第144話 1匹いたら3匹はいると思え
【異世界生活 138日目】
「これでレベル上げも一段落ついたな」
俺はそう言う。
「そうは言っても、またみんなのレベルが上がったら私もダンジョン行かされるんでしょ?」
不満そうに真望がそう言う。
「そうは言っても一人だけ低レベルって訳にはいかないだろ? 何かあった時に困るしな」
俺は真望にそう答える。
俺達は今、南西の島にあるダンジョンで5階のラスボスを倒し、真望のレベル上げを終わらせたところだ。
ちなみに現在の俺達のレベルは
流司 レベル53
明日乃 レベル53
一角 レベル54
麗美 レベル54
真望 レベル52
鈴 レベル54
琉生 レベル53
みんなレベル50を超えた。
「真望ちゃんは今ダントツのドベだから近いうちにダンジョンにご招待って感じになるでしょうけどね」
麗美さんがそう言って冷やかし、真望がぐったり肩を落とす。
こいつは鈴さんと同じくらい引きこもるの好きだもんな。
まあ、生産職だから仕方ないと言えば仕方ないんだが、元々、中学生のころまでは引きこもり気味だったみたいだし注意は必要だな。
「ドロップ品はどうする? 全部持ち帰るか?」
一角がそう聞いてくる。
「そういえば、今日のメンバーって、輸送向けの霊獣持っているのいないな」
俺は運搬専用の荷牛の霊獣を持っている鈴さんや、運搬も可能な大虎の霊獣を持っている琉生がいないことに気づく。
真望の狐の霊獣は火をつけるくらいしかできない運搬力皆無の霊獣だ。
「一昨日、鈴ちゃんが、アホみたいに鋼の武具を持ち帰ったし、拠点に鋼の在庫は山ほどあると思うから、真望ちゃんの予備の防具とあとは持てるくらい人力で持ち帰れるくらいを持って帰ればいいんじゃないかな?」
麗美さんがそう言う。
「そうだな。臨時拠点に置いておいても持ち帰る目星がつかないし、多分、次のダンジョンでも同じような武具はドロップするだろうしな」
俺はそう言い、真望の予備の防具を手分けして持ち、荷物を背負ったまま戦闘できるくらいの余裕をもってドロップ品の回収をする。
そして、そのまま、ダンジョンの外に出て、帰路に着く。
「もう、この島の魔物も襲ってくる気配ないな」
一角が少し寂しそうにそう言う。
「お前と麗美さんの合体魔法で狩り尽くしたしな」
俺は冷やかすようにそう言い笑う。
そんな感じで、草原の中の獣道を臨時拠点に向かって帰る俺達。
「みなさん、ご注意ください。ドラゴンの気配が北の方から迫っています」
突然、アドバイザー女神様の秘書子さんがそう警告する。
「マジか!?」
俺は驚き北の空を見るが、ドラゴンを視覚で確認することはできない。北に広がる森の上を低空飛行で近づいているのかもしれない。
「どうする? 流司。迎え撃つか? 白い橋まで逃げるか? それとも、隠れるか?」
一角が俺にそう聞いてくる。
確かに迎え撃つなら最善の位置かもしれない。他の魔物の横槍も入らない。だが、奴のファイヤーブレスを受けきれるか? 麗美さんの魔法で相殺できるのか? 前回は琉生の土魔法で逃げることができたが、今日は琉生がいない。
白い橋までは距離がある。ギリギリつけるかもしれないが、周りは草原で見晴らしいがいい。ドラゴンに見つかってしまうだろう。
この場所から一番近い森に入って身をひそめる。それが正解な気もするが、どっちにしろ、次の北東の島でドラゴンは倒さなくてはいけない。
そして、森に隠れていても見つけられてしまう可能性もある。無防備な状態、俺達が隠れられているつもりでいても見つかっていて、ファイヤーブレスを食らうなんていう可能性もある。
俺は迷ってしまう。特に前回の立役者、琉生がいないという現状が俺の判断を鈍らせる。
俺は困って、麗美さんの顔を見る。
「とりあえず、白い橋まで走りましょ? 白い橋の結界に入れれば安全だし、追いつかれたら、迎撃すればいいわけだし、私達だって、使える魔法増えたんだし、レベルも上がったんだからいけるわよ。きっと」
麗美さんがそう言ってくれる。
俺は頷き、みんなと顔を見合わせると、みんなも頷く。
「とりあえず、白い橋まで走るぞ。秘書子さん、ドラゴンが視界にとらえられるようになったら教えてくれ。戦闘態勢を取る」
俺はみんなにそう声を掛け、秘書子さんにお願いする。
「承知いたしました」
秘書子さんがそう答え、ドラゴンがいるらしい北の方を見る。
それを合図に俺達は全速力で走る。
俺はそれと同時に、鴉の霊獣を出して、隠密状態にして北に飛ばす。
「私も狐を出すわ。火を出させてドラゴンの気を引くわ。おとりくらいには使えるでしょ?」
真望がそう言い、火を纏った狐のような霊獣を4体出す。砲台代わりって感じか。
そんな感じで、霊獣を使いつつ、俺達は白い橋に向かって走る。
そして、俺の鴉がドラゴンの巨体を視覚で確認出来たとたん、視界が暗転する。叩き落とされた? やっぱり高レベルの魔物には鴉の霊獣の隠密効果は弱いのか。
「なんか、前のドラゴンと姿が違うような気もしたんだが」
俺は鴉の霊獣と視界を共有した状態でドラゴンを確認したのだが、前見たドラゴンとは色やデザインが少し違う気がした。
「サンダードラゴンですね。北西の島に棲む最強の魔物の一角です」
秘書子さんがしれっとそう言う。
それを聞いてみんな驚く。
「1匹いたら100匹いると思えみたいな感じか?」
一角が嫌そうな顔でそう言う。
「もう、ゴキブリじゃないんだから、そんな事言わないでよ」
真望が走りながらキレる。
「現在、この世界では3体のドラゴンが確認されています。さすがに100体はいません」
さらにしれっと秘書子さんが爆弾発言を放り込んでくる。
「2体どころか3体かよ」
俺は呆れてそう突っ込む。
フレームドラゴン、サンダードラゴン、そしてもう1体いるのか。たぶん、高レベルの魔物がいる島の一つの島に1体ずつ、闇属性の島のドラゴンだからブラックドラゴンってところか?
俺はそんな想像をしてしまう。
「そろそろ、ドラゴンの姿が見えます」
秘書子さんがそう言うので俺は振り向いてドラゴンを視覚で確認する。
うん、遠くに飛んでいるのにデカい。金色のうろこで包まれた、一目見てドラゴンと分かる存在感だ。
そして、一応の為、『鑑定』スキルで鑑定しておく。
なまえ サンダードラゴン
レベル 70
二足歩行の巨大な竜。かなり知能がある
翼も生えていて飛行もできる。
全身が固いうろこに覆われており防御力が非常に高い。
噛みつき、ひっかき、尻尾での攻撃と多彩な攻撃。
体内のマナを使い魔法のように雷を放つ。
最上級魔法まで使える。
リザードマンが進化を続けると最終形態としてドラゴンになることがある。
うん、フレームドラゴンとほぼ一緒の説明だ。
そしてレベル70。ヤバいかもしれないな。
「レベル70の雷属性のドラゴン。ヤバそうね」
麗美さんも鑑定したようでそう呟く。
「とりあえず、狐たちに攻撃させるわよ。ダンジョンの方に引き付ける感じで」
真望がそう言い、草原に置いてきた狐の霊獣が動き出し、俺達とは逆のダンジョンの方に走りながら、生活魔法の『火を起こす』。小さな火の玉をドラゴンに向かって飛ばしながら、北西に、北西に走っていく。
「みんな、ドラゴンの方を見ないでね」
明日乃がそう叫ぶので、一度ドラゴンから目を逸らす。
すると、背中のほうで眩しい光が放たれる。
「ギャァァァ~~~」
ドラゴンが叫び声を上げる。
「私も兎の霊獣を忍ばせていたのよ」
明日乃が自慢げにそう言う。
明日乃の霊獣が目つぶしの魔法を放ったようだ。
「きゃぁ、目が、目が」
そして同時に真望が目を押さえてうずくまる。
「あーあ、真望ちゃん、狐の霊獣と視覚を共有していたのね」
麗美さんが呆れるようにそう言う。
そして、明日乃は真望に「ごめんね、ごめんね」と何度も謝っている。というか、明日乃は警告したんだし、霊獣との視覚の共有に気づかなかった真望が悪い。
「麗美さん、俺の荷物を頼む」
俺はそう言って麗美さんにリュックサックを任せると、変幻自在の武器を筒状に戻し、明日乃に渡してから、うずくまった真望をお姫様抱っこのように抱えると走り出す。
何かあった時に明日乃も変幻自在の武器を持っていた方がいいからな。光魔法のコストが半分になるし。
「しょうがないな、真望は。いつもどこか抜けていて」
俺は抱えたポンコツ娘にそう文句を言いながら走り続ける。
「いいわね、私もお姫様抱っこして欲しいわ」
麗美さんがからかう様にそう言い、俺の横を走る。
明日乃も複雑そうな顔で俺を見ている。
「あとで、お姫様抱っこでも何でもしてやるから、とにかく走れ」
俺は明日乃にそう言って、とにかく走る。
後ろでは狐の霊獣が健気に火の玉をサンダードラゴンに向けて放ち続けている。
霊獣自体には目くらましの効果がなかったようだな。操る本人には効果てきめんだったようだが。
そして、真望を抱えたまま走り続け、白い橋が見えてきたところで、
「流司、狐たちがやられたわ」
真望が俺の首につかまりながらそう言う。
「ドラゴンに気づかれたぞ」
それに合わせて一角もそう叫ぶ。
振り向くと、地表すれすれで、狐の霊獣たちを叩きのめし、再浮上するサンダードラゴンが見える。
そして俺達に向かってどんどん近づいてくる。
「みんな、獣化義装を。即死は避けられる。明日乃は結界魔法をいつでも使えるようにしてくれ」
俺は、真望を地面に転がすように落とすと、そう指示を出す。
「もう、いい感じだったのに!! 丁寧に下ろしてよね」
真望が文句を言う。
「目が回復したのにしがみついているお前が悪い」
俺はそう言いながら、後ろを気にしつつ走り続ける。
そして、いつもの首筋にゾワリと走る不快感。『危険感知』のスキルだ。
「明日乃! 対魔法結界!! 魔法が来るぞ」
俺はそう言い、明日乃の前に盾を構え、腰につけた鋼の剣を抜く。
みんなも明日のを囲むように陣形を組む。
「神よ力を貸したまえ。『対魔法結界』!! そして『聖域』!!」
明日乃が機転を利かし、対魔法結界と対物理結界を同時に詠唱する。
俺達のまわりに薄い光の空間が広がり、そのあと、球体のバリアのような物が展開される
「『雷龍咆哮破』」
サンダードラゴンは恐竜でも鳴いたような声で、しゃがれただみ声でそう日本語を繰り出すと、口から大量の稲光を放ち、放射線状に稲光が広がり、俺達のまわりの草原の草が燃える、いや、一瞬のうちに蒸発し、炭の粉になる。
こいつもフレームドラゴン同様、人語を理解する魔物か。
「おいおい、火力ヤバすぎるだろ?」
俺は結界の外の状況を見てそう呟く。
「結界なかったら私達も消し炭だな」
一角がそう言う。
まあ、獣化義装のスキルを使っているから即死はないだろうが、マナをごっそり持っていかれるし、もしかしたらダメージのフィードバックで気絶するかもしれないな。
「もう、無駄口叩いてないで反撃しなさいよ」
真望がそう言ってキレる。
「じゃあ、麗美姉、いつもの行く? 風の精霊よ、神の力を借りて、魔法の力とせよ。『合体魔法』!」
一角がそう言って魔法詠唱に入る。
「もう、一角ちゃんったらいきなりね。水の精霊よ、神の力をお借りし、魔法の力としたまえ。『絶対零度!』
麗美さんが一角を冷やかすようにそう言うと、続いて詠唱を始める。
魔法名は少し声を抑えて叫ぶ。まだ中二病っぽいのが恥ずかしいのだろう。
「合体魔法、『氷結の暴風』!!」
最後に一角がそう詠唱しドラゴンを中心に球体の魔法の力場が生まれ、その球体が白くなったと思うと、真っ白な猛吹雪、絶対零度の世界を一角の風がかき混ぜる。
「やったか?」
俺はドラゴンに合体魔法が直撃し、勝利を確信したが、結果は甘くなかった。
ゴン、ゴン、ゴン
と、大きな音が響き、目の前に広がる真っ白な球体の魔法の力場に亀裂が入ったかと思うと、ドラゴンの腕が覗き、もう片方の腕も力場から飛び出し、そして最後には力場が大きく砕け、ドラゴンが飛び出してくる。
ドラゴンの全身は真っ白に凍り付いているが、まだ健在だ。
ビキビキと氷が割れるような音がして、ドラゴンが動く。そして、翼の片方が中ほどから折れて地面に落ちる。
「く、くそがあ!!!」
ドラゴンが俺達の鼓膜の破れそうな咆哮を上げる。
「お前達か? 最近、魔物どもを食い散らかしているのは?」
悔しそうにそう言うサンダードラゴン。
食ってはいないが、倒しまくっているのは事実だ。
「一角、もう1発だ。とどめを刺せ!」
俺は慌てて一角にそう指示する。
一角が慌てて魔法詠唱を開始する。
「貴様等、魔法を何度も放てるのか!? 小癪な!!!」
サンダードラゴンがそう叫び、2~3歩後退する。
そして、凍り付いた左の翼を自分で握り、根元から折ると、体を震わせ、咆哮し、根元から新しい翼が生えてくる。
「治癒能力もあるのか!!」
俺はその光景に驚く。
そしてドラゴンは浮かび上がり、一角と麗美さんが魔法詠唱を終わらせ、2発目の『氷結の暴風』を放つが、マナの集中を読まれ、高速飛行で避けられる。
マジか!! ドラゴンの高速飛行中は魔法が当てられない可能性がある?
「明日乃の魔法だ!!『光の槍』で翼を切り落とせ」
俺は慌ててそう指示するが、サンダードラゴンがどんどん後退していく。
明日乃が詠唱を終わる前に射程外に逃れるサンダードラゴン。
「今日はこのまま退いてやろう。不意打ちで体力をかなり持っていかれたからな。だが、次はないと思え」
サンダードラゴンがどんどん空高く、後方へ飛び立ちながらそう叫び、どんどん遠ざかっていき、最後は踵を返し、高速で北の方に飛び去って行く。
「今日、とどめをさせなかったのはマズかったわね」
麗美さんが深刻そうな顔でそう言う。
「まさか、合体魔法が破られるとは思いもしなかったな」
一角が悔しそうにそう言う。
「私も見てないで、攻撃に加わればよかったよ」
明日乃が後悔するようにそう呟く。
「それは俺も一緒だな。一角と麗美さんの魔法でカタがつく、もしくは2発目で何とかなるだろうと高をくくっていた」
俺も今までの魔法を使えば楽勝みたいな戦いに慣れ過ぎていたのかもしれない。
「私専用の変幻自在の武器がないのが悔しいわね。お祈りポイントの消費が気になって何もできなかったわ」
真望も悔しそうにそう呟く。
「じゃあ、真望は次のダンジョン攻略頑張らないとな」
俺はそう言って笑う。
「何でそうなるのよ!!」
真望がキレる。
「だって、次のダンジョンは火属性のダンジョン。真望専用の変幻自在の武器が手に入るぞ。そして、魔法も気兼ねなく使える」
俺はそう答える。
「ふふふ、そうね。とりあえず、逃がしちゃったものはしょうがないし、私達ももっとレベルを上げて、真望ちゃんは自分専用の変幻自在の武器を手に入れて、次あのドラゴンに会ったときはみんなで袋叩きにしてやりましょ?」
麗美さんがそう言って笑う。
「そうだな。フレームドラゴンと戦う良い予行練習にでもなったという事にしておこう。次は全員で魔法撃ちまくりだ。お祈りポイントなんて無視してな」
一角がそう言ってやる気になる。
「一角の意見は極端だが、間違ってはいないしな。次会った時はその心持で挑もう。逃がさないように全員で挑んで、逃げる隙を作らない。あくまでも自分たちの安全優先だけどな」
俺はそう言って締めくくる。
俺は麗美さんに預けた荷物を拾い、背負い、歩き出す。
とりあえず、生き延びることはできた。
そして、フレームドラゴンに襲われたときのような悲壮感は仲間達にない。俺達も強くなっているってことだな。
そのまま、西の臨時拠点に帰り、荷物をまとめ、留守番の眷属たちと拠点に帰る。
次は北東の魔物の島。フレームドラゴンが住処としている島のダンジョンの攻略だ。
次話に続く。