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17/42

17.最初の問題は乗り切って

 馬車の列が街道に出て、それからどんどん遠ざかっていって。庭も街道も、元の静けさを取り戻して。


 その間私とヴィヴは、玄関の外に二人並んだまま馬車をじっと目で追っていた。馬車が見えなくなっても、ずっと。


「……間に合って、良かったです」


 不意に、ヴィヴがぽつりとつぶやいた。


「前に、ノエルさんが来てから……きっとまた何かあるのではないかと、そう思っていたのです。だから蝶をこっそり飛ばして、屋敷の周囲を警戒していました」


「そうだったの……私も、もっと気をつけておくべきだったわね」


 ヴィヴのその用心のおかげで助かった。私一人では、あの場を切り抜けることは到底無理だった。


 そして、それとは別にずっと気になっていることがあった。


「その……さっきのあの首飾り……とても良い品のように見えたわ。私のために、あそこまでしてもらってよかったのかしら……」


「もちろんですよ、アリーシャ。僕がそうしたかったんですから。あなたがここの主として、ここで穏やかに笑顔で過ごしていて欲しい。それが、僕の望みです」


 彼がハロルドに渡した首飾りは、気軽にぽんと誰かに渡せるようなものではない。私の窮地を救うためとはいえ、彼にそんな大きな借りを作ってしまうのは、少し心苦しかった。


 しょんぼりしている私に、ヴィヴがそっと声をかけてくる。


「どうしても気になるというのなら、僕たちの滞在費代わりと思ってください」


「生活に必要な分は、既に金貨でもらっているけれど……」


 ためらいながらそう反論すると、ヴィヴはゆっくりと首を横に振った。聞き分けのない子供を優しくたしなめるような、そんな仕草だった。


「あなたが僕たちを仲間として受け入れてくれて、秘密を明かしてくれて、しかもミラのためにあれこれと手を尽くしてくれている。その恩に報いるには、あんな首飾り一つではとても足りません」


 その言葉が、じんわりと胸に染みてくる。これ以上否定したら、彼の気遣いも否定してしまうような、そんな気がした。


 だから一生懸命に、笑顔を作った。ちょっとぎこちなくなってしまったけれど、ヴィヴは嬉しそうに笑い返してくれた。


「それでは、中に戻りましょう。僕たちの仲間のところへ」


 そう言って、彼は手を差し出した。一緒に庭を散歩する時のような、くつろいだ様子で。


「みんな心配していますよ、何が起こったのかって。早く、元気な顔を見せてあげましょう」


「ええ」


 彼の手を取ったら、すっと心が落ち着いていくのを感じた。もう大丈夫。もう安心していい。そう感じられた。


 そうして私たちは、ゆったりと玄関の扉をくぐっていったのだった。




「……ねえ、この状況は一体何かしら……?」


 優しく微笑み合いながら玄関ホールに入った私とヴィヴは、二人そろって大いに困惑していた。


 そこにいたのはほうきを逆さに握っているステイシーと、その隣で拳を握りしめたブルース。二人とも、まるで泥棒か何かを追い払おうとしているかのように身構えていた。


 二人から離れたところ、屋敷の奥へ向かう扉の前にはミラとポリー。ポリーはミラを守るようにしっかりと抱きしめていて、ミラはきょとんとした顔をしていた。


 そしてミラたちの両脇には、ダニエルとエステルが立っている。妙な気迫を感じる。そう、まるで武術の達人のような。


「お、お姉様、大丈夫ですか!?」


 見事なまでに裏返った声で、ステイシーが叫ぶ。お姉様って、私のこと?


「す、すみません、うっかり盗み聞きしてしまいました! あの人たち、このお屋敷を狙ってるんですよね!」


「つまり、泥棒だなあ」


 がっしりとした顔に凶悪な雰囲気を漂わせ、ブルースがうなる。いつも大らかで穏やかな彼が、ここまで怖い顔をできるなんて。


「だからわたしたち、頑張って追い払おうと思って! お姉様の居場所は、わたしたちが守るんです!」


 そう叫ぶステイシーの手は、関節が浮き上がるくらいしっかりとほうきを握りしめたままだった。ちょっぴり震えているし。


「ええと……その気持ちは嬉しいわ。でも、ハロルド様とノエルはちゃんと追い払えたから。ヴィヴのおかげで。……というより、私は何もできなかったのだけれど」


「僕はただ、やりたいことをやっただけです。アリーシャ、あなたの力になりたいと」


 さっきのやり取りを思い出してちょっと落ち込む私に、ヴィヴがきらきらした笑顔を向けてくる。心から幸せそうな顔で。そんな彼に、今度はミラが呼び掛けてきた。


「お兄ちゃん、えらいね! ……いやな人たち、どうやって追い払ったの?」


「あの首飾りを差し上げたら、すぐに引き下がってくれましたよ」


「そうなんだ。よかったね、もっとちょうだいって言われなくて」


「ええ。まだ他にも似たようなものは持ってきていますが、できればいざという時のために取っておきたいですから」


 美しくてちょっと浮世離れした兄妹のそんな会話を聞いているダニエルとエステルが、ほんの少し複雑な顔をした。


 それもそうだろう。さっきヴィヴが差し出した首飾り、どう見てもかなりの年代物で、値打ちのあるものだったから。


 あんなものをほいほいと他人に差し出すなんて、そこらの貴族には無理だ。だからこそ、ハロルドも素直に帰ってくれたのだろうし。


 ふと、気になった。ヴィヴたちは隣国デンタリオンで、どんな暮らしをしていたのかな、って。


 彼らについては、デンタリオンのルーフェ伯爵家の人間だってことしか知らない。それと二人とも跡継ぎではないから、こうやって好きにふらふらしていられるのだということと。


 前から気にかかってはいたのだけれど、聞くことはできなかった。


 お喋りのついでに聞いてみようとしたことはある。けれど会話がそういった話題にさしかかると、ヴィヴはするりと話をそらして、違う話題に持っていってしまうのだ。


 ミラも、「お兄ちゃんがないしょって言ったから、ないしょ!」と笑いながら答えるだけだったし。


 そしてもちろん、忠実な従者であるダニエルとエステルは、主人である二人が隠していることをばらすような真似はしなかったし。


 ひとまず、そのことについては置いておく。今考えても仕方がないし。


 それよりも、今確認したいのは……。


「ねえステイシー、それよりどうして突然『お姉様』なのかしら……」


「あの、わたし、ずっとそう呼びたいなって! というか、心の中だけで、こっそりアリーシャ様のことをそう呼んでたんです」


 真っ赤な顔で、ステイシーはつっかえつっかえ言葉を紡ぐ。


「お姉様は、わたしたちは家族みたいなものだって言ってくれました! だからわたしは、家族であるお姉様を守るって、その、えっと、決意表明として、呼び方を変えました! あ、その……ご迷惑、でしたか?」


 しどろもどろながらも、言いたいことは分かった。まあいいや、本人がそれでいいのなら。


「いいえ。私はそちらの呼び方のほうが好きだわ。ミラちゃんにステイシー、二人も可愛い妹ができたのだから」


 前世の私は一人っ子で、しかもずっと一人暮らしをしていたから、家族の愛情といったものからは離れて久しかった。


 そして生まれ変わった先であるピアソン家は、母以外漏れなく最低というすさまじい環境だったし。


 仲間が、家族が増えるのなら大歓迎だ。そんな思いを込めて、にっこりと笑いかける。


「……ありがとうございます、アリーシャお姉様!」


 ステイシーの声が響き渡る玄関ホール、そこの空気はもうすっかり和らいでいた。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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