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12.旅の理由

 陽光草が、ミラの病の特効薬。ヴィヴの言葉に、ふと思い出す。


 ミラは体が弱いのだと、そう聞いていた。ただこの屋敷に来てからというもの、彼女は毎日元気いっぱいに走り回っている。病とは無縁そうなのに。


 首をかしげている私に、ヴィヴが静かに説明を加える。


「彼女をむしばんでいるのは、闇熱と呼ばれる病なのです」


 闇熱。聞いた覚えはある。この世界にのみ存在する、とてもまれな生まれつきの病、だったかな。


「月に一度、新月の日に高熱を出して倒れるのです。特効薬はたった一つ、陽光草の実だけ」


 新月の夜。確か、明日だったか。さっきジュースを飲んでいたミラは、やはりいつも通り元気そのものだった。明日熱を出して倒れるのだと聞かされても、とても信じられないくらいに。


「そして倒れるたびに、命が少しずつ削られてしまいます。この病気にかかった者は、大人になるまで生きられないことも多いのです」


 その言葉に、すっと血の気が引く。ミラがそんな深刻な状況にあったなんて。


「ヴィヴ。私、何としても陽光草を生やしてみせますわ。ミラちゃんと、そしてあなたのために」


「ああ、ありがとう、アリーシャ……」


 目を潤ませながらこちらを見つめるヴィヴが色っぽくて、あわてて視線をそらしながら明るく話をずらす。


「その、陽光草って夏至の日にしか咲かないんですよね。だとしたら、生やすのに成功したとしても夏至の日まではここにいてもらう必要があると思うのですが」


「滞在させていただければ、ありがたいのですが……迷惑でなければ、ですけれど」


「迷惑なんて、とんでもない! あなたたち四人なら大歓迎ですから!」


 つい熱くなってしまった私に、ヴィヴが晴れやかに笑いかけてくる。


「そうだ、アリーシャ。ついでにもう一つ、お願いをしてもいいでしょうか?」


「え、ええ。何でしょう?」


「……その、口調です。あなたは僕にだけ丁寧に話しているでしょう? 距離を感じてしまって、寂しくて」


 私はポリーたちに対しては、肩肘張らない気軽な口調で話している。どうやらヴィヴは、そのことが気になっていたらしい。でも、寂しいって。何その感想。


「それはあなたが、成人した貴族だからで……」


「あなたは身分を気にするような方ではないと、そう思っていましたが?」


 茶目っ気たっぷりに、ヴィヴは笑ってみせた。うん、これはもう、彼のお願いを聞くしかなさそうだな。


 観念した私に、ヴィヴは幸せそうな視線を向けてきていた。




 それから私とヴィヴは、じっくりと話し合っていた。明日の闇熱の発作を、少しでも楽に乗り越える方法がないか。


 ヴィヴによれば、熱さましの薬は多少は効いたらしい。たくさん植物のあるここなら、もしかしたらもっと効くものがあるかもしれない。彼はそうも考えていたようだった。


「うーん、熱に効きそうな薬草、ね……」


 前世では、ハーブの図鑑とか生薬の図鑑とか、そういったものをよく読んでいた。そしてここに来てから、その記憶だけを頼りに、とにかく思いつくまま手当たり次第に植えまくった。


 しかし、どのハーブや生薬が何に効くのかについて、記憶があいまいなのだ。そもそも葉を使うんだっけ、根を使うんだっけ。その辺すらうろ覚えのものも多いし。


「ああ、思い出せない……私の記憶さえ完璧なら……」


「それは、記憶がはっきりしていれば薬を作れるかもしれない、という意味だと取ってもいいのでしょうか?」


 やけに真剣な顔でこちらを見つめてくるヴィヴ。どぎまぎしながら、言葉を返す。


「え、ええ。昔、薬草についての書物をよく読んでいて……薬効なんかも書かれていたのだけれど、記憶があいまいで……」


「そういうことなら、僕たちに任せてください」




「それじゃあ、やってみるね」


 その直後、私はミラの部屋にいた。椅子に座った私の額に、踏み台に乗ったミラがそっと右手で触れてくる。


 私のあいまいな記憶をどうにかするために、ミラの力を借りましょう。ヴィヴがそう言って、私をここに連れてきたのだ。


「アリーシャ、昔読んだというその本について、ぼんやりでいいので思い浮かべてください」


 少し離れたところから、ヴィヴがそんな指示を出してくる。何がどうなるのか分からないけれど、たぶんギフトなんだろうなという気がする。ミラの。


 それはそうとして、本……えーと、ハーブ図鑑と、生薬事典と、それから……。


 と、ミラの触れたところが、かっと熱くなった。しかしミラはすぐに私の額から手を放し、空をつかむような動きをする。その小さな手の間に、一冊の本が突然現れた。


「わ、重い! よい、しょっと……」


 そして彼女は、その本を私の膝の上に置いた。


「できたよ、アリーシャお姉ちゃん」


「何もないところから、本が……これってもしかして、ミラちゃんのギフトなの?」


「うん! でもないしょね。このことはお兄ちゃんしか知らないから。それよりほら、読んでみて!」


 せかされるがまま、本を開く。しっかりとした装丁の、大きな本だ。


「えっ、これって……」


 最初の一ページを見て、驚きに目を見張る。さらにページをめくっていくうちに、驚きが感動に変わっていった。


 本の中身は、かつて読んだ図鑑そのものだったのだ。様々なハーブや生薬について、事細かに書かれている。植物の名前と写真、用いる部分とその薬効、そういったことが。


「わあ、読めないね」


 ミラが本をのぞきこんで、興味深そうにはしゃいでいる。それもそうだろう、この本は日本語で書かれているのだから。


「僕も見ていいでしょうか。……これは、どこか異国の言語でしょうか? それに、美しい本ですね」


「そ、そうなの。昔習得したもので……大丈夫、ちゃんと欲しかった情報は載っているし、読めるから」


 前世の言語なんですって言って、通じるのかな。そもそも、生まれ変わってから初めて日本語を見た。写真も。


 などと感心しつつ混乱していたら、ヴィヴがほっとしたように笑った。


「これが、ミラのギフトなのです。相手の記憶の一部分を本や絵として形にする、そんな力です。本人がうろ覚えでも、記憶自体は頭の中に残っています。その情報を引き出せるのですよ」


「ミラ、すごいでしょ!」


 ちょっと得意げな二人に、こくりとうなずく。できたばかりの本――記憶の図鑑、とでも呼べばいいのかな――をしっかりと抱えて。

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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