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19.亡き母にあいさつを

 そうやって、ハロルドとノエルを追い払って。それ以来、二人はこの屋敷にやってくることはなかった。


 でも、屋敷の守りを固めておいたほうがいいのかもしれない。そう思ってみんなで色々話し合ったのだけれど、どうにもいい案が出なかった。


 花森屋敷と呼ばれるこの屋敷の外観は、できるだけ崩したくない。柵なんかで囲ってしまったら台無しだ。警備のための人を雇ったら、騒がしくなってしまうし。


 だから開き直って、私たちはこのままここで過ごすことにした。何かあったら、その時みんなで対応しよう。そう決めただけで。


 幸い、そこからはまた何事もなく日常が過ぎていった。


 季節の移り変わりに伴い、庭の植物たちも姿を変えていく。冬の訪れと共に草花は眠りにつき、つややかな濃い緑の葉の木々たちが雪に埋もれながらひそやかに花を咲かせる。


 そんなある日の朝食で、私は思い切って口を開いた。


「ねえ、みんなにちょっとお願いがあるのだけれど……」


 私の言葉に、みんなが食事の手を止めてこちらを見る。


「少しの間、ここを留守にしてもいいかしら? ちょうど、オリバー伯爵への出荷も終わったところだし」


 みんなは目を見交わして、うなずき合っている。それから、ポリーがおっとりと言った。


「もちろんですよ。あなたはこの屋敷の主人なのですから。この季節は庭仕事もそうありませんし、お出かけされるにはちょうどいいのではないでしょうか」


「ありがとう、ポリー。そう言ってもらえると助かるわ」


「ところでご主人様、どこに行くんだあ?」


 分厚いステーキを噛みちぎりながら、ブルースが尋ねてくる。まあいいか、隠しておくようなことでもないし。


「……母の、墓参りなの。もうすぐ命日だから。ハロルド様と結婚してから、一度も行けていなかったし」


 その言葉に、ヴィヴとミラが悲しそうな顔をした。


「……あなたの母君は、もうお亡くなりだったんですか……ご両親の話をしたがらない様子だったので、何かあったのだろうかとは思っていたのですが……」


「ええ、八年前に病死したの。……私の味方は、お母様だけだった」


 あ、いけない。つい余計なことを言ってしまった。母を亡くしたことは辛かったけれど、もう過去のことだ。


 お墓参りには行きたいけれど、それはお母様の墓前で涙するためではない。私は元気にしていますって、そう報告するためなのだから。


 しかし朝食の席は、すっかり湿っぽくなってしまった。ステイシーとブルースは泣きそうな顔をしているし、ポリーやエステル、それにダニエルも黙ってしまっている。


「それは……さぞかし辛かったでしょう……」


「アリーシャお姉ちゃん、さびしかったね……」


 そしてヴィヴとミラは、二人そろってしょんぼりしてしまっている。あわてて顔を横に振って、明るく笑ってみせる。


「今はもう、大丈夫だから。それに今回は墓参りというより、お母様へのあいさつをしにいくのよ。私は元気ですって」


 私の言葉に、ポリーとダニエル、それにエステルが優しくうなずいてくれた。


「お母様、きっと驚くわ。私がこんなところで、こんなに素敵な仲間たちと元気に暮らしているって聞いたら」


「そうですねえ。アリーシャさんが顔を出せば、お母様も喜びますよ。」


 ポリーが私の言葉を受けて、そしてステイシーに向き直る。


「ステイシー、あなたはたくさんドライフラワーを作っていたでしょう。少し、分けてあげたらどうかしらねえ。アリーシャのお母様に差し上げるの」


「あ、はい! いいですね、それ」


「だったら俺も、何か探してこようかなあ」


 ようやくいつもの調子を取り戻した三人が、わいわいと盛り上がり始めた。そこにミラも加わって、みんなして贈り物の話を始めてしまった。私のお母様への。


 ひとまず、さっきの暗い雰囲気は消えた。そのことにほっとしながら、隣のヴィヴに目をやる。


 彼もみんなを見て微笑んでいた。けれどその目元は、やはり切なげに下がっていた。




 そんなやり取りから数日後、私は馬車に乗ってお母様の墓を目指していた。御者席に座って、自分で手綱を取って。


「見事な手綱さばきですね」


 隣では、ヴィヴが優しく微笑んでいる。


「ブルースに教わったんです。もう貴族ではないので、馬車くらい操れるようになっておいたほうがいいと思って」


 馬の扱いを覚えれば、あちこち自由に出かけることができる。要するに、車の免許を取るようなものだ。


 ただこの世界の女性は、あまりそんな風に考えないらしい。扱いを教えてと言った時、ブルースだけでなくポリーやステイシーにも、結構驚かれてしまった。


 そうして練習を続けた私は、じきにこうやって馬車を操れるようになった。うちにいる馬たちはとびきり賢くて、人間の言うことをよく聞いてくれる子たちばかりだから、そこまで苦労はしなかった。


 それはそうとして、なぜここにヴィヴがいるのかと言うと。


 私が墓参りに行くと宣言したその日の午後、彼がこっそりと頼んできたのだ。二人きりになったタイミングを狙って。


「よければ僕も、同行させてはもらえませんか? 女性一人の旅は危険ですし、それにあなたの母君にごあいさつしたいんです」


「ええ、構わないけれど……ミラちゃんはどうするの?」


 ヴィヴが来るとなると、いつも彼にべったり張り付いているミラも当然来るのだろう。まだ次の新月までは間があるけれど、小さい子を連れて旅をするのはちょっと怖い。


 だったら、ダニエルとエステルもついてくるのだろうか。それだと、ヴィヴたちの馬車に私がお邪魔するような形になりそう。


 そんなことを考えていたら、ヴィヴは声をひそめていたずらっぽく笑った。


「ミラはここでお留守番しているそうです。ダニエルとエステルがついていますから、大丈夫ですよ」


「そうなの? 意外だわ。てっきりついてくるものとばかり思っていたけれど」


「僕もそう思ったんですが、『ミラはいい子だから、じゃまはしないの。ここでお兄ちゃんとお姉ちゃんが帰ってくるの、待ってる』と言われました」


「別に、ミラちゃんがいても邪魔じゃないけれど……」


「同感です。どうしてそんなことを言ったのか、理由を教えてもらえなくて」


 ヴィヴと二人、首をひねる。ミラの思惑はともかく、彼がついてきてくれるのは嬉しかった。


 花森屋敷からお母様の墓までは治安もいいし、野生の獣も出ないけれど、それでもちょっぴり不安ではあったから。


 ブルースに同行を頼もうかなとも思ったけれど、そうすると花森屋敷の家事が一気に滞る。力仕事の大半は、彼に任せっきりだし。


 かといってステイシーやポリーを連れ出す気にもならなかった。か弱い少女と老人である二人は、万が一の時に自分の身を守れない。


「それでは、僕は準備をしてきますね。……あなたと旅ができるのを、楽しみにしています」


「こちらこそ。よろしくね」


 そうして私たちは、それぞれ旅支度に取りかかったのだった。




「……それにしても、ステイシーさんのドライフラワーは見事でしたね」


 私のすぐ隣で風に髪をなびかせながら、ヴィヴがちらりと視線を後ろにやる。


 そちらには私たちの旅の荷物と共に、みんなから渡された品々がしまわれているのだ。墓に供えてくれと、みんなはそう言っていた。


 ステイシーからは、屋敷に咲いた花で作ったドライフラワーの花束。ポリーからは、庭の果実が入った小さな固焼きパン。ブルースからは、クルミくらいの大きさの木彫りのリス。


 そしてミラは、庭で見つけたという綺麗な小石を渡してくれた。うっすらと透き通っているから、メノウか何かかな。


 さらになんと、ダニエルとエステルも紙を数枚渡してきた。薄くすいた紙に花のような文字をたくさん書きこんだもので、二人の故郷ではこれを墓に供えるという風習があるのだそうだ。


「ええ。それにみんなからも、あんなに素敵なものをもらってしまって……お母様、とっても驚くわ」


 そうやって二人のんびりお喋りしながら馬を走らせているうちに、遠くに古い屋敷が見えてきた。かつてピアソン家の当主一家が暮らしていた屋敷で、今は無人だ。


 屋敷を素通りして、近くの丘に向かう。日当たりのいいそこに、お母様は眠っている。


 ピアソン家の暴君だった父は、お母様の墓をどこに作るかなんてことに興味はないようだった。他の家族や親戚たちは、父を気にしているのか何も言わなかった。


 だから私が必要な手続きを済ませて、丘の上に墓を建てた。前世でさんざん書類仕事をしていた経験がこんな形で生かされるなんてね。そう思いながら。


 墓の手入れは、この近くに住んでいるピアソンの元使用人たちがしてくれている。だから荒れ果ててはいないはず。


 それでも、ちょっと落ち着かない。お母様の墓に向かうのは、かれこれ三年ぶりだから。みんなの手前ああ言ったけれど、ひょっとしたら墓を見たとたん、泣いてしまうかもしれない。


 鼓動がどんどん速くなっていき、胸がぎゅっと苦しくなっていく。と、手綱を握る私の腕にそっと綺麗な手が触れてきた。ヴィヴだ。


「大丈夫です。あなたは一人ではないのですから」


 たったそれだけの言葉で、すうっと気持ちが軽くなっていく。隣のヴィヴに笑いかける余裕すら生まれていた。


「ありがとう、ヴィヴ。あなたにそう言ってもらえると、とても心強いわ」


 そうして、もう一度行く手を見すえる。もう墓が遠くに見えていた。丘の上にぽつんと一つだけ立つ墓標。


「あら、あれって……」


 墓の前に、誰か立っている。お母様の命日だから、墓参りにやってきたのかもしれない。でも、誰が?


 私たちが乗った馬車が近づくと、その誰かが顔を上げてこちらを向いた。その顔を見て、思わず叫んでしまう。


「サイラスお兄様!?」

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