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2.ついに自由を手に入れた

 精いっぱいしずしずと自室に戻って、大急ぎで鍵をかける。ソファに置いたクッションをひっつかんで顔に押し当てて、声が漏れないようにしてから晴れ晴れと叫んだ。


「やったわ、ようやく自由に生きられるのね! もう仕事も結婚もこりごり!!」


 前世では仕事の鬼、生まれ変わったピアソン家は過酷な環境で、嫁ぎ先のギャレット家でもさんざんな目にあって。


「でも、そういうのも全部おしまい! ここからは自由に生きるの!」


 しばらくの間の生活費はある。住む場所もある。嫌な人たちはもういない。先行きはちょっと不安だったけれど、それも忘れるくらいに最高の気分だった。




 ハロルドがノエルを連れてきてから数日後。私はただ一人、馬車に揺られていた。


 これから私が暮らすことになる屋敷は、かなりの田舎にある。なんでも、すぐ近くに隣国との国境があるのだとか。


 そしてその屋敷はギャレット家が所有する屋敷の中でもとびきり古く、かなり小さい。使用人もたったの三人。料理担当と、掃除担当と、力仕事担当。


 たぶんハロルドは、田舎の粗末な屋敷を押しつけて、最後の最後に嫌がらせをしたつもりなのだろう。


 けれど私にとっては、大変ありがたい話だった。


 古くて小さくて人の少ない屋敷なら、維持費も少なくて済む。私でも、どうにかやっていけるかもしれない。あとは、稼ぐ手段さえ見つければ。


 稼ぐ手段。一つ、面白いことを思いついてはいる。前世みたいに味気ない仕事ではなく、趣味と実益を兼ね備えたことを。とはいえ、実際にその屋敷を見てみないと何とも言えない。


「はあ……のどかねえ……」


 うきうきしながら、窓の外に目をやる。なだらかな山、鮮やかな緑の森、草原では羊が草を食べている。こんなにのんびりした気分になれたのは、いつぶりだろう。


 記憶をたどっているうちに、ふと前世のことを思い出した。


 ……そういえば陰で『仕事の鬼』なんて言われてたんだよね。『趣味とかなさそうだよね』とか『彼氏とかいないんじゃない』とかも。全部その通りだけど、さすがにぐさっとくる。


 確かに前世の私、きりっとして強そうで、ちょっと近づきがたい雰囲気の女性だったと思う。


 でも本当は、可愛いものが大好きだった。だから今の自分のことが、結構好きなのだ。昔の少女漫画に出てきそうな現実離れしたピンクの髪に、おっとりと柔らかな雰囲気の今の私。


 それに貴族の家に生まれたことで、思う存分可愛い服を着ることができた。フリルやレース、ひらひらしたワンピース。前世の私が憧れていた、でも絶対に似合わなかった服。


 生まれ変わったことで、一つだけ前世の夢をかなえられた。でもこれから、もっともっとかなえていきたい。私は自由なのだから。


「優しい人たちと温かく平和に暮らしたい、っていうのもあるわね……屋敷にいるっていう使用人のみんなと、仲良くなれればいいのだけれど」


 使用人のみんなって、どんな人なのかな。あいさつはどうしようかな。第一印象が大切だものね。ちょっと緊張する。


 そんなことを考えている間にも、馬車はのんびりと進んでいった。ぽかぽかと暖かい草原の中を。



 そうして屋敷の前で馬車を降りるなり、三人の人影が近づいてきた。


「ようこそ、いらっしゃいました。このお屋敷にはずっと主がいなかったので、嬉しいですねえ」


 小柄な老婆が、とてもゆっくりとそう言った。穏やかな笑みと優しい声を聞いていると、つい眠くなってしまう。


「……あの……まだまだ未熟な身ですが、頑張ります」


 中学生か、下手をすると小学生に見える少女が、妙に大人びた言葉を口にする。でもその目は緊張からかそわそわと泳いでいた。こんなところは年相応だ。


「これからよろしくなあ、ご主人様」


 見上げるほど大きくて筋肉質の若い男性が、朗らかに笑ってそう言った。ここまで大きい人間は初めて見た。とてもごつくて、プロレスラーみたいだ。


 老婆は料理人のポリー、少女はメイドのステイシー、大男は雑用係のブルースと名乗った。


「私はアリーシャ、今はただの平民よ。これから、よろしくね」


 そう名乗り返して、辺りを見渡す。


 聞いていた通り、屋敷は小ぶりだった。主人一家と使用人たちでひっそりと暮らすのにちょうどよさそうな、そんな大きさだ。立地といい、別荘か何かなのかな。


 そして古い。下手をすると数百年くらい経っているかも。でもその割にはあまり傷んでいない。きっと、丁寧に手入れされ続けていたんだろうな。ほっとする雰囲気の建物だし。


 屋敷の周囲は、だだっ広い草原が広がっている。すぐ近くに街道が通っているほかは、とにかく何もない。


 周囲を確認して、それから使用人たちを順に見ていく。


 まずは、ポリー。


 屋敷の料理人は、男性が務めることが多い。大きな厨房で忙しく立ち働くからかもしれない。ポリーのような老婆が料理人というのは珍しいのだ。


 ……でもそれなら、家庭料理っぽいのとか、期待してもいいのかな。貴族の食事ってちょっと肩が凝るし。もっと普通のご飯が食べたい。


 そして、ステイシー。


 貴族の家のメイドは、平民の中でも比較的裕福な家の娘であることが多い。『貴族の家でも通用するだけの礼儀作法を身に着けている』という箔を付けるためだ。


 そうしていいところにお嫁に行ったり、あるいは貴族に見初められて玉の輿に乗ったり。


 その点、ステイシーは合格点だ。まだ幼い……というか、幼すぎる気もする……のに、知性も礼儀もきちんとしている。ただ、微妙に態度がそっけないというか……人見知りなのかな。そんなところも可愛いけれど。


 最後に、ブルース。


 彼は雑用係だ。つまり、女性二人では手の足りないところを彼が補っているのだろう。それは分かる。


ただブルースは、見た目といい雰囲気といい、貴族の屋敷で働く使用人というより、黄金色の小麦畑で笑う農夫といった感じなのだ。どういういきさつでここにきたのだろうか。


 三人ともちょっと訳ありのようにも見えるけれど、それを言うなら私も似たようなものだ。


「……素敵な場所ね。これからの生活が楽しみになってきたわ」


 素直な感想を述べると、三人はそれぞれ少しずつ違う表情で、それでもちゃんと笑顔を返してくれた。


「それでね、一つお願いがあるの」


 私の言葉に、三人はそろって小首をかしげる。


「私はかつてハロルド様の妻だった。そして私を離縁するにあたって、ハロルド様はこのお屋敷をくれた」


 できるだけ深刻にならないように、明るい声で続ける。


「でも私はもう平民だし、これからは自分が生きるのに必要なお金を稼がなくてはならないの。あなたたちと同じように」


 ステイシーが、幼い顔いっぱいに困惑を浮かべる。ポリーとブルースは、礼儀正しく微笑んだままだった。


「だから、私のことは主人としてではなく、仲間とでも思ってもらえると嬉しいなって、そう思うの。様付けとかも強制しないわ。好きに呼んで」


 この世界では、身分がしっかりと機能している。それを無視しろというのは難しいかもしれない。親しくなってからならともかく。


 それが分かっていてなお、そうお願いせずにはいられなかった。前世の記憶のせいで、どうにも身分というものが気持ち悪くて仕方がなかったのだ。


 やっと貴族の身分からも解放されたのだし、ざっくばらんにいきたい。


 こんな私の無茶ぶりに、真っ先に反応したのはステイシーだった。ぎゅっと手を握りしめたまま、ほんのりと頬を染めて小声で尋ねてきたのだ。


「仲間……あの、だったら……家族、って思っても……いいのでしょうか」


「ええ、もちろんよ。この屋敷で暮らす四人家族。そういうのもいいわね」


 三人とは顔を合わせたばかりだけど、三人とも気の合いそうな、いい人だと思った。家族のように接してもらえるのなら、こちらとしても嬉しい。


 するとステイシーは、真っ赤っかになりながらうつむいた。


「わ、わたしもそう思います。……でも今は、アリーシャ様と呼ばせてください。まだ、心の準備が……」


「え、ええ。いくらでも待つわ」


「はい……! いつか、もっと違う呼び方ができるように努力します。その、家族みたいに」


「よかったねえ、ステイシー。おおらかな方で」


 そんなステイシーに、ポリーがゆったりと笑いかける。そうして、今度は私に向き直ってきた。


「それでは私は、アリーシャさんとお呼びしましょうかねえ。さすがに呼び捨てははばかられますから」


「うーん、俺はちょっと難しいな。ご主人様、でいいか?」


 ブルースが首をひねっている。まあいいか、彼はさっぱりとした明るい雰囲気で、息苦しい感じはしないし。あだ名みたいなものと思えば全然いける。


「分かったわ、みんな。それじゃあこれからは、そんな感じでよろしくね」


 そう言ったら、三人とも笑顔を返してくれた。あったかい笑顔を見ていると、こちらの胸まで温かくなるようだった。


 こうして、夢と希望に満ちた私の新生活が幕を開けた。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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