第51話 砂糖作りの準備をしよう
【異世界生活 20日目 4:00】
「おはよう、流司お兄ちゃん、見張り番、交代だよ」
琉生がそう言って起きてくる。
「ああ、おはよう、琉生。もうそんな時間か」
俺はそう言って、立ち上がり、体を伸ばす。
「薪集めてくれたんだね」
琉生がそう言って、たき火のまわりに積んで乾かしている薪をみる。
「ああ、やることなかったしな。一角も暇だったのか薪を集めていたらしくて2人分だ」
俺はそう言う。周りの見回りもかねて火のついた薪を片手に枯れ枝を集めた感じだ。
「私も暇だろうから薪を集めたらすごい量になっちゃうね」
琉生がそう言って笑う。
「暇にはならなそうだけどな」
俺はそう言って手に持った変幻自在の武器を槍に変化させる。
「結構いるね」
琉生も気づいたのかそう言う。
「敵襲だ、みんな起きろ!」
俺はそう叫ぶ。
「なんだ? まだ寝足りないぞ」
一角がそう言って家から出てくる。
「何? 何? なんか嫌な気配するけど」
明日乃がウサギの耳をぴんと立て、くるくると動かしては周りの気配を探っている。緊張した状況なのだが、なんか可愛い。
「オオカミだろうな。5匹? いや6匹、7匹か?」
そう言って、俺も耳を立てる。
明け方でまだ薄暗い。目視はできないが、南西、森から広がる草原にガサガサと動く気配、遠く離れた森の中に2匹、気配は感じる。
鑑定スキルを使うとご丁寧に隠れているオオカミの位置を示すようにステータスを表示してくれる。レベル5のオオカミが5匹、森の中のオオカミはレベル7とレベル10。一斉に襲われなければ各個撃破できるレベルだな。
「どうする? 柵を出て撃って出るか? 柵を利用して防御に徹するか?」
一角がそう言う。
「柵を利用しよう。最悪、まとまっていれば明日乃の結界魔法でなんとかなるしな」
俺はそう指示する。
「まあ、オオカミ程度じゃ、魔法は大赤字だけどな」
一角がそう言って笑う。
「そうだな」
俺も笑って答える。
クマのような格上の獣ならともかく、格下のオオカミに結界を使ったらコスト的に割が合わないんだよな。
「俺と一角と琉生は南西の柵に展開、オオカミを1匹ずつ仕留める。明日乃は俺達の後ろで、北東方向、後ろを警戒しながら待機。必要な時は結界を頼む」
「了解」
みんなが答え、柵に沿って展開する。一角が真ん中に立ち、俺が一角の右、琉生が一角の左に間隔をあけて立つ。
そして、一角は槍を地面に突き刺し、弓に持ち替え矢をつがえる。
「私も弓矢欲しいかも」
明日乃が手持ち無沙汰にそう言う。
「明日乃じゃ当てられないし、当たってもダメージ与えられないだろうけどな」
一角がそう言って弓を引き絞る。
確かに弓を引く力も足りないだろうし、そんな状況で当てられるかも怪しい。
俺は笑って聞き流すと、俺も槍を地面に突き刺し、鈴さんが作ってくれた新武器を構える。
『スリング』。要はただの半袋状の毛皮に革ひもをつないだだけの道具だがこれで石を飛ばすと手で投げるより飛距離も威力もスピードも増す。
前に洋服を作った時に余った端切れのようなものがあったので秘書子さんに作り方を聞いて、鈴さんに暇な時に作ってくれないかとお願いしていたのだ。まあ、真望でもよかったのだが、なんとなく戦闘の武器は鈴さんかなと思って頼んだ感じだ。
それを昨日作ってくれたらしく初使用だ。
「そんなの当たるのか?」
一角が笑って言う。
「まあ、何もしないよりはマシだろ?」
俺はそう言う。
実際、石を飛ばす練習は少ししたのだが、的に当てる練習はしていない。ほぼ、ぶっつけ本番だ。俺が普段慣れている石斧の投擲の間合いに入るまでのつなぎだな。
俺はスリングに大き目の石を入れ、回し出す。
草の間から、ちらちらとオオカミの頭が見えている。
「シュバッ!!」
一角の方から風を切る音。
「ぎゃん!」
叫び声をあげてオオカミが飛び上がり、そのまま倒れる。
顔のあたりに矢が刺さり致命傷を与えたようだ。
それを合図に残り4匹が俺達に向かって走り出す。
後ろに控えていたボスらしきオオカミともう一匹も森から飛び出してくる。
俺は回していたスリングが後ろに来たところで、直線的な動きに変え、石を発射する。
「どすっ」
狙った狼の前足手前に落ちてしまう。
「へたくそ」
一角が嬉しそうにそう言って笑い、俺が石を外したオオカミの首に矢を放つ。
「キャン!!」
狼が小さく悲鳴を上げて倒れる。致命傷だとは思うが、即死ではなさそうだ。よろよろと立ち上がり出す。
俺は、スリングを石斧に持ち替え構える。オオカミがもう1匹迫っている。
そして、石斧の射程に入ったところで俺は石斧を振り下ろし、オオカミに向かって投げつける。
「ぎゃん」
俺の投げた石斧はオオカミの鼻面に見事当たり、もんどりを打って倒れる。
その後ろから、ボスオオカミとつがいだろうか? 大きなオオカミが迫ってくる。
一角は弓矢を槍に持ち替え、柵に到達した1匹と対峙する。琉生も柵を挟んでもう1匹のオオカミと対峙している。
何故か俺を狙う、ボスともう1匹の大きなオオカミ。
「私も手伝うよ」
そう言って明日乃が槍を構え、俺の横に並ぶ。
ボスオオカミは、俺の槍の射程を避けるように俺の左から迂回し、大きく跳ねる。柵に足をかけ、ギリギリ乗り越える。
柵を作る途中だったため、高さが足りなかった。
もう1匹も明日乃の槍の射程をかわすよう右から迂回し柵を下からくぐり抜ける。
ただし、明日乃もしっかり対応し、急いで駆け寄り、オオカミに一撃を加える。
首に浅い傷を受け、慌てて後退する大きいオオカミ。
俺は、柵を越えたボスオオカミと対峙する。
まあ、ダンジョン3階の一角兎と比べたら、それほど恐怖は感じない。
「がるるる」
柵を挟んで3匹のオオカミが明日乃を囲んでいる。大きいオオカミと石斧を当てて倒れたオオカミ、そして一角の矢を首に受けたオオカミだ。
「一角、明日乃が囲まれてるぞ」
俺はそう声をかけると、
「くそっ、こっちも忙しいんだ」
一角がそう言い。自分の対峙しているオオカミと明日乃を何度も見比べる。
見ると、オオカミに距離を置かれて、柵が逆に障害になってしまっているようだ。琉生も同じように攻めあぐねている。そして対峙するオオカミから目を離してしまうと柵を
くぐられてしまう。
「ああ、くそっ、補助魔法使うぞ」
俺はそう叫ぶと、補助魔法、『獅子の咆哮』を習得し、詠唱する。神と精霊へのお祈りは適当だ。
600ポイントのお祈りポイントが飛ぶ。
「!!!!」
俺は声にならない威圧のような、オーラのような無音の雄叫びを上げる。
オオカミ達の意識が俺に集中し、じわりと後ずさりする。ボスオオカミもだ。
俺はその隙を突き、超高速で、ボスオオカミに突進しそのまま喉元に槍を突き刺す。
素早さも力も上がっているのか槍が深々とボスオオカミの喉に突き刺さる。
俺はそのまま、ボスオオカミの死骸を振り払い、90度方向転換、全速力で走り、そのまま柵を飛び越え、明日乃を狙っていた3匹に飛び掛かる。
補助魔法の効果か、オオカミの動きが遅く感じる。
1匹目、石斧を当てたオオカミは下からすくい上げるように、シャベルで土を掘るように、オオカミの喉元を下から突き上げ、突き刺し、そのまま、空中に投げ飛ばす。
それを見た2匹目が俺に飛び掛かるが、一角の矢を受け、弱ったオオカミの動きは遅く、俺は槍を返す刃でそのまま首を横に掻き切る。
オオカミはそのまま、地面に突っ伏す。
最後の1匹、大きなオオカミも俺に飛び掛かり、左右にフェイントをかけて飛び掛かってくるが、落ち着いて、槍で横に薙ぎ、顔と肩のあたりを思い切り叩き飛ばし、刃先がオオカミの右肩を切り裂く。
跳ね飛ばされた大きなオオカミは右前足を引きずるように立ち上がるが、俺は冷静に頸動脈のあたりに一突き。とどめをさす。
一角と琉生が対峙していたオオカミは不利を悟り尻尾を巻いて逃げだす。
「おっと、逃がすか!」
一角はそう言って、慌てて弓矢に武器を持ち替えると、逃げる1匹に後ろから後ろ脚に一矢、倒れたところを、もう二矢、腹と胸に射ってとどめをさす。
戦闘終了だ。
俺はゆっくり柵を跨いで、拠点に戻る。
「流司、お祈りポイント無駄使いしたな」
一角が冷やかすように、責めるように、悪い顔でそう言う。
「お前がモタモタするからだろ? 2匹目も矢で仕留めそこなっていたし」
俺はそう言い返す。
「柵が裏目にでちゃったね」
琉生が残念そうにそう言う。
「まあ、柵は作っている途中だったし、穴だらけだったしな。今日、さらに強化して高さも高くして、くぐられないように間隔も狭めよう」
俺はそう言って琉生を励ます。
「でも、りゅう君、凄かったね。風みたいに走って、あっという間にオオカミ達倒しちゃったよ」
明日乃が嬉しそうな声でそう言う。
明日乃が危険な目に会っていたしな。間に合わなかったら悔やんでも悔やみきれないし。
「600円かかっているからな」
一角がそう言ってからかう。
この世界、その600円が意外と高いからな。
「まあ、お祈りポイント貯金2万ポイントくらいあるし大丈夫だよ」
明日乃がそうフォローしてくれる。
【異世界生活 20日目 5:30】
とりあえず、俺達はオオカミの毛皮だけは有用と、手分けして6匹分の毛皮を剥ぎ、それ以外は神様にお祈りしてマナに還す。そして経験値になる。
さすがにオオカミの肉を食べるのは気が引けるしな。
「やっと落ち着いたね。どうする? りゅう君、もうひと眠りする?」
明日乃が俺にそう聞く。
「とりあえず、先に朝ごはんにしよう。食べ終わったら、私と琉生で竹を取りに行くから、明日乃と流司はイチャイチャしながら昼寝でもしていればいい」
一角が俺達を冷やかすようにそう言う。
「まあ、その方が効率はいいかもな」
俺はそう言ってその案を飲む。別にイチャイチャするのが目的じゃないぞ
結局、そのまま、朝ごはんという事になり、拠点から持ってきた干した魚を焼いて食べる。
「ついでに川魚も捕ってくるから、2人はゆっくりイチャイチャしていていいからな」
一角はそう言って琉生と一緒に竹を取りにいってしまう。
「じ、じゃあ、俺は寝るね」
「そ、そうだね」
そう言ってお互い照れる俺と明日乃。
そしてなぜか、明日乃が俺の後をついてきて、無言で俺と手をつないでくる。指を絡めた恋人つなぎだ。
☆☆☆☆☆
【異世界生活 20日目 9:30】
俺は外がうるさいので起きてしまう。
「おはよう、うるさくて寝れないぞ」
俺はそう言って一角に文句を言う。
「柵を作ってるんだから仕方ないだろ?」
一角がそう言って、変幻自在の武器を変化させたノコギリで、ギコギコと竹を切っている。こいつわざと俺の寝ているそばでやってるだろ?
俺は仕方なく起きる。少し寝不足だが仕方ない。
そして目の前には大量の魚が吊るしてある。こいつは竹を取りに行ったのか? 魚を獲りに行ったのか?
「おはよう、りゅう君」
明日乃が明るく挨拶してくれる。俺はちょっと照れ気味に挨拶を返す。
「なんか、熱々だね? うらやましいなぁ」
琉生がそう言って俺を冷やかす。
「琉生、どうする? 石臼づくり始めるか?」
俺は砂糖作りが気になってそう聞く。そして色々誤魔化す。
「そうだね。よさそうな石を河原でとってきて作ろうか? 一角さんと流司お兄ちゃんが竹を取りに行って、柵や家を作ってる間に作業できるし」
琉生が承諾するので、2人で河原に石臼にする大き目の石を取りに行く。
「そういえば、前に作った背負子? あれ持ってくればよかったね」
琉生が歩きながらそう言う。
「そうだな。石臼、上と下を別に運んでも結構な重さになりそうだもんな」
俺はそう言ってうんざりした顔をする。
「まあ、石なんて盗る動物もいないだろうから、ゆっくり運べばいいよ」
琉生がそう言って笑う。
30分ほど歩くと石がゴロゴロと転がる河原に着く。ここからさらに30分ほど南に歩くと竹林だ。
とりあえず、抱えられそうで、なるべく大きくて、イメージに合った石をさがしながら河原を上流に向かって歩く。
「これなんかどうだ?」
俺は河原の端に落ちている大きな岩を指す。
「そうだね。くぼみ具合がいい感じ? 全体的に丸くて石臼っぽいしいいんじゃない? 石臼の下の部分として候補にしておこうね」
琉生も満足したようで、とりあえず、秘書子さんにマップにマークしてもらう。
秘書子さんのオートマッピングは本当に便利だな。
そしてそこからさらに5分ほど歩いて、石臼の上の部分によさそうなものも見つかる。大きさも形もさっきの石と釣り合いそうな感じだ。片方が少し尖った感じの丸い円盤状の石だ。
「じゃあ、これは俺が持つから、周りの警戒を頼む」
俺はそう言ってギリギリ抱えられそうな重さの岩に荒縄を巻き持ちやすいようにする。
「私も手伝うよ」
琉生がそう言うが、
「このあと、さっき保留にしておいた石臼の下の部分も回収しなきゃいけないんだから、そこからの活躍を頼むよ」
俺はそう言って断る。
実際そこから琉生が大変になるだろうしな。
そんな感じで俺が大きな岩を抱えて5分ほど川を下る。そして、石臼の下の部分になる岩も琉生か回収して、帰路に着く。
琉生の岩の方がだいぶ小さいが、それを小さい女の子が抱えているのを見ると少し痛々しい。
「無理しなくていいからな。きつくなったら休憩していいし、俺が往復して二つとも運んでもいいしな」
俺はそう琉生に言う。
「何言ってるの? 流司お兄ちゃん。ステータス的には私の方が少しだけ力は上なんだよ?」
琉生がそう言って笑う。
そうなんだよな。ゲームみたいな話だが、ステータスは琉生の方が上、レベルが1高い俺が負けているのだ。
実際持てる物の重さは同じ、下手したら琉生の方が重いものを持てる。
「ゲームみたいな良く分からない話だけどな」
俺は笑いながら呆れるようにそう言う。
そんな感じで、普通の女の子なら持ち上げられそうにない岩を普通に持ち上げて30分以上の道のりを歩き切ってしまう琉生。
ここがゲームの世界と錯覚してしまいそうな光景だった。
【異世界生活 20日目 11:00】
「ただいま~」
琉生が元気よく挨拶をして拠点に着く。
「だいぶ柵も立派になってきたな」
俺は柵を作っている一角を褒める。
実際、柵の高さも高くなっているし、横の竹の数を増やして、獣が潜れないようにしっかり穴も埋まりつつある。
「おかえり。流司、琉生」
「おかえりなさい。りゅう君、琉生ちゃん。それにしても凄い大きさの岩だね」
一角と明日乃がそう挨拶を返してくれて、明日乃は俺達が運んできた岩の大きさに少し引いている。
「明日乃にはちょっと持てない大きさかもな」
俺はそう言って笑い、たき火のそばにその岩を置く。琉生も同じように岩を置く。
「琉生、魔法で石臼はできそうか?」
俺は気になって琉生に聞く。
「うーん、たぶんできると思うけど、時間とお祈りポイントが少しかかるかな。100ポイントずつじわじわ動かすから、半日かかるかな? それにポイントも1000ポイント以上は覚悟してね」
琉生がそう言って、さっそく魔法をかける。
とりあえず、くぼんでいる下の石臼を魔法で削って先に作って、上の石臼を下の石臼に合わせて石を魔法で付け足していくやり方を考えているようだ。
なんかじわじわと石の一部が光って消えていく。いや、別の場所に削った分の石がコロコロと出てくる。見ていて面白い魔法だな。
「おい、流司、暇なら竹取に行くぞ。これから家も作らないといけないし、柵だってまだ完成していない。2往復、いや3往復は覚悟しろよ」
そう言う一角に引きずられていく俺。
「明日乃、獣に襲われたら結界使っていいからな。そしてすぐに俺達に連絡しろよ」
俺はそう言って、一角に引きずられていく。
【異世界生活 20日目 18:00】
そんな感じで、途中、昼食をとりつつ、実際、竹林まで3往復させられて、竹を運び、柵を完成させ、家も一つ出来上がる。
「夕ご飯を食べ終わったらもうひと作業だな」
俺はそう言って焼き魚を食べる。
「そういえば、琉生。石臼いい感じだな。理想的な形だよ」
俺はそう言って石臼の出来を褒める。半日かかって、お祈りポイントも1200ポイントかかったらしいがそれだけかけただけあり、なかなかの出来だ。
「あとは、横に溝を掘って丈夫な棒をつけて上げ下げしやすくする感じかな? おみこしみたいな感じに?」
琉生がそう言う。いいアイデアだな。
「あと、石臼に横から穴を開けて中まで貫通させてサトウキビの汁だけ出るようにすれば汁を柄杓みたいなもので掬う必要もなくなるな」
俺はさらに案を出す。
「それはいいね。もう少し魔法使っちゃうけどその改造もしちゃおう」
琉生がそう言って楽しそうに言う。
サトウキビを絞る石臼イメージ
食後、琉生は石臼の最後の仕上げ、魔法をさらに使って、絞り汁が流れ出る出口を作り、棒をつける溝も作ったらしい。お祈りポイントはさらに600消費だが安いもんだ。
俺と一角は、家づくりを再開し、2軒目も何とか夜中になる前に出来上がる。
今回の家もAシェルターではなく、刺し掛けシェルターという奴だ。竹100%で作るならこっちの方が都合もいいしな。
とりあえず、家もできたので、日課のお祈りをして、枝で歯を磨き、就寝する。
今日の見張りは、琉生が前半、一角が真ん中、明日乃が後半の順番で、昨日真ん中をやった俺が丸々休めるという流れになった。
今夜も誰かしら起きてるいので明日乃とのイチャイチャは無いかな?
次の話に続く。