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11.祝杯と隠し事

 そうして、オリバー伯爵が帰っていった後。


 私たちは、みんなで祝杯にしていた。今が花盛りのローズガーデンで。


 大人たちは、ポリーが手の空いた時に漬け込んでいた果実酒のジョッキを手にして。


 ステイシーとミラは、庭のイチゴをつぶしてミルクや蜂蜜と混ぜたジュースのグラスを手にして。


「それでは、ジャスミンティーの茶葉が無事売れたことに、乾杯!」


 私のそんな掛け声と共に、みんながジョッキやグラスを掲げる。同時に口をつけて、同時に笑う。


「それにしても、オリバー様は太っ腹な方ですねえ」


 ポリーが果実酒をちびちび飲みながら、とっても嬉しそうにつぶやく。


 彼女がそんな顔をするのも当然だった。本当に、オリバー伯爵はとても気前のいい申し出をしてくれたのだから。


 まず彼は、私たちがこないだ作ったジャスミンティーの茶葉を高値で全て買い上げてくれた。


 それだけでなく、私たちがまた何かお茶を作ったらそれも売って欲しいと言ってくれたのだ。こちらからお願いしようと思っていたのだけれど、先回りされてしまった。


 だからもう販売ルートのことは心配せずに、素敵なお茶を作って作って作りまくればいい。


 ほっと安堵の息を吐いていたら、ステイシーがはにかんだようにつぶやいた。


「でも、全部売ってしまうのはちょっともったいないって思ってしまいます……あのお茶、とってもおいしかったですから。……あ、このジュースもおいしいです」


「うん、すっごく甘い! 今までで一番甘いイチゴ!」


 たぶんミラは、ジャスミンティーよりもこっちのほうが気に入ったんだろうな。


「ふふ、ありがとう。よく日が当たるように気をつけたかいがあったわ。それでね、お茶のことなんだけど」


 明るい声でそう言うと、みんなが同時に私を見た。


「ジャスミンティーの茶葉、もっとたくさん作っていきましょう。そうすれば、私たちが飲む分も確保できるから」


「わあ……嬉しいです、アリーシャ様」


「それにこれからは、他のハーブティーも作っていきたいわ。庭にあるハーブを緑茶や紅茶と組み合わせるだけで様々なハーブティーになるし、ハーブだけを組み合わせたお茶もいい」


 頭の中には、既にいくつものハーブティーのレシピが浮かんでいた。前世で飲んでいたものとか、それにアレンジを加えたものとか。


 あ、でも、そうなるともっと色んなハーブを、もっとたくさん植えないと。場所はいくらでもあるけれど、ギフトを使わないと十分な量の苗は手に入らない。


 ……ギフト。今でも、ヴィヴたちには内緒のままだ。


 余計なもめごとに巻き込まれないために、私は彼に隠し事をするのだと決めた。でもそのことが、ちょっと苦しくなってきたのも事実だった。


 もう、打ち明けてしまおうか。そう思いながらも、どうにも踏ん切りがつかないままだった。


 ちょっと重くなってしまった気持ちを押し隠しながら、和やかに話し続ける。ステイシーとミラの、きらきらとした視線を浴びながら。




「ありがとうございます、ヴィヴ。あなたのおかげで、無事に茶葉の売り込み先が見つかりましたわ」


 祝杯を上げて、ひとしきり騒いで。そうしてお開きになった後、私とヴィヴは二人で庭を散策していた。感謝の意を、改めて彼に伝えておきたかったのだ。


「僕はただ、知り合いを紹介しただけですよ。あなたが考えたジャスミンティーが素晴らしかったから、オリバー殿の心を動かすことができたのです」


 穏やかに答えるその表情が、いつもよりどことなくぎこちない。そういえばさっきから、彼は時折何か考え込んでいるような表情をしていた。


 どうしたのだろうと思いながら、言葉を続ける。


「それでも、感謝していますの。なのでその、何かお礼をしたいのですが……」


 すると、ヴィヴが思いもかけない表情を見せた。


 彼は春の空のような青い目を見開くと、真剣な顔になり立ち尽くしたのだ。それから、何かを考えこんでいるかのようにうつむいて、口をぎゅっと引き結んでいる。


 花の香りのする風に髪をなびかせながら、じっと彼を見つめていた。


 どれくらいそうしていたのだろうか、不意に彼が顔を上げ、まっすぐに私を見た。


「……それでは、一つだけお願いしてもいいでしょうか」


「ええ、何なりと」


 そうして彼は、本当に予想外そのものの言葉を口にしたのだった。


「陽光草を、生やしてはもらえませんか」




 彼の言葉がすぐに理解できずに、今度は私が立ち尽くす。陽光草、それは彼が旅をしてまで探している草だ。そのことは覚えている。


 けれどヴィヴはなぜ、私にその草を生やして欲しいなどと言い出したのだろう。この口ぶりだと、彼は私のギフトに気づいているのかもしれない。


 でも、どうやってそれを知ったのだろうか。彼らがやってきてから、私はギフトを使っていないのだけれど。屋敷を取り巻く庭のもさもさっぷりに違和感を覚えるかもしれないけれど、そこから私のところまでたどり着くとは思えない。


 混乱している私に、彼はすっと手を差し伸べる。と、その手からふわりと何かが浮かび上がった。


 水色の、透き通った蝶。ヴィヴたちが屋敷を訪れる少し前に、やたらと見かけたあの美しい蝶だ。


 その蝶は私の目の前まで飛んできて、それからまたヴィヴのところに戻っていく。


「……これは、僕のギフトなんです。この蝶が見聞きしたことは、ある程度僕も知ることができるんです。僕はこの蝶を通して、あなたがギフトを使うところを見ていました」


「では一時期、この蝶がやたらと屋敷の周囲を飛んでいたのは……」


「……申し訳ありません。この屋敷……というより庭を調べていました。そうして、ここでなら僕の探しているものが見つかるかもしれないと、そう思って僕はここに……」


 そう答えるヴィヴは、まるで今にも泣きだしそうな子供のような顔をしている。


「……黙っていて、申し訳ありません……」


「い、いいんです。それだけ、必死だったのですよね。陽光草を探すために」


「はい……それが免罪符になるとは、思っていませんが……」


「それに、黙っていたことをわびなければならないのは私も同じですわ。ごめんなさい、ずっと隠していて。もう話してもいいのではないかと、何度もそう思ったのですけれど」


 しょんぼりしてしまったヴィヴを励ますように、一生懸命に言葉を続ける。


「……私のギフトは、植物を生やす力ですの。ただ、全く未知の植物についてはどうしようもなくて……今まで生やしてきた植物の数々は、実際に見て触れたものや、あるいは図鑑などで姿と性質を知ったものばかりなんです」


 ヴィヴがはっとして、また悲しげに目を伏せる。


「……そうなると、陽光草は……」


「難しいと思います。姿が分からないとなると……けれどやれるだけ、やってみます」


 そんな彼の姿を見ていたら、自然とそんな言葉が口をついて出ていた。


「お願い、できるのですか……? ああ、ありがとうございます」


 彼がためらいながらも浮かべた笑顔に、つられて微笑む。彼がこんなに喜んでくれるのなら、やってみるって言って良かった。


「僕はどうしても、陽光草を手に入れたいんです。あなたのおかげで、希望が見えてきたように思います」


「いえ、うまくいくかどうかは本当に分かりませんから。と、ところであなたは陽光草を手に入れたらどうされるのですか?」


 大げさすぎる感謝の言葉に照れ臭くなって、とっさにそんなことを問いかける。と、彼はそっと目を伏せた。長いまつ毛が、かすかに震えている。


「……陽光草は、ミラの病の特効薬なのです」

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『捨てられ令嬢は田舎で新たな家族と夢をかなえることにします!』
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