊みたいですねえ。でも、場合が場合ですから仕方がないですね。大丈夫、私がいれば万が一飛び火したとしても、きちんと収めてみせますとも」
作戦を聞いたポリーは、苦笑しつつも頼もしげにどんと胸を叩いていた。
陽動組の動きは、こんな感じだ。王宮の表側に近い広場に、ダニエルが燃えやすそうなものをこっそりと集める。
そこに火をつけて、ポリーのギフトで大きく広げる。万が一にも他のものに燃え移ったりしないよう、細心の注意を払いながら。
……要するに、王宮で勝手にキャンプファイアーをするのだと考えれば一番ぴったりくる。とにかく目立って、兵士たちの注意を引くために。
ブルースとステイシーは、ポリーの護衛だ。ステイシーが目覚めたばかりのギフトでポリーを守りつつ、ブルースが兵士を適当に追い払う。それと、ダニエルも。
そうやって兵士たちが表側に集まって、警備手薄になった頃合いを見計らって、私たちが裏側から王宮内に忍び込む。
あとは残りの兵士を私とヴィヴで追い払いながら、オリヴィエのもとに突撃するだけ。
ミラをどうするかについては、ぎりぎりまで悩んだ。突撃組と陽動組、どちらについても危険が伴うことに違いはない。
だから、彼女には安全圏まで退いていてもらおうと考えたのだ。この中では戦い慣れているダニエルかエステルについていてもらえば、問題なく逃げられるし。
ところがミラはうなずかなかった。「オリヴィエはミラのギフトを知らないから、信じないかもしれないでしょ? だからミラもついていって、いっしょに説得する!」と言って聞かなかったのだ。
なので彼女は、こうして突撃組に加わっている。
ちなみにセンブリをごちそうしたあの兵士は、裏庭の物陰に埋めてある。とはいえ殺した訳ではない。当然ながら。
ヴィヴの蝶で眠らせた後、裏庭の人気のない一角に横たえて、その周囲に木を植えまくってがんじがらめにしておいたのだ。
ちゃんと口に布を噛ませておいたし、しばらくの間は見つかることもないだろう。オリヴィエに話をつけた後、掘り出して運び出す予定になっているから、それまで隠せればいいし。
なんだか犯罪すれすれ、というかほぼ犯罪としか言いようのない作戦だけれど、今さらということで。
「もうすぐ、ポリーからの合図があるはずなのだけれど……」
十分に兵士が集まったら、花火みたいにぼんと火球を打ち上げてもらう手はずになっている。それを見届けてから、私たちが動くことになっているのだ。
「少し、見てまいります」
そう言って、エステルがするすると壁を登っていく。装飾がごってり施されていて登りやすそうな壁ではあるけれど、それにしても見事な動きだ。
彼女の姿が、すぐに屋上へと消えていく。しばらくして、辺りが一瞬明るくなった。たぶん、今のが合図だ。
「みなさま、こちらへ上がってきてください」
抑え気味のエステルの声がする。あわてず騒がず、足元の石の彫刻に藤のツルを生やし、一人ずつ上に運んでいく。こんな使い方にも、もうすっかり慣れた。
「……あなたのギフトは、本当に無限の可能性を秘めているのですね……」
ヴィヴが感心したようにつぶやく。そんな彼に、にっこりと微笑みかけた。
「私、あなたのギフトも好きよ。あの青い蝶のおかげで、私たちは出会えた。そしてさっきも、あの青い蝶が私たちを助けてくれたのだから」
「アリーシャ……」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。いいふんいきのところ悪いんだけど、いそごうよ」
見つめ合った私たちに、ミラが声をかけてくる。いけない、彼女の言う通りだ。
みんなでうなずき合って、一斉に駆け出す。ただひたすらに、オリヴィエの部屋を目指して。
目的の部屋には、拍子抜けするくらいにあっさりと着いた。残った兵士たちをやすやすと蹴散らしながら。
「……お前たちは、てっきりそのまま王都を去るのだろうと思っていたが」
前に見た時より遥かに不機嫌な顔で、オリヴィエが私たちを上目遣いににらむ。大きな机に向かって、書類を手にしたまま。どうやら、書類仕事の途中だったらしい。
「それで、私に何の用だ? 父上に毒を盛ったのは自分だと、そう白状しに来たのか。あいにくと手遅れだが」
「いいえ、オリヴィエ」
ゆったりと進み出て、ヴィヴが言い放つ。いつになく気迫に満ちたその態度に、オリヴィエがちょっとだけ動揺したように見えた。
「僕たちは、その件について新たな情報をもたらすためにここまで来ました」
「それにしては、やけに騒々しいお出ましだな?」
「……あなたは僕とアリーシャが犯人だとそう思い込んでいるようですから、こうせざるを得なかったんです」
静かに答えて、ヴィヴは羊皮紙をオリヴィエの前に広げる。ミラのギフトで生み出されたものの中から、必要なものだけを選りすぐってきたのだ。
「これは、ある兵士の記憶をミラのギフトで描き出したものです。見ての通り、ユーリアンが兵士に小瓶を渡し、その中身が父上の口に入ったのです。おそらく、これが毒なのでしょう」
「おそらく、か。話にならんな」
「オリヴィエ。一度、ユーリアンを問いただしてください。それと、この記憶の持ち主である兵士についても。彼らが真犯人である可能性がありますから」
必死に食い下がるヴィヴに、オリヴィエはうんざりした顔を向けている。
「可能性がある、か。そんなことで、弟を取り調べられるものか」
「ですがその『可能性はある』だけの状況で、あなたは僕を捕らえました。そして、アリーシャまで捕えようと」
ヴィヴの声に、怒りのようなものがにじんでくる。またしても、オリヴィエがたじろいでいる。すごい、ヴィヴのほうが優勢かも。
「……ともかく、その羊皮紙だけでは証拠として不十分だ。この程度のもので、私が動く訳にはいかない。ミラにそんなギフトがあったなど、聞いてはいないからな」
そうオリヴィエが言い放った瞬間、彼の背後から小さな手が二つ伸びてきた。その手はそのままがっしりと、オリヴィエの頭をつかんでしまう。
「ミラ、ギフトあるもん。ねえオリヴィエ、オリヴィエの一番すきなものはなあに?」
普段であれば、オリヴィエがミラに背後を取られることなどなかっただろう。もし取られたとしても、身長差のおかげで彼女に頭をつかまれることはなかっただろう。
しかし今、彼はヴィヴとのやり取りに忙しかった。しかも、椅子に腰かけたままで。その状況を利用して、ミラはこっそりと彼の背後に回り込んでいたのだ。
そしてミラのほんわかとした声は、さすがのオリヴィエの守りをも一瞬崩したらしい。彼はなぜか赤面して、口をつぐんだ。
「はい、できた!」
ミラの楽しそうな叫び声と共に、ひらりと一枚の紙が机の上に舞い降りる。そこに描かれていたのは、どう見てもメイドでしかない、若い女性の姿だった。




