第91話 ダンジョン攻略(中編)お祈りポイント(MP)が足りない!
【異世界生活 77日 9:00】
明日乃の『対魔法結界』という結界魔法が、魔法対策に有効と気づいた俺達。3階の前半で行った試行錯誤がすべて無駄になるような悲劇的な魔法だった。
「秘書子さん、マナソードじゃなくて、こっちの事を教えてくれればよかったのに」
俺は心の中でアドバイサー女神様の秘書子さんに文句を言う。
「『アスノ様の結界では効率が悪いから、別の方法がないか』と聞いたのはリュウジ様です。なので、結界以外で有効なスキルを紹介したまでです」
秘書子さんがしれっとそう呟く。
言われてみると、俺はそう聞いた気がする。結界(対魔法結界を含む)以外で有効な手段はないかと。
俺はぐったりしてしまう。
「どうした? 流司?」
一角が俺に声をかける。
「ああ、魔法対策の件? 秘書子さんに聞いた俺の聞き方が悪かったらしい」
俺はそう言い、さらにぐったりする。
「そんな、過ぎたことはいいわよ。明日乃ちゃんの結界が勿体ないから、さっさと先行きましょ? お祈りポイントが尽きないうちに3階の敵を全部倒さないと、いや、ダンジョンをクリアしないといけないんでしょ?」
真望が俺を叱るように言う。叱咤激励ってやつか。
「そうだな。お祈りポイントが勿体ない。どんどん先に進むぞ」
俺はそう言って気持ちを入れ替えると、逃げていくハーピー型のウッドゴーレムを追いかける。
そして、まっすぐな直線の通路にハーピーが4体ずつ、区画ごとにみっちり並んでいる。
「ここが3階の最終決戦の場だろうな。とにかく前に進む。ボス部屋手前まで押し込んで、全部倒したら、後ろから追ってきた敵も全滅させる。明日乃、『対魔法結界』と『聖域』、対魔法の結界と対物理攻撃の結界、重ね掛けはできそうか?」
俺は皆を鼓舞し、明日乃に結界の確認をする。
「うん、重ね掛けできそうだよ。神よ力をお貸したまえ。『聖域』!」
明日乃は聖魔法を唱え、対魔法結界の中に対物理結界を張る。
「よし、明日乃と真望は結界内からクロスボウでハーピーを攻撃。地面に落とせ。一角と麗美さんはハーピーを牽制しつつ、落ちてきたハーピーの首を狩る。いくぞ」
俺は簡単に作戦を説明し、1組目のハーピー4体に飛び掛かる。
ハーピー型のウッドゴーレムは結界魔法を嫌い結界に押し除けられるように部屋の四隅の天井に逃げ時間稼ぎをする。
明日乃と真望は冷静にクロスボウでハーピーの翼を射貫き、ハーピーが地面に落ちてくる。一角と麗美さんが落ちてきたハーピーに駆け寄り、翼をさらに攻撃、飛び立てなくなったところで首を狩る。
俺はまだ飛んでいるハーピーに『投擲』スキルで青銅の斧を投げつけ、翼を傷つけ、床に落とす。
そして同じように、翼を斬り落とし、首を狩る。
残りは矢を再装填した真望が再度射貫き、落ちてきたところを麗美さんが首を落とす。
「明日乃、落ちた首にとどめを」
俺は明日乃に指示をする。
ウッドゴーレムの首は戦闘能力を失ったせいか、明日乃が結界を近づけても結界を通過する。明日乃が無事首に近づけて、手に持った青銅の剣で、ウッドゴーレムの額にある核を貫き、破壊する。
ゴーレムの首と結界が反発して明日乃が近づけなかったらどうしようかと心配したが杞憂だったようだ。
それを四隅で行い戦闘終了。
「ドロップアイテムは後でいい。次行くぞ」
俺はそう言い、次の区画に飛び込む。
さっきの組と同じような行動をとるハーピー型のウッドゴーレム4体。同じ要領で倒し、それを何度も繰り返す。
お祈りポイントのウインドウを見るとポイントがどんどん減っていくのが分かる。敵が魔法を使おうとすると、その分お祈りポイントが消費されて、魔法が相殺されているようだ。これが『対魔法結界』のしくみか。
そんな戦いを続け、ボス部屋前まで、敵を駆逐。反転して追ってきた敵も駆除し、戦闘終了。
「りゅう君、『対魔法結界』張り直すのが面倒臭いから、休憩しないでこのまま。ボス部屋攻略しちゃお?」
明日乃がそう言うので俺は頷き、一応ボス部屋の扉を少し開けてみんなで覗き、中を確認する。
『鑑定』スキルで確認すると、レベル21のハーピー型ウッドゴーレム4体に、ボスはレベル25のワーウルフ型のウッドゴーレムだ。まあ、レベル21もレベル25もたいして変わりはない。空を飛ばないだけワーウルフ型の方がやりやすい気もする。
「レベル25なら問題なさそうね」
一緒に覗いていた麗美さんがそう言い、俺も頷く。
「じゃあ、このままいくぞ。戦い方はさっきと一緒。ボスは俺が対応する」
俺はそう言って、足早にボス部屋に飛び込む。ハーピーは今までと同じように部屋の四隅、天井のあたりで飛び続け、ワーウルフも四隅で俺達の動きを警戒している。
結界を使うとウッドゴーレム達が結界を警戒して攻撃を仕掛けてこないので逆にやりやすいかもしれないな。
そんなことを考えながらワーウルフに近づくと、ワーウルフは手に持った青銅の剣を振り上げ俺に襲い掛かってくる。
やはり、飛ばないだけ、ハーピーよりやりやすい。
魔法を警戒する必要が無くなったので、盾を床に置き、青銅の剣を両手で持ち対応する。
やはり、片手より、両手の方が力を入れやすいな。
俺はそんなことを考えながら、ワーウルフの剣を捌き、体勢を崩したところで首を一斬り、首を跳ね飛ばす。
剣にマナを込めることで、固いウッドゴーレムの首も跳ね飛ばせるようになった。そして剣へのダメージも少ないのがありがたい。
秘書子さん、これもう少し早く教えて欲しかったよ。
ハーピーは首が細いから、普通に剣で首を刎ねられるが、ワーウルフは毛皮を模した部分が厚く、剣が通りにくい。マナソードを活用した方がスムーズに戦闘が進みそうな気がする。
そんなことを考えていると、頭上から、黒い影が迫る。
「おっと、ハーピーがいたのを忘れていたよ」
俺は慌てて、バックステップでハーピーの爪による攻撃を避け、再度飛びこみ、袈裟切りに。
ハーピーの左の翼が垂れ下がり、飛べなくなる。
俺はそのまま、ハーピーの首を刎ねる。
ワーウルフは飛ばないから落とす必要がなく楽だが、首のあたりの防御力が高く面倒臭い。
ハーピーは飛ぶので面倒臭いが、地面に落としてしまえば、翼も首も細く、対応は楽。
どっちも結局面倒臭いな。
他のメンバーもクロスボウでハーピーを床に落とし、一角と麗美さんが首を刎ねる。全部首を刎ねたら、1体ずつ、明日乃がとどめを刺していく。
3階のボス部屋も戦闘終了だ。
ワーウルフ型のウッドゴーレムのドロップアイテムは青銅の防具を一部位。今日は胸当てを落とした。
明日乃がとどめを刺したので、明日乃のサイズに合わせたものがドロップする。
ボス部屋の奥にある、いつもの木箱は少し立派な宝箱風になっていて、開けると青銅の胸当てが入っていた。
真望が宝箱を開けたので、真望のサイズに変形する。なんか便利なドロップアイテムだな。
とりあえず、ボス部屋手前を含め全てのドロップアイテムを回収して、ボス部屋を抜け、北のエントランス3階に。
「明日乃、真望、鎧着ておけよ。防具も多少魔法のダメージを減らしてくれるらしいから。あくまでも、当たり所が悪くなければ。らしいけどな」
俺はそう言って、今拾った青銅製の胸当てをつけるように勧める。
ちなみに当たり所が悪い、胸当てをつけても露出したお腹などに当たると魔法ダメージ軽減は期待できない。そんな感じらしい。あくまでも防具が守っている部分に魔法があたったら。ということだそうだ。
「それと、明日乃レベル上がりそうか?」
俺は気になって聞いてみる。
「うーん、結構経験値貯まったからもう少しかな? あと、10000ポイント弱? さっきのワーウルフ型のウッドゴーレムを3~4体倒せばレベル上がるかな?」
明日乃がステータスウインドウをいじりながらそう言う。
「次のフロア前半くらいでレベル上がるかな?」
俺はそう予想する。
「ただ問題があってね」
明日乃がちょっと不安そうな顔で言う。
「どうした?」
俺は気になって聞き返す。
「さっきの対魔法結界? あれって、敵が魔法を使おうとするとお祈りポイントを消費して邪魔、魔法を相殺するみたいなんだけど、敵が中級魔法を1回使うと、こっちは初級魔法1回分のお祈りポイントを消費するみたい? 効率的にはいいんだけど、敵1対が1回これから魔法を使うと計算すると、次の階層をクリアするのに、多分ウッドゴーレムが50体前後、1体につきお祈りポイントを300消費すると、15000ポイント必要なんだよね。それがあと2階層だから、このダンジョンをクリアするのに30000ポイントのお祈りポイントが必要って計算になるんだよね」
明日乃が難しい顔でそう言う。
「えーっと、今あるお祈りポイントが16050ポイント。全然足りないじゃないか」
一角がステータスウインドウのお祈りポイントを確認してそう叫ぶ。
さっきの戦いで12000ポイントも消費したのか。
「今日の分のお祈りを早めにすれば20000ポイントは確保できそうだけど、それで、4階だけでもクリアしたとして、お祈りポイント無しで、明日乃ちゃんの結界魔法を使わずに魔物の島を無事に脱出できる可能性は低いわね」
麗美さんが複雑な顔をする。
「今日、強行突破する方法もないこともないんだけどね。とりあえず、対魔法結界はコスト悪いから今後、多用するならお祈りポイントの貯金は必須だね」
明日乃が残念そうな顔でそう言う。
結界魔法の欠点、お祈りポイントのコストが悪いって部分が今後の問題だな。
「それで、強行突破する方法っていうのは?」
一角が興味深そうに明日乃に聞く。
ここで撤退して、自分の変幻自在の武器が今日手に入らないか、強行突破して今日手に入れるか、一角にとっては重要な課題だ。
「とりあえず、私がレベルアップしたら、今日のお祈りをして、お祈りポイントを確保する。それから、帰りの分のお祈りポイント、20000ポイントに近いお祈りポイントをできるだけキープするために、魔法やスキルはすべて、マナで使う様にする。もちろん私の結界魔法もね。これ以降の魔物のレベルが高いから、経験値で充分ペイできると思うんだよね。ワーウルフ型なら1体たおせば経験値4000ポイント弱入るみたいだから、それで対魔法結界を維持しつつ、余った分は真望ちゃんあたりに回して真望ちゃんのレベルアップもできる。そんな感じだね」
明日乃がそう言う。
「あとは、ダンジョン攻略後、ダンジョンで一夜明かして、明日の分のお祈りポイントで何とか魔物の島を脱出する感じ? これは、お祈りポイントのリセット時間が何時か? ダンジョンから追い出されるのが何時かちゃんと把握しないとダメだから、秘書子さんに聞いてからの判断だね」
明日乃がもう一つの方法も付け足す。
「でも、確か、マナを使った魔法って連続使用できないんだったわよね? 明日乃ちゃんがマナだけで対魔法結界を維持できるかも秘書子さんに聞いてみないと」
麗美さんが気になるところを聞いてくる。
確かにそうだ。マナを使った魔法を使うと、体内のマナが不安定になり、吐き気がして集中が乱れ、30分くらい魔法が使えなくなるみたいなルールがあったはず。
「秘書子さんそのあたりどんな感じ?」
俺は心の中で聞いてみる。
「とりあえず、1日のお祈りのリセットは、お祈りする本人に1日が終わったという認識が得られればリセットです。たとえば、夜になったと認識して、睡眠をとればリセットという感じです。その理論から、昼間に昼寝をしてもリセットにはなりませんし、夜徹夜してしまうと朝以降睡眠をとってからがリセットになることもあります。ただし、陽の光を見たから、1日が始まったと認識できれば睡眠は関係ない場合も出てきます」
秘書子さんがそう教えてくれる。
「まず、お祈りの日付リセットは本人の認識次第だってさ。夜になって寝て起きたから次の日、そう言う行動も関係してくるらしい」
俺は秘書子さんの説明をかいつまんで説明する。
「じゃあ、ダンジョンの中でも、時計を見て夜だと認識してしっかり寝ればリセットになるわけだね」
明日乃がそう言う。
「ダンジョンの出口まで戻って外が暗くなったことを確認するっていうのもありかもな」
一角がそう付け足す。
「まあ、そこらへんは上手くやればリセット可能ってことね。あとは何時までダンジョンにいられるかね」
麗美さんがそうまとめ、秘書子さんに聞くよう疑問を投げつける。
「ダンジョンのリセットは朝4時までに外にでないと、死体や拾わなかったドロップ品と認識されて、マナに還されます。寝てしまったり気絶したりしてしまった場合でもダンジョンを管理する精霊に退去を促すような大轟音で起こしてもらえるので問題ありませんが、それでも起きられない重症や気絶だった場合は死亡扱いになりマナに還されます」
秘書子さんがいきなり残酷な告知をしてくる。
俺はみんなにそのまま伝える。
「4時までに外に出ないと死体扱いか。なかなか厳しいルールだな」
一角が厳しい顔でそう言う。
みんなも肝が冷えたようだ。無口になる。
「それと、アスノ様のマナ使用による結界魔法ですが、継続使用は可能です。ただし、結界解除後、体内のマナの乱れが一気に来ますので、お気を付けください。特に長時間結界を使うと、その反動は大きくなるので、休みながらの使用をお勧めします。それと、マナで結界魔法を使う場合、『対魔法結界』と『聖域』の併用は不可能です。どちらかをお祈りポイントで発動することを提案いたします」
秘書子さんがマナに寄る魔法運用の事も教えてくれた。
俺は明日乃を中心にそのことを伝える。
「そっか、2種類の結界魔法をマナで運用するのは無理なんだ」
明日乃がそう言ってがっかりする。
「多分その理論からすると全体補助魔法もマナを使って結界と併用するのは無理そうよね」
麗美さんがそう付け足す。
かなり明日乃の魔法が制限されるわけだ。
「じゃあ、やるとしたら、『対魔法結界』はマナで運用して『聖域』と『祝福』、補助魔法はお祈りポイントで運用するって感じかな。そうなると早めのマナによる運用をした方がよさそうだね。あまり粘るとお祈りポイントがじり貧になりそうだし」
明日乃が考え事をしながらぼそぼそとそう呟く。
「もし何かトラブルで途中、『対魔法結界』が解けてしまった場合、30分の休憩が必要だから、常に安全地帯のエントランスまで戻れる退路も確保しておかないといけないし、結構タイトな戦術が必要ね」
麗美さんがそう言って眉をしかめる。
「結構危険な賭けになりそうだが、そうする、強行するか?」
俺は明日乃に聞いてみる。
「そうだね。撤退した場合、今度は90000ポイント以上のお祈りポイントの回復が必要だろうし、このダンジョン攻略のためにもう10日無駄にするのはちょっともったいないかな? って気持ちはあるね。マナで魔法を使って少し私のお腹が気持ち悪くなるのを我慢すればいいだけなら、強行したいかな? 一角ちゃんも変幻自在の武器を早く欲しいだろうし」
明日乃がそう答える。
一角は何とも言えず、難しい顔になる。
「まあ、あと少しで明日乃ちゃんもレベルが上がるんだし、とりあえず、その戦法で4階を攻略してみたらいいんじゃない? それで余裕なさそうだったら、5階は諦める。いけそうだったら5階に挑戦する。そんな感じでどう?」
真望がよどんだ空気を吹き飛ばすように適当そうな口調でそう言う。
「そうね、そうしましょうか」
麗美さんが真望の意見にのる。
意見もまとまり、俺達は装備を整え、ドロップアイテムをエントランスにとりあえず残し、4階に続く階段を下り始めるのだった。
次話に続く。




