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27.噂の第二王子

 そうして私たちは、順調にデンタリオンの王宮に近づいていた。国境を越えて、さらに街道を進み。


 遠くにデンタリオンの王宮が見えてきた時は、正直気が重かった。あそこに、ヴィヴを呼びつけた第二王子オリヴィエがいる。


 どんな人なのだろう。やっぱり怖い人なのかな。ヴィヴのことを敵視しているんだろうな。頑張って、ヴィヴの力にならないと。花森屋敷での、平和な暮らしを取り戻すために。


 自然と真顔になりながら、窓の外の王宮を見つめていた。




「ああ、やっと戻ってきたかヴィヴ。平時であれば、お前がどこで何をしようがどうでもいいのだが……さすがに今回ばかりは、そうもいかないからな」


 オリヴィエは、想像よりもずっと怖そうな人だった。


 年はヴィヴより少しだけ上。顔立ちは整っているし王族らしい気品をまとってはいるものの、穏やかさや柔らかさはかけらほどもない。


 手入れの行き届いたまっすぐな黒髪、不機嫌そうな赤い目は氷のように冷たい。堅苦しい服をきっちりと着こなして、ぴしりと音がしそうなほど姿勢正しく立っている。


 デンタリオンの王宮にたどり着いた私たちは、そのままオリヴィエの執務室に顔を出していた。というか、正確には呼び出されたのはヴィヴだけだ。


 ヴィヴを見送ろうとしていたら、右腕をヴィヴに、左腕をミラにしっかりつかまれて連行されてしまったのだ。


 別室で待機しているみんなに見送られ、王宮の廊下を引きずられるようにして、結局オリヴィエの前までやってきてしまった。


 ミラを片腕にぶら下げたままの私を見て、オリヴィエは一瞬だけ何とも言えない顔をした。


 けれど特に何も問うことなく、すぐにヴィヴに向き合っている。というか、自己紹介をする隙すらくれなかった。そもそも、私には全く興味がないようだった。


「状況は分かっているな、ヴィヴ。これから私とお前は、どちらが王太子にふさわしいのか競わなくてはならない」


「あの、オリヴィエ、その話なのですが……」


 ためらいがちにヴィヴが切り出したものの、オリヴィエはすぐにその言葉をさえぎってしまう。


「話は後だ。ひとまず、王太子候補として必要なことを伝える。奥へ」


 そう言って、オリヴィエは部屋の奥にある扉へと向かっていく。扉の取っ手に手をかけて、ちらりとこちらを振り返った。


「ここからの話は、ヴィヴにしか聞かせられない。ミラ、それに客人はついてこないように」


 そうして、オリヴィエの姿はさっさと扉の向こうに消えていってしまった。


「……ひとまず、行ってきますね。ミラ、アリーシャをお願いします……」


 大いに困り果てた顔で、ヴィヴがオリヴィエの後を追いかけていく。


 そうして部屋に二人きりになって、辺りが静かになって。


「お兄ちゃん、オリヴィエには弱いの。やっぱり負けちゃった」


 ミラがやはり私の腕にぶら下がったまま、ちょっぴり楽しそうに教えてくれた。それはそうとして。


「……『オリヴィエ』? あの方も、ミラちゃんのお兄様でしょう?」


「うーん、パパは同じ。でも、お兄ちゃんって感じじゃないの」


 言いたいことは分かるかもしれない。優しくて笑顔を絶やさないヴィヴと違って、オリヴィエはとっても厳しくて怖い。うかつに近づくことを許さない、そんな雰囲気がある。


 二人で廊下に出て、ミラに手を引かれて歩きながら、小声でお喋りをする。


「……オリヴィエ様は怖い人だって聞いてたけれど、予想以上だったわ」


 そうやって一緒に歩く私たちに、すれ違うメイドたちが笑顔で会釈をしてくる。無邪気なミラは、使用人たちには人気らしい。うん、ミラはとっても可愛いしね。


 ただ使用人たちがそんな思いを顔に出していることが、ちょっと意外だった。ヴィヴたちはこの王宮で孤立していたのだと、そう聞いていたし。


 たぶんヴィヴとミラは、腹違いの兄弟やら夫人たちやらに遠慮して、静かにちぢこまっていたのだろう。そして使用人たちはそんな二人をただ見守ることしかできなかったのだろうな。


 軽くメイドに会釈してから、またミラとの会話を再開する。


「……まさか、名乗ることすらできないなんて思わなかったわ。私の素性、聞かなくていいのかしら」


「オリヴィエは、もう知ってるんだと思うよ。お姉ちゃんのこと」


「知ってる?」


 思わず立ち止まると、ミラが背伸びしてささやきかけてきた。


「オリヴィエは、いつもあっちこっちの情報を集めてるんだって。お兄ちゃんがそう言ってた。色んなところに人をやって、色々調べさせてるんだって」


 ああ、何か納得できる。あの顔、いかにもそういうことやってそうな顔だし。


 用意周到というか、備えあれば憂いなしというか、そんな感じだ。ちょっと陰険そうでもある。ヴィヴやミラと多少なりとも血がつながっているとはとても思えない。


 しかし、オリヴィエはどこまで知っているのだろうか。


 花森屋敷は隣の国にある訳だけど、食料やら物資やらの仕入れルートなんかを調べれば、あっさり情報はつかめると思う。もう色々ばれていそうな気もする。


 知られて困ることもないのだけれど、ピアソン家にまつわるあれこれとか、あの父のことなんかを知られるのはちょっと決まりが悪い。


「けれどオリヴィエ様のあの様子だと、これも無駄になってしまったかしら」


 そっと苦笑して、ポケットの中にしまっていた物を引っ張り出す。それを見たミラが歓声を上げた。


「あ、匂い袋だ。かわいい!」


「あいさつの時に、オリヴィエ様に渡そうと思ったのよ。改めて渡してもいいのだけれど……たぶん受け取ってはもらえないでしょうね」


 ヴィヴの言っていた通りだった。あの鋭利な刃物のような男性には、この小さくて愛らしい匂い袋は似合わない。


「ううん、受け取ってくれるよ」


 しかしミラは、まるで逆のことを言っている。それも、あどけない笑顔で。


 ミラはとっても無邪気な子だ。でも意外と観察力があって年の割に賢いから、考えなしにそんなことを言うとは思えない。


 首をかしげる私に、ミラはそっと耳打ちしてきた。


「……前にね、ミラがお庭で転んだことがあるの。お兄ちゃんもエステルもいない時に」


「あら、大丈夫だった?」


「ううん、痛かった。それでね、すわって泣いてたら、オリヴィエが助けてくれたの」


「えっ!?」


 すっとんきょうな声が、勝手に漏れた。……よかった、近くには誰もいない。


「お姉ちゃんも驚いた? ミラも驚いたの。オリヴィエがミラを立たせてくれて、おひざの土をふいてくれたの」


 その光景を想像して、混乱した。王宮の庭で泣いているちっちゃなミラ。そこにオリヴィエが歩み寄り、ミラを助け起こす。


 ……駄目だ、違和感しかない。さっきのあの青年が、そんなことをするなんてどうしても思えない。これがヴィヴなら、想像しただけで微笑んでしまうくらいに似合うのに。


「……とりあえず、機会があったら渡してみるわ」


 ミラにそう答えて、また一緒に歩き出す。他愛のないお喋りを続けながら、意識は別のところに飛んでいた。


 オリヴィエのことが、よく分からない。


 この王宮は、ヴィヴたちにとって心安らげるところではないらしい。そう聞いていたから、ここにいる人たちについても警戒しなくてはと思っていた。


 そして実際に会ったオリヴィエは、確かに一癖も二癖もありそうな人物だった。


 なのにミラは、全く予想もしなかった彼の姿を語ってくれた。どうなっているんだろう。


 ……まあ、いいや。ヴィヴが王太子レースから降りるって宣言してくれれば、じきにここを離れられる。オリヴィエがどんな人間か分からなくても、そう困りはしない。


 そこで考えを終わらせて、ミラに向き直った。跳ねるように歩く彼女の金の髪がふわふわと揺れているのを、穏やかな気持ちで眺めながら。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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