33.え、この人が犯人?
囚われのヴィヴを救い出すこともできたし、ミラたちとも合流できた。
みんなで喜び合っていたその時、エステルとダニエルが足音もさせずに姿を現した。驚いたことに、ダニエルはその肩に兵士を一人担ぎ上げていた。縄でぐるぐる巻きの上、さるぐつわまで噛まされている。
「先ほど、ヴィヴ様が兵士たちを無力化した時に、この兵士だけが脱兎のごとく逃げ出しました。何が起こっているのか、見極めようともせずに」
ダニエルが硬い声でそう言うと、エステルが続けて言った。
「オリヴィエ様の兵に、このような腰抜けがいるとは思えません。身に着けている階級章にも、どことなく違和感が……」
「……少しその彼に、話を聞いてみたほうがよさそうですね。オリヴィエに会うのは、その後でも良さそうです」
ヴィヴの言葉に、みんなでうなずく。エステルがするりと歩み出て、私たちを見渡す。
「ひとまず、用意した馬車に向かいましょう。その兵士を尋問する前に、安全を確保するべきです」
そうして、エステルに案内されて大急ぎで廊下を駆け抜ける。ブルースがミラとポリーをまとめて背負ってくれたので、楽に移動できた。
裏手の門をくぐって、そこに待っていた馬車に乗り込んで。人数が多いので、二台に分かれた。
前を行く一台には私とヴィヴ、ミラ、ダニエル、それに兵士。もう一台にはエステル、ポリー、ステイシー、それにブルース。
ひとまず王宮を離れながら、兵士の尋問を始めることにする。まずは縄の上から、藤のツルでさらにぐるぐる巻きにして、それからさるぐつわを外して。
「さて、あなたはいったい何者なのですか?」
「……」
ヴィヴの問いかけに、兵士は答えない。だったらちょっと、手出ししてみよう。
無言で、馬車の床に花を生やす。繊細な雰囲気の、愛らしい白い花だ。
その花を、枯れる前に床から根っこごと引っこ抜く。そうして、ダニエルが持っていたナイフを借りて丁寧に刻んで。
「喋らないなら、これをあげるわ」
兵士の鼻をつまんで、空いた口に刻んだ草を放り込む。で、吐き出せないように布で口を閉じさせて。
「うわあ、苦しそうだね」
「あの、アリーシャ、それは一体……」
うなり声を上げながらのたうち回る兵士を、ミラは楽しそうな顔で、ヴィヴは困惑した顔で見ている。
ちなみにダニエルは御者席なので、ここの騒ぎは見ていない。……いや、肩が震えてる。笑ってるな、あれ。なんとなく察してるっぽい。
「センブリって言って、ものすごく苦いのよ。兵士さん、話さないならもっとたくさん食べさせてあげるけれど?」
テレビの罰ゲームの定番だものね、センブリ茶。でもあれって胃薬だから、むしろ健康になれると思う。
「あとは……ウルシの樹液とか……ユリの花粉でべったべたの粉まみれにするとか……スギ花粉は……効かないわね。花粉症って、そんなにすぐになるものでもないし。そもそも、馬車の中であんな大きな木は生やせないし……」
少しでも嫌がらせに使えそうなものはないかと、一生懸命記憶をたどってみる。正直、たくさんの兵士に追い回されたせいで、ちょっとうっぷん晴らしをしたい気分だったのだ。
「あっ、そうだ! ラフレシアってものすごく臭いんじゃなかったかしら」
思いつくままつぶやいていたら、兵士がちょっと引いたような顔をした。センブリにこりたらしい。だったらラフレシアは効きそうな気がする。私たちまで被害が及ぶかもしれないけど。どうしようかな。生やしてみようかな。
などと考えていたら、ミラが兵士に問いかけた。
「おじさん、そろそろ話してくれる? うなずいてくれたら、苦いのは終わりになるよ?」
けれどやっぱり、兵士は答えない。それが不満だったらしく、ミラがぷうと頬をふくらませる。
「おしえてくれないなら、それでもいいもん。ミラ、本気出すもん!」
そう言い放つと、ミラが兵士の頭をつかんだ。小さな両手で、しっかりと。
「ミラちゃん、何をするの!? 危ないから離れて!」
そう止めようとした時、いきなり宙に羊皮紙が現れた。大き目の本を広げたくらいの大きさのそれには、写真とみまごうほど精巧な絵が描かれている。
「……あら……これって、ミラちゃんのギフトよね?」
「そう。ギフトってね、力いっぱい使うと普段はできないことができるんだよ。だから、しゃべる気のないこのおじさんの記憶を、むりやり引っ張り出そうと思ったの」
得意げにミラがそう言っている間も、次々と絵が現れては馬車の床に積もっていく。その内の一枚を見て、私とヴィヴが同時に声を上げた。
「え、ハロルド様とノエル!?」
「ユーリアン!?」
その一枚には、三人の人物が描かれていた。ハロルドとノエルの二人が、豪華な身なりの少年……私より少し若いくらいの男性に、笑顔で何やらささやきかけている場面だった。
「あの、ヴィヴ。ユーリアンって……?」
「僕の腹違いの弟で、第四王子です。僕たちがここに戻ってきた時には、もう王太子選びの競争からは脱落していて、王宮の別の一角で静かに暮らしているはずなのですが……」
絵を眺めながら、首をかしげるヴィヴ。私の頭の中も、疑問でいっぱいだった。
「なぜこの二人が、そんな方と一緒に……父を脱獄させた罪で、今頃捕らわれていると思ったのに……」
「どうにかして逃げたのでしょうね。そしてどんな手を使ったのか、デンタリオンの王宮に入り込み、ユーリアンに取り入った……そう考えるのが自然でしょう。デンタリオンに来たのがたまたまなのか、あるいは何かの狙いがあってのことなのかは分かりませんが……」
「……そうですね。今はとにかく、この絵を確認していきましょう。ミラちゃんの頑張りを無駄にしないためにも……」
まだ混乱しつつも、馬車の床に散らばった絵をかき集める。そうしていたら、見過ごせないものが目に入った。
「あ、この絵って!」
それは、ユーリアンがこの兵士に小瓶を渡している絵だった。
兵士の記憶をそのまま写し取ったからか、絵はちょっと変わった構図だった。手前の中央に、小瓶を押しいただく誰かの……この兵士の手。
そしてその少し奥には、冷酷な笑みを浮かべるユーリアンの顔。彼の後ろでは、ハロルドとノエルがたいそうおかしそうに笑っていた。
これは絵だから、彼らが何を話しているのかは分からない。でもそこに描かれた表情からは、ただならぬ事態だということが容易にうかがわれた。
「……そちらとこちらの絵が、決定的な証拠になるでしょうね」
彼が差し出した絵には、メイドが運んできたお茶を改めるふりをして、さっきの小瓶の中身をこっそりとお茶に入れている兵士の手が描かれている。
「この扉、この廊下……ここは、父の寝室のすぐ前です。このメイドは、父に就寝前のお茶を運んできたのでしょう」
「そこに、この兵士が毒……のようなものを混ぜた。そういうことね」
私たちの会話を聞いて、床に寝転がったままの兵士が真っ青になる。どうやらこれで当たりだろう。
「……ダニエル、一度馬車を止めてくれませんか」
手綱を取って馬を走らせているダニエルに、ヴィヴが呼びかける。すぐに私たちの馬車と、後ろの続く馬車が止まった。近くの林に隠れるようにして。
「みんな、集まってください。これからのことについて、相談があるんです」
いつもは控えめなヴィヴが、てきぱきと指示を出してみんなを呼び集める。そうして小声で、何やら話し始めた。
その間中彼がにこにことしていたのが、ちょっと怖かった。さっき蝶をたくさん飛ばした時と同じ、穏やかなのに背筋をぞわりとさせる笑みだ。彼って、怒ったら怖いのかも。
とはいえ、彼が話す内容に耳を傾けているうちに、そんな怖さも吹き飛んでいた。
「……オリヴィエにこれらの証拠を突き付けるために、僕が思いついた計画は以上です。けれどこの作戦は、みなさんの協力なしには成しえません。どうか、力を貸してくれませんか」
その言葉に、全員が力強くうなずく。ただ逃げるだけではなく、前向きに頑張っていこう。みんなの顔には、そんな決意が浮かんでいた。
「ありがとうございます。それでは、さっそく準備に取りかかりましょう」
そう告げたヴィヴの声からは、さっきまでの怖さは消えていた。とても晴れやかに、彼は笑っていた。




