第53話 予定外の行動
【異世界生活 26日目 7:00】
「そう言えば、砂糖ができても料理には使えないよな。肉や魚には砂糖だけあってもしょうがないしな。せめて醤油があれば砂糖も役立つんだろうけど」
一角が朝食を食べながらぼそっとつぶやく。
「そうだね。小麦もないし、ケーキとか作るならバターとか卵も欲しいし」
琉生もそう言ってがっかりする。
「紅茶でもあればいいんだけどね」
明日乃がぼそっとつぶやくと、
「ありますよ。紅茶。というより茶葉」
秘書子さんがしれっとそう答える。
「あるのかよ、紅茶!」
俺は思わずそう叫ぶ。
「あるの?」
「あるのか?」
「あるの? 流司お兄ちゃん?」
3人が、ハモる。
「ああ、茶葉がとれるらしい」
俺は気圧されるようにそう答える。
秘書子さんにマッピングしてもらうと、サトウキビ畑からさらに西に行き少し南に山を登ったところに茶畑があるそうだ。
「行こうよ」
「うん、行こう」
明日乃と琉生がやる気になる。
「茶葉は確か春にしか取れないはずだもんね。今行くしかないよ」
明日乃がさらに絶対に行く宣言をする。
まあ、ここから2時間くらいで着くらしいからいいか。
「荷物はどうする?」
一角が土器などを見てそう言う。
「持っていこう。どうせ、茶葉を積んだら入れる物もないし、ヤシの葉のリュックと土器に茶葉を詰められるだけ詰めて帰る感じでいいんじゃないか?」
俺はそう提案する。そして一角は頷く。
とりあえず、朝食を終え、荷物をまとめ、今回世話になった石臼は家の中に穴を掘って枯草につつんで埋めておく。来年も使えるかもしれないしな。
「それじゃ、行こうか」
俺は荷物を抱え、マントを纏うと、立ち上がる。
みんなも立ち上がり、拠点の丘を降り、西に歩き出す。
とりあえず、秘書子さんのマップに従い、草原の中にある獣道を西に歩く。
1時間くらい歩くと、南の森に向かってのびる獣道があり、その道をさらに進む。ここからは山道で、元の拠点から西に見えた大きな山を登る感じだ。
「ふう、ふう」
明日乃が辛そうに息を吐く。
「少し休憩するか?」
俺は明日乃に聞く。
「だ、大丈夫だよ。茶畑に着いたら休憩しよ?」
そう言って明日乃は結構傾斜のある山道を登っていく。
来るときに登った丘と違い本格的な山道で、荷物を多く持った俺達、特に体力のない明日乃には過酷な道のりだった。
俺は黙って、明日乃の荷物を持ってやる。
明日乃は護身用の槍を杖のように突いて必死に俺達についてくる。
そして過酷な山道を1時間ほど歩いたところで、森がひらけ、低木の木や草原、そして右手には青々と茂った茶畑があった。
【異世界生活 26日目 10:00】
「本当にあったよ」
明日乃が嬉しそうに笑い、その場に腰を下ろす。
「私は嘘を言いません」
秘書子さんが無感情だが心外そうにそう言う。
「少し休憩したら、茶葉を摘もう」
俺はそう言い、明日乃のそばにあった大きな岩に腰掛け、水筒から水を飲む。
「日が暮れるのを考えると、15時くらいまで茶葉を摘んで帰る感じか?」
一角が俺に聞く。
「そうだな。さすがに1泊して摘みまくる気も起きないし、摘んでも持ち帰れないかもしれないからな。まあ、持てるだけだ」
俺は一角にそう答え、もう一度水を飲む。
「よし、そろそろ、作業始めるか。明日乃、体調悪かったら木陰で休んでいていいぞ」
俺はそう言って立ち上がる。
「そうだね。少しだけ休ませてもらうよ」
そう言って、茶畑のそばに生えている大き目の広葉樹の下に腰を下ろす。
俺達もそこへ行き、荷物を置く。一角と琉生は護身用の槍を荒縄で背中に背負い土器を片手に茶畑に。さすがに槍は手放せないもんな。俺は変幻自在の武器があるから助かるが。
秘書子さんの話では枝の先に生えた3枚だけを摘んでいくらしい。そのことをみんなに伝えて作業を始める。
とりあえず、土器を足元に置いて、秘書子さんに言われた通り先の葉っぱ三枚を摘み、足元の土器に放り込む作業を繰り返す。
そんな作業をお昼までやっていると、
「みんな、お昼にしよ? 魚焼けてるよ」
明日乃が俺達にそう声をかける。
いい時間なので休憩がてら昼食にしよう。
一角も琉生も手を休め、明日乃の休憩していたあたりに集まる。
「ああ、薪を集めてくれたんだな。ありがとう明日乃」
明日乃の元に行くと、たき火があったので俺はそうお礼を言う。
「一人で休憩しちゃったからね。少し体調良くなったから薪を集めてご飯作ったんだよ」
明日乃はそう言って申し訳なさそうに笑う。
「あと、これ、飲んでみて」
そう言い、明日乃は一角に竹筒を渡す。
「?」
一角はその竹筒を受け取り、不思議な顔をしながら少し口にする。
「ああ、お茶か。生のお茶だから、ちょっとハーブティっぽいが、これはこれで悪くないな」
水筒の中身を飲んだ一角が少し嬉しそうだ。
「りゅう君も、はい。竹筒の水筒が勿体ないから半分ずつね」
明日乃が俺に同じような水筒を渡す。
竹の水筒を火で加熱すると何度も使えなくなるもんな。下手したら使い捨てになる。
ちなみに、普段の飲み水も、1回沸騰させてから飲んでいる。竹筒は鍋代わりにもなるので優秀だ。
「うん、旨いな。そしてちょっと懐かしい気がする」
俺は水ではない飲み物を久しぶりに飲んで少し感動する。
そして、残り半分を明日乃に返す。
一角も琉生と半分こらしい。
「目の前で間接キスとかイチャイチャし過ぎだろ?」
一角が俺達に嫌な顔をする。
「いやいや、飲み物の共有なんて普通だろ?」
俺は一角に言い返す。
「言われるとそうだね。もとの世界の家で私も普通に流司お兄ちゃんのジュースとか同じコップで飲んでたし」
琉生がしれっとそう言う。
「まあ、琉生は妹みたいなもんだし、さらに普通だ」
俺はそう言う。
明日乃はちょっと複雑な顔をしている。なんか俺間違ったか?
そんな感じで、昼食と休憩をとり、午後の作業を再開する。
明日乃も体調が良くなったみたいで、茶摘みの作業に参加する。
15時まで茶摘みを続け、持ってきたバケツ型の土器3つとリュックサックがいっぱいになるくらいの茶葉が収穫できた。
「今回はこれくらいかな? 大事に飲んで、来年また摘みにこよう」
俺はそう言って、作業を終了し荷物を持ち、マントを羽織り直して、帰り支度をする。
みんなも帰る準備をする。
帰りは来た道を戻るだけだし、下りなので怪我しないように気をつければ問題ないだろう。上りより、下りのほうが足に負担が大きいし怪我しやすいらしいしな。
怪我に注意しながらゆっくり北に向かって山道を下り、平地になったところで東に伸びる獣道を歩く。
「少し日が暮れてきたな」
周りが少しだけ暗くなり出して、俺は気が焦る。暗くなる前に拠点に帰りたいもんな。
俺達は少し早歩きで帰路を急ぐ。
サトウキビ畑そばの臨時拠点が近づき、日も暮れ、どんどんあたりも暗くなっていく。
俺達は草原と森の境界にできた獣道を足早に歩く。
「がさっ」
俺は慌てて音の方を警戒する。
「がさがさっ!!」
森の藪が揺れて、大きな何かが飛び出す。
「琉生、危ない!!」
俺はそう叫ぶ。琉生も警戒はしていたが、大きな何かは猛スピードで琉生に突進する。
「ガッ!!」
「つぅ!」
大きなものがぶつかり合う大きな音がして琉生が小さな呻き声をあげて、宙を舞う。
「ガシャーン」
そして背負っていた土器が割れる音。
「くそっ」
俺は琉生が気になりつつも、飛び出してきた獣の処理を先にする。琉生とぶつかって動きを止めた獣の首に突撃し、首に一撃を食らわす。
一角も反対方向から槍で首を一突きし、獣は膝をついて崩れ落ちる。
それは大きなイノシシだった。
「大丈夫か琉生!?」
俺は急いで琉生のそばに寄る。
一角は倒れたイノシシに完全にとどめをさす。
「うーん、土器が割れちゃったよ」
尻もちを搗いた琉生が起き上がり周りを見回しそうつぶやく。
「土器なんか作ればいい。琉生の体は大丈夫か?」
俺は琉生に近寄り、抱き寄せると、埃を叩き落し、体を確認する。
「大丈夫だよ。流司お兄ちゃん。いつものHP? バリアみたいなので守られていたから怪我はないよ」
琉生が困った顔で俺にそう言い笑い返す。
ステータスを確認すると確かにHPが8も下がっている。牙が刺さった? ゲームで言うクリティカルヒットみたいなやつか?
「茶葉も拾わないとね」
琉生がそう言って土器が割れて飛び散った茶葉を見渡す。
「風呂敷替わりに俺のマントを使え。明日乃も手伝ってくれ」
そう言い、俺はマントを脱ぎ地面に広げる。
そして、一角とイノシシの死骸の元に戻り一角とイノシシの解体を始める。
「琉生は大丈夫か?」
一角にそう聞かれて、
「ああ、HPが減っただけだ。回復するまで気を付けていれば大丈夫だろう。だが、一角も気をつけろよ。HPが1になったらそこからは大けがや即死もあるんだからな」
俺はそう言う。
HPという結界のおかげで即死はないし、怪我もしないので安全な世界と錯覚しそうになるが、HPが1になった時、その先の事は絶対忘れてはいけない。
「そうだな」
一角は言葉少なくそう答えると、イノシシの解体を続ける。
俺も変幻自在の武器をナイフに変化させると解体を手伝う。
「明日乃、俺の土器の中の茶葉もマントに入れちゃってくれ」
俺はそう明日乃にお願いし、琉生の茶葉と俺の茶葉を一つにまとめ、空になった土器にイノシシの肉を入れる。
最後に神様にお祈りし、イノシシの骨や内臓、要らない部分をマナに返し経験値化する。
なんか、経験値が貯まって一角のレベルが上がったようだ。レベル12になった。
荷物をまとめ、背負う。
「琉生、荷物持てるか?」
俺は攻撃を受けた琉生を気遣う。
「うん、大丈夫だよ。怪我したわけじゃないし」
琉生が茶葉の入った風呂敷、俺のマントを背負うとそう言って笑う。
「琉生ちゃん、回復魔法かける?」
明日乃も気遣ってそう聞くが、
「ううん、大丈夫だよ。元々私、HP高いみたいだし、今からさらに1対1で熊にでも襲われない限り大丈夫だよ」
琉生が冗談交じりにそう言いもう一度笑う。
「HPが減っているってことは、危険な状況なんだから、回復するまで安静にしていろよ?」
俺はそう言って琉生を庇う様にして、横を歩く。
「ふふ、流司お兄ちゃんはいつも優しいね」
そう言って俺の腕にぶら下がるように自分の腕を絡める。
「甘えるのは今だけだぞ」
そう言い、俺はそのまま歩く
「はぁい」
琉生が甘えるような残念そうな声でそう言い歩き始める。
【異世界生活 26日目 18:00】
何とか真っ暗になる前に臨時拠点に帰りつくことができた。
明日乃が残っていた薪に火をつけ、たき火を囲む。
「とりあえず、イノシシの肉は塩を多めにふって明日拠点で捌く感じかな?」
明日乃が土器からイノシシ肉を取り出しながら言う。
「油の多いところだけ食べようよ。どうせ、干し肉にはならないんだし」
一角がそう言う。
1週間近く魚だけの生活だったからな。肉が食べたくて仕方ないのだろう。
そうして、脂身の多い部位だけを焼いて、いつもの焼肉パーティが始まる。
久しぶりの肉はやっぱり旨いな。
そんな感じで夕食も終え、日課のお祈りをし、交代で見張りをしながら眠りにつく。
琉生がHPを減らしているので優先的に寝かせ、一角、俺、明日乃の順で見張りを交代しながら眠ることにした。
そういえば、俺と明日乃の家、石臼埋めたから凸凹しているし、布団代わりの枯草、石臼の緩衝材代わりにほとんど埋めちゃったんだった。
寝る寸前に気づき、仕方なく、凸凹の地面に少ない枯草を広げ、明日乃の毛皮のマントをひいて2人で寝る。ちょっと狭いがまあ仕方ない。明日乃がやたら密着して嬉しそうだ。
明日は1日遅れてしまったが、小麦畑やトウモロコシ畑の様子を見ながら南の海岸の拠点に帰る予定だ。
次話に続く。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
それと、明日明後日は仕事が多忙の為更新お休みするかもしれません。申し訳ありません。