第135話 4つ目のダンジョン争奪戦(後編)
前回、ワータイガーが頑張り過ぎたせいでダンジョン争奪戦、前編と後編と2話になってしまいました。
【異世界生活 120日目 5:15】
明日乃が魔法詠唱をし、対魔法結界と対物結界を発動させたのと、俺が『危険感知』のスキルで敵の範囲魔法の発動を感じたのはほぼ同時だった。
ワータイガーの群れの後ろに控えていた一回り大きいワータイガーのボスらしき魔物の体がマナで光り出す。体内のマナを循環し溢れたマナが体外に放出され、それが魔法発動の兆しとなる。ものすごい量のマナがあふれ出ている。
「みんな、急いで明日乃の元に集まれ」
俺はそう叫び、全速力で明日乃に向かって走り、結界に飛び込もうとする。
いつもの結界、対物結界の『聖域』が明日乃の周りに広がるのが見える。そして、それとは別の結界が、『聖域』の範囲を超えてさらに広がる。
『聖域』が、白い光の半球体ならば、さらに広がった結界は金色の半休体。『聖域』の白い光より、淡い光だが広がる大きさはけた違いだ。
これが、『対魔法結界』なのか?
俺はそんなことを考えながら全速力で明日乃の張った結界に飛び込む。
「なにこれ? 綺麗」
俺と同時に明日乃の周りに張られた物理結界に飛び込んだ真望が尻もちをつきながら、そう言って周りを見渡す。
「ヤバい、間に合わない。『金剛義装』!!」
一角が急いでこちらに走ってくるが明日乃から離れすぎた。一角も麗美さんも間に合わない。
二人は、魔法を使っているボスの方をちらりとみて、魔法が発動されるタイミングを悟り、慌てて金剛義装、対物、対魔法ダメージ無効の鎧で全身を包む。
二人がつけていた着ぐるみのような獣化義装が金属光沢を帯びた鎧に代わる。
そして、金色に輝く結界が一度大きく輝くと、何も起きない。
「あれ?」
俺は周りを見渡すが、敵が放った魔法が発動した気配がない。
改めて、ワータイガーのボスらしき魔物を見ると、明らかに困惑している。
「グワーーーァッ!!」
ボスらしき魔物が突然吠える。それと同時に周りにいたワータイガーの何体かも、先ほどのように魔法を練り始める。
「一角、麗美さん、急いでこっちに」
俺は一角と麗美さんを呼び寄せる。
二人は金剛義装を解き、獣化義装に戻り、動けるようになると慌てて走り出し、明日乃の白い結界の中に飛び込む。
そして、また、金色の結界がピカピカと何度か輝き、何も起きない。
「何が起きてるんだ?」
一角が周りを見渡す。
そして、ワータイガー達も困惑し、慌てふためいている。
「これが、『対魔法結界』の効果みたい。お祈りポイントを使って、敵の魔法を相殺する。それがこの結界の正体みたいだね」
明日乃が冷静にそう判断する。
「そして、この結界はだめっぽい。使い物にならないよ。敵の魔法を受けると、その魔法と同じ量のお祈りポイントを消費するみたい。敵が最上級魔法を使えば最上級魔法を使った時と同じ5000ポイント、上級魔法を使われたら3000ポイント、相殺するのにそのままポイントが消費されるっぽいね」
明日乃がそう言って残念そうな顔をする。
取り巻きのワータイガーが諦めずに、魔法を使おうとするが、金色の結界が輝き、無効化される。
そして、凄い勢いで減っていくお祈りポイント。
「ぶっちゃけ、『対魔法結界』で敵の魔法を相殺するくらいなら、先にこっちが攻撃魔法を使って先に敵を倒した方がお得ってことね」
麗美さんはこの結界のからくりを理解したのか、呆れ顔でそういう。
「これ以上、敵に魔法使われたら、お祈りポイントが大損じゃないか! 麗美姉、例のやついくよ」
一角がどんどん減っていくお祈りポイントに混乱してそう叫ぶ。
「それもありね」
麗美さんがそう言って笑う。
「風の精霊よ、神の力を借りて、魔法の力に。『合体魔法』」
「水の精霊よ、神の力をお借りし、魔法の力としたまえ。『絶対零度』」
一角と麗美さんがアイコンタクトを取ると、同時に詠唱を始める。
一角の体の周りが風の精霊の色の緑の光に、麗美さんの体は水の精霊の色、青い光に包まれる。
「合体魔法、『氷結の暴風』!!」
そして、一角が最後の詠唱をする。
一角と麗美さんを包んでいたマナの光が2人の中に吸い込まれ、それと同時に、ワータイガーの群れの中心に青い光が現れ、それが広がり、猛烈な吹雪、いや、まさに絶対零度の真っ白な領域が現れ、それを一角の風魔法で、高速の渦でかき混ぜる。
高速回転する冷気の球体が爆発するように広がり、ワータイガーの群れを飲み込み、俺達のいる結界の手前で、球体の膨張が止まる。目の前の球体の中では、冷気と風の刃と凍り付いたワータイガーが高速でかき混ぜられている。まるで、巨大な洗濯機を覗いているような光景だ。
そして、竜巻のような風の高速回転が徐々に収まり、止まる寸前に球体が破裂し、風と冷気があたりにまき散らされる。
そして、目の前に残っているのは、氷漬けにされて、空に舞い上げられ、落下し、手足を砕かれ、首のもげた、氷像、いや、ワータイガーの死骸が転がっている。
そして、ひときわ大きかったボスらしきワータイガーは立ったまま凍り付いて動かない。
沈黙が流れる。
あまりにも強すぎる攻撃魔法。
それが俺達の目の前で映画のワンシーンのように流れたのだ。
「ま、まあ、あれ以上、ワータイガーに攻撃魔法使われる方が損だったしね」
麗美さんが沈黙を解こうと慌ててそう呟く。
「そ、そうだね。レベル30台の取り巻きたちに3回上級魔法使われるとお祈りポイントが9000消費、それに対して、一角ちゃんと麗美さんの合体魔法なら10000ポイントで済むから、『対魔法結界』で耐え続けるよりは絶対お得だったよ」
明日乃が慌てて訳の分からない事を言う。
というか、一角も麗美さんも自分の変幻自在の武器を持っているおかげで、消費されるお祈りポイントは半分で済むので、実際は5000ポイントの消費だ。
つまり、合体魔法を撃ちまくった方が対魔法結界を使うより明らかにお得と。
「というか、『対魔法結界』の中でも仲間は魔法使えるんだな」
俺は素朴な感想を述べる。
「味方の魔法まで相殺する結界だったら最悪だったな」
一角がそのことにいまさら気づいたようで安心したようにそう言い、大きく息を吐く。
「明日乃ちゃんの魔法で相殺していたら、2倍の20000ポイントもお祈りポイントが無くなって、魔法も発動しないなんて残念な結果になるところだったわね」
麗美さんがそう言って笑う。
実際は15000ポイントの消費だろうけどな。
「ちょっと、まったりムードで雑談してるけど、ワータイガーの生き残りもいるし、オークだって、リザードマンだっているんだからね」
真望が慌ててそう叫ぶ。
そうだった、ワータイガーがあと数体残っているし、後ろには丸々リザードマンとオークの群れが残っているんだった。
俺は慌てて振り返ると、じりじり後退りしながらたじろぐリザードマンとオークの群れ。
あんな魔法見せられたらそりゃ、反応に困るよな。
「一角、麗美さん、リザードマン達の牽制を頼む。真望、残りのワータイガーを仕留めるぞ」
俺はそう言って、さっきの合体魔法の範囲外で生き残った右側の群れの数体に駆け寄り斬りかかる。
残りは3体、俺と真望の二人で全滅させる。
振り向くと一角と麗美さんはリザードマンの群れに飛び掛かったようだ。
明日乃が一人孤立しているが、まあ、結界を張ってあるし大丈夫だろう。
「真望、俺達はオークを倒しに行くぞ」
俺は真望にそう声をかけ、踵を返し、オークに向かって走る。
「あ、あれ?」
その途中、いきなり体が重くなる。
明日乃の強化版補助魔法が切れたのか。しかも知らないうちに獣化スキルの補助魔法の方も切れていた。
「補助魔法切れだ。これは今後、気を付けないと、タイミングによっては戦況がひっくり返されるぞ」
俺は隣で慌てる真望にそう呟き一度歩みを止め、オークに構え直し、態勢を整える。
明日乃の新しい補助魔法は効果が高い分、切れた時のギャップが怖いと。
俺達が、態勢を整えると同時に、オークたちが叫びながら、背を向けて逃げていく。
さっきの魔法で心が折れたのだろう。それに、いままでの、一角と麗美さんの魔物狩りでかなり数を減らされているようで、これ以上、兵士の数を減らしたくないという気持ちもあるのだろう。
俺はオークを見逃し、代わりに、リザードマンの群れに向かって方向転換し、一角と麗美さんの助っ人に向かう。
というか、一角と麗美さんが金剛義装状態でタコ殴りにされている。
「りゅう君、大変、一角ちゃんと麗美さんがリザードマンの魔法攻撃を受けて動けなくなっちゃったの」
明日乃が俺達の動きに気づき、そう叫ぶ。
「明日乃、他に使える結界魔法はないのか?」
俺はそう叫び返す。
「ええっと、ええっと」
明日乃が慌ててスキルウインドウを開いて確認している。
明日乃は色々魔法持っているけど、実際よく使う魔法は『聖域』か回復魔法、補助魔法くらいだったもんな。
「ああ、これ、これいいね」
明日乃が独り言を言い、続いて詠唱を始める。
「神よ力をお貸したまえ。『聖盾」!」
明日乃が魔法詠唱すると、離れた麗美さんの体が光り、麗美さんを中心に半球体の結界が広がり、囲んでいたリザードマンたちを押しのけていく。
小さい『聖域』。個人用の物理結界って感じか?
明日乃は同じ魔法を詠唱し、一角の周りにも結界が広がる。
俺と真望はとりあえず、近い方の一角に群がるリザードマンを斬りかかり助けに入る。
「なんだこりゃ?」
一角がそう言いながら金剛義装を解き立ち上がる。
金剛義装は魔法攻撃も物理攻撃も完全に無効化するが、動けなくなるので敵に囲まれている状態で使うとこんな感じでタコ殴りにされ、金剛義装を解くタイミングを奪われると。
俺が一角の周りに張られた小さい結界に触れると、手が通り抜ける。
「お、これ、俺達も入れるのか」
俺はそう言って、とりあえず、中に入って群がるリザードマンを斬り捨てていく。
「こら、流司、これは一人用だ。狭いから入ってくるな」
一角がそう言っておしくらまんじゅう状態でリザードマンを倒していく。
小さい結界なのにさらに真望も入ってくる。3人入るとかなり狭い。
基本的に明日乃がいつも使う結界と同じみたいだな。それの小さい版だ。ただし、一角を中心に展開しているのではなく、座標に展開しているみたいで、一角自体は結界の中で自由に動けるようだ。
ただし、結界は座標固定なので、結界の中で戦おうとするとその場から動けなくなると。
麗美さんは小さい結界を捨てて、明日乃と合流するようだ。リザードマンに背を向けて明日乃に向かって走っていく姿が見えた。
「一角ちゃん、早くリザードマン倒して。結界の耐久度が無くなると張り直さないといけないからお祈りポイントがどんどんなくなるよ」
明日乃が遠くからそう叫ぶ。
そのあたりも明日乃のいつも使う結界と同じか。ダメージを受け続けると、結界が壊れそうになり、自動で張り直される。その時にお祈りポイントがもっていかれる。
あまり長い時間たくさんの敵に囲まれて結界を攻撃され続けるとお祈りポイントがどんどん持ってかれてしまう。
さっさと隙を見て撤退した麗美さんはそれを咄嗟に理解したんだろうな。いい判断だ。
「一角、魔法使え。変幻自在の武器でコスト半分になってるから多少使いまくっても問題ない。このまま持久戦で結界削られ続けてじり貧の方が困る」
俺は一角にそう言い、魔法の使用許可を与える。
「結構この状況嫌いじゃないんだけどな」
一角がリザードマンを切り捨て、次のリザードマンに斬りかかりながらそう言って笑う。
この戦闘狂め。
そう思いつつも俺も、一角と背を向け合ってリザードマンに囲まれて戦う今の状況を悪くないと思っている。
「もう、私が魔法使っちゃうわよ!!」
真望がそう言ってキレる。
真望だけは違うようだ。こういう状況が苦手なんだろうな。かなりテンパっている。
「真望に魔法使わせるとお祈りポイントが勿体ない。私が使う。風の精霊よ、神の力を借りて魔法の力とせよ。『極大暴風』!」
一角が慌てるようにそう言い、魔法を詠唱し、リザードマンの群れ、一番リザードマンが集まっているあたりを中心に風の塊、強力な台風と竜巻に襲われたような空間が現れる。
リザードマンが次々と空に跳ね上げられ、台風の中ではリザードマンが風の刃、見えない風の刃で刻まれ、血しぶきを上げる。
あ、一番強そうなリザードマンも台風に飲み込まれた。
麗美さんもそれに合わせて、別の場所に水魔法を発動させる。
一帯が真っ白に凍り付き、数体のリザードマンの氷像ができる。
なるほど、あれが範囲を狭めることで威力を増すってことか。
先ほどの合体魔法ほどの威力ではないが、魔法の範囲を狭める、数体のリザードマンが固まっているエリアに局所的に魔法を発動させることで1体当たりのダメージを増やせられる。『絶対零度』、なかなか使い勝手のよさそうな魔法だな。
とりあえず、魔法による攻撃は、変幻自在の武器を持っていて、お祈りポイントのコストが下がる一角と麗美さんに任せるのがよさそうだ。
俺は襲ってくるリザードマンを斬り捨て、次のリザードマンに斬りかかる。
そんな感じで2発の魔法を受けて、かなり数を減らしたリザードマン。そして、リーダー格も失ったのか、戦意を喪失しだし、お互い顔を見合わせだすと、逃げ出すリザードマンが出だし、その波が徐々に広がり、最後は全員が背を向けて逃げ出す。
「ふう。終わったな」
「なんとか勝てたな」
一角が大きく息を吐き、集中を解くので、俺も答えつつ、肩の力を抜く。
「というか、今日の戦闘、魔法使いすぎ!! お祈りポイント無くなっちゃうじゃない!」
真望が何故かキレる。
まあ、今日はお祈りポイントも余ってたし、ワータイガーが強すぎたし、今日ぐらいはいいんじゃないか?
俺はそんなことを考えながら、歩き出し、明日乃と麗美さんと合流するのだった。
次話に続く。
お祈りポイントが余っているせいで、魔法使いまくり祭りです。ワータイガーが強すぎるのもいけない。全員上級魔法が使えるとか強すぎます。(実はボスワータイガーはレベル41で最上級魔法を使っていたりします)
そして、また明日乃の対魔法結界がポンコツでしたw(ちっちゃい結界はいい感じですが)
そのせいもあってか、一角が危惧したとおり、一角と麗美さんの合体魔法無双になりそうな予感です。
まあ、お祈りポイントは1日9000ポイントしか回復しないので、1日に2回以上その魔法使うと借金が増えていくという計算なので、今日だけって感じになりそうですが。
とりあえず、お祈りポイントの計算と経験値の計算をしなくてはいけないので明日の更新ができるか怪しいところですw
お祈りポイントの計算と経験値の計算、ものすごく面倒臭いんですよw Excelで自動計算にしても打ち込むのに1話30分以上かかる感じです。読み返しながら確認して打ち込む感じです。今日の打ち込みは2時間以上かかりそう・・・。
(それと、干し肉の計算もこっそりしていたりしていますw)




