第134話 4つ目のダンジョン争奪戦(前編)
【異世界生活 120日目 2:30】
「麗美さん、起きて、朝ごはん食べるよ」
真望の大きな声が響く。
「お母さん、もう少し寝かせて」
寝ぼけ顔の麗美さんがそう言って真望に引っ張られて起きてくる。
「私は麗美さんのお母さんじゃありません」
真望がキレる。麗美さんは寝ぼけているようだ。
「ご飯できてるから食べちゃって。急がないと、ダンジョン争奪戦に間に合わなくなるよ」
明日乃がそう言って家から出てきた麗美さんに朝食を渡す。
最近肉ばかりなので、朝はタラのみりん干しを炙った物を食べる。
「はあ、これ食べると米が食べたくなるんだよな」
一角がしんみりとそう言う。
「一角は何を食べても米欲しがるじゃないか」
俺はそう言って呆れる。
これがシャケの塩焼きだったとしても同じことを言うだろう。
麗美さんは寝ぼけ顔で黙々とタラを食べている。
その後、急いで身支度をし、鉄の鎧をフル装備し非常食の干し肉と飲み水、荒縄など有事の際に使えそうなサバイバル道具をリュックサックに入れて準備完了だ。帰りはドロップアイテムでリュックサックがいっぱいになる予定だが今日はどうなるか。
全員準備ができたので、拠点を眷属のトラとアルに任せて南西の島につながる白い橋をめざす。
「昨日泊まった家? なんかいいよね。床も壁もちゃんと板でできていてお家って感じがして」
明日乃が嬉しそうにそう言う。
多分、昨日の戦闘の厳しさでみんな口や足が重くなっているのを紛らわそうとしてくれているのだろう。
「メイン拠点も北の拠点も竹製だもんな。あれも悪くはないんだが、確かに異国感というかサバイバル感というか日常らしさが足りない気はする」
俺はそう答える。床を踏んだ感じがやっぱり竹なんだよな。
まあ、南西の臨時拠点の場合、近くに竹林がなかったから森の木を使っただけっていう流れなんだけど。
「そのうち人がいっぱい増えたら、木で作った家を建てたいね」
明日乃がそう言って笑い、俺も笑い返す。
「人を増やす為に、まずは明日乃ちゃんが赤ちゃんをたくさん産んでくれないとね。私達の順番も詰まってるし、早めにお願いね」
麗美さんが余計なことを言い出す。
明日乃は照れるは怒るわで難しい顔をしていた。
平和になったらそのあたりも考えないといけないのか。明日乃との関係をいつ、どのタイミングでどう進めるか、麗美さんとか他の女の子とどう付き合うか。
「明日乃、流司、妄想しているところ悪いが今、目の前の課題になっているワータイガーを何とかしないと、平和な生活は来ないし、平和にならないと子作りする余裕なんてないからな」
一角まで余計な事を言う。
「まあ、違いないな」
俺は気を引き締め直す。
困難な戦闘を前に口を噤むのではなく建設的な発言をして士気を上げないとな。
「とりあえず、お祈りポイントが17万ポイント以上あるし、とりあえず、明日乃の結界魔法とか試して、ダメだったら、上級魔法を撃ちまくったり、覚えたての最上級魔法を試してみたりしてもいいしな。最上級魔法にかかるお祈りポイントは1発5000ポイント。30発以上打てる計算だ。継続的な戦闘で魔法の連射は無理だが、今日の戦闘だけを考えるなら負ける要素はないな」
俺はそう言って、最悪、魔法の連射をすれば楽勝な点を強調する。
ただし、あくまでも今までのお祈りポイントの貯金があったから魔法を撃ちまくれるのであって、1日のお祈りポイントの回復は9000ポイント。1日に最上級魔法を2発撃ったら赤字になることも忘れてはいけない。
「明日乃ちゃんの『対魔法結界』だっけ? あれも一度使ってみるといいかもしれないしね」
麗美さんがそう言う。
「たぶん、通常の結界同様動けなくなりそうだから攻撃には向かなそうだけどね」
明日乃がそう言って困った顔で笑う。
明日乃の結界魔法は鉄壁の守りで困ったときには便利なのだが、発動するとそこから動けなくなる。防御専用の魔法なのが欠点だよな。
あと、ダメージを受け続けるとどんどんお祈りポイントが削られていく感じがな。だったら結界で魔法を受ける前に魔法を撃って敵を全滅させた方がお祈りポイントが安く上がるって感じだ。
「ぶっちゃけ、昨日一角が行っていた『合体魔法』? それで麗美さんの最上級魔法とミックスさせて、3倍威力の範囲魔法でどんどん倒しまくっちゃうのが一番早そうなんだけどな。一角が使いたくなさそうなのがな」
俺はそう言ってボヤく。
「みんなで戦うからいいんじゃないか。そんな魔法に頼りだしたら、ぶっちゃけ私と麗美さんだけいればいいみたいな戦いになりそうだしな。ゲームの世界だって、無限に範囲魔法が出るマジックアイテムを5人分装備して順番に使えばあらゆる敵が全滅させられる。みたいな状況になったら面白くないだろ?」
一角がそう言って不満げな顔をする。
「俺は結構好きなんだけどな、それ。全員範囲魔法で単純作業レベル上げみたいなやつ? RPGのクリア後とかボス戦手前の楽しみみたいなやつ? それでレベル99めざすみたいな」
俺は一角をからかう様にそう言う。
「お前とは一生ゲームの話はしない」
一角がそう言ってむくれる。
「まあ、お祈りポイントとの絡みもあるし、そんなに連射できるような魔法じゃないから、今日、明日乃ちゃんの結界がイマイチで困ったときにはそういう作戦も考えないと、ってくらいで、ね?」
麗美さんが助け舟を出す。
確かに毎回最上級魔法を連射とか、ダンジョンの中で連射して最強魔法で無双みたいなのはお祈りポイント的に無理だしな。あくまでも貯金あっての戦術だ。
【異世界生活 120日目 3:30】
そんな感じで、最悪魔法を使えば楽勝ムードを出して、空気の重さを跳ね飛ばし、白い橋の手前に到着する。
橋の前で、水を飲んだり、作戦の確認をしたり、軽く休憩をしてから、南西の島につながる白い橋を渡り始める。
30分かけて白い橋を渡り切る。
この時間は魔物達もダンジョン争奪戦で忙しく、白い橋の前で結界破壊工作をする暇もないようだ。
橋の前はもぬけの殻だ。
「それじゃあ、いくぞ」
俺はそう言い、結界で守られた白い橋を出る。
ここからは敵の攻撃が届くし、魔法も撃たれる可能性が出る。
橋の先は土がむき出しの地面が広がり、左右の少し離れたところに草原、その先に森が広がっている。
「なんか、この島、見晴らしがいいわね」
真望がそんな感想を漏らす。
むき出しの地面が南西にひたすら伸びていて、左右の森までは距離があり、まさに見晴らしいがいい風景だ。
「遠くに小さく魔物の集団も見えるわね。もちろん私達も向こうから見えるだろうけど」
麗美さんがそう言う。
確かに南西方向に茶色い山が見え、その前に魔物の群れが三群、三つ巴で睨み合っているのが小さくだが見える。
「茶色い山の麓だろうな。ダンジョンがあるのは」
一角がそう言う。
まさにそのあたりに魔物の群れ、多分黄色っぽく見えるのでワータイガーの群れだろう。山の麓を遮るように陣取っている。
「罠、は、なさそうだな」
俺は、一応、危険感知スキルを使ってみるが見渡す限り罠はなさそうだ。
まあ、これだけ見晴らしがいいと、罠を作っても見破られやすいし、罠を作っているところが丸見えで意味がないだろうしな。罠があるとしたら森の中って感じか。
マップウインドウを開くと、マップは未踏で真っ黒だが、左右の森の奥のほうに魔物の集落を示すマークだけが光っている。左の小さい森に一つと右の大きい森に2つだ。
まあ、この森に入らなければ罠の心配はなさそうだな。
罠はないが、『危険感知』のスキルは継続したまま進む。
もしもの事もあるしな。
途中で一度、目の前に見える魔物を警戒しながら交代で休憩し、ダンジョン争奪戦をめざす。
なんか大量の魔物が見えるところで休憩っていうのも今まで経験したことがないシュールな光景だ。まあ、本来ならこんなところで休憩はしたくないが、俺が『危険感知』のスキルを使い続けて疲れて休憩が必要になったと。
休憩しながら魔物の群れを眺めると、ときより、3つ巴の三群の魔物が小競り合いをしつつ、均衡を保っているのが見える。
「やっぱり狙うのはワータイガーだよな?」
休憩しながら一角が俺に聞いてくる。
「そうだな。背中を向けるなら、オークやリザードマンの方がまだましだ。オークやリザードマンなら使える魔法も中級が主体みたいだしな。それに対して、ワータイガーは大半が上級魔法を使えるレベルだ。背中を向けるのは危険だろ?」
俺は一角にそう説明する。
「違いないな」
一角も同じ考えのようだ。
とりあえず、ワータイガーの群れに攻撃を仕掛け、一番レベルが高い奴を倒す。それが第一目標だ。
休憩が終わり、さらに魔物の群れに近づく。もう少しで戦闘範囲内、魔法が届く距離だ。
遠くから見て確認できていたとおり、ダンジョンの正面には30体近いワータイガーが布陣し、俺達から見て右手にオークが若干少なく20体、左手にはリザードマンが30体、三つ巴で睨み合う様に布陣している。たぶん、ワータイガーが飛び抜けて強いので、オークもリザードマンも手が出せない感じだろう。
「さっき話し合ったとおりの作戦でいくよ」
俺はみんなにそう言い、手に持った変幻自在の武器を昨日よりさらに太い、大太刀のような武器に変化させる。
他のメンバーも今日は盾を持たず、両手で剣を持って戦う感じだ。
昨日の戦いで、ワータイガーの毛皮は片手で剣を振るって刃が通る代物じゃないとわかったからだ。
そして、全員、獣化義装のスキル、マナで作った動物の着ぐるみのような鎧を身に纏う。
これを着ていればマナの消費を条件にダメージを引き受けてくれるし、そのまま、金剛義装というさらに上の鎧に瞬時に換装することができる。
魔法の発動を感じたら、金剛義装に換装し、魔法を受ける感じだ。
金剛義装は物理攻撃も魔法攻撃も無効にできるのだが、金属のように硬く固まって解除するまで動けなくなるのが弱点でもある。
俺は黒い獅子の姿をした獣化義装を纏い、ワータイガーの群れに向かって走り出す。
その横に、青い狼の姿をした獣化義装の一角、なんかアメコミっぽい猫の獣化義装の麗美さん。その後ろを兎の明日乃と狐の真望が続く。
獣化スキルの補助魔法をかけても良かったのだが、それを使うと足並みがそろわなくなるので保留だ。
一角は速くなり過ぎて1人飛び出し過ぎてしまうし、明日乃は元々のステータス、すばやさが低いので取り残されてしまう。
補助魔法なしで明日乃のペースに合わせて軽い駆け足程度のペースでワータイガーに向かって進む。今日は魔法対策が必須なので明日乃と離れると何が起こるか分からないからだ。
ワータイガーも俺達の突撃に反応し、左右に横長に展開した陣形を左翼、右翼を俺達に向かわせ挟み、囲い込むように動き出す。
「左から倒すぞ。真望は右からの攻撃を警戒しつつ明日乃を守れ」
俺はそう指示し、方向転換、ワータイガーに囲まれないように左端から倒す作戦に出る。
本来なら中央突破してボスに攻撃したいのだが囲まれると戦闘が苦手な明日乃に不安が残るからだ。
まあ、囲まれたら囲まれたで、明日乃に結界を張ってもらい、円陣で敵の攻撃を凌げばいいだけだが、その流れになると作戦に選択肢がなくなりジリ貧になりそうなので避けたい感じだ。
戦場図(うまく表示されない方いたらすみません)
タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ タイガ タイガ
タイガ タイガ 麗美 真望 タイガ タイガ
流司 明日乃
一角
リザード オーク
リザード オーク
リザード オーク
タイガ=ワータイガー 30体強
リザード=リザードマン 30体強
オーク 20体弱
「一角、マナソードを使え、どんどん倒していかないと囲まれるぞ。オークもリザードマンも待ってるしな」
俺はそう言って、俺自身の剣にマナソード、マナを纏わせて切れ味を上げるスキルを使う。
「分かってる!!」
一角がそう答え、一角の剣もマナの光を纏い輝き出す。
俺の右隣りを走る麗美さんも笑顔で頷くと、手に持った薙刀のような長柄の武器の刃が光を纏う。
「明日乃は魔法に警戒を。魔法の兆しを感じたら結界を頼む。あと、敵に囲まれそうだったら結界を張って堪えてくれ」
俺は少し振り返り明日乃に伝え、明日乃も無言で頷く。
「後ろヤバかったら、魔法使うからね?」
真望が右のワータイガーの一群を警戒しながらそう吠える。
真望の『炎の壁』はしんがりを任せるのに相性がいい魔法なので真望が明日乃の後ろを守ってくれると安心できる。
とりあえず、迫ってくる左のワータイガーの群れに斬りかかる。
囲まれない為にも時間との勝負だ。スキルを出し惜しみせず、ここで獣化スキルの補助魔法を使う。俺の素早さと力が若干だが、上昇し、足運びと剣のキレが上がる。
敵は粗悪な槍を持ったワータイガー。鋭い突きをよけつつ、剣で払い、そのまま、槍の柄をなめるように剣を滑らせそのままワータイガーの首へ。頚椎を残して首を大きく切り裂く。
そのまま、返し刀でわき腹の一閃。ワータイガーはそのまま地面に躓いたようにうつぶせに倒れる。
倒れるワータイガーの影から、次の敵が鋭い槍の一撃を俺に食らわせる。休む暇を与えないようなすばやい一撃だ。
「あぶねえ」
俺は慌てて身をひるがえし、右手を剣から離すと、槍の柄を横から掴み一撃を逸らす。
剣の重さで振り回されて、咄嗟に斬り返せないと思ったので、片手を離して、手で槍を受けてしまった。
そのまま剣の重さでくるりと横に一回転、バレリーナのように回ると、そのまま、ワータイガーの首を剣で軽く薙ぐ。右手に持った敵の槍を引っ張り、敵の体勢を崩しながら。
剣の重さと回転の遠心力で斬れると思ったのだが、やはり片手では威力が足りない。
頸動脈から血が溢れるが浅い。致命傷だが即死ではない。
体勢を崩したワータイガー。俺は槍から右手を離し両手で剣を持ち直すと、マナソードのスキルをかけ直し、剣を切り返し、もう一度首に斬撃を食らわせる。
今度は両手での攻撃、マナソードの威力も乗り、ワータイガーの喉笛を左右の頸動脈ごと切り裂く。
「なんか、今の攻撃、合気道の組手っぽくてよかったわよ。敵に背を向けるのはどうかと思うけど」
麗美さんが俺の横で別のワータイガーを袈裟切りにし、笑いながらそう冷やかす。
「麗美師匠の日ごろの稽古のおかげです」
俺は冷やかし返すようにそう言い笑い返す。
毎朝日課の剣道教室は剣道半分、合気道の杖術が半分、たまに合気道の組手もみたいな麗美さんらしい色々混ざった稽古なので、それが役立ったのかもしれない。
そんな漫才をしている間にも、俺にも麗美さんにも次の敵が襲ってくる。
冷静に槍の柄を叩き斬り、返し刀で首を横に薙ぐ。
麗美さんも薙刀のような武器をくるくると回転させ、柄と刀身の両方を上手く使い、柄で敵を殴り、突き、刀身で切り裂く。流れるような動きで武器の威力が増す。
左で戦っている一角は苦戦しているようだ。
一角の獣化スキルの補助魔法はひたすら直線での素早さを上げるスキル。こういう混戦では役にたたないからな。しかも今日の戦いの場合、いつものように戦場を広く走り回ると魔法の餌食になりかねない。明日乃から離れるなと一角には言ってあるので、補助魔法なしで戦う一角は俺や麗美さんより状況が厳しいようだ。
「あー、くそっ、『合体魔法』を使いたくなってきた」
一角がイライラしながらワータイガーを切り捨てる。殲滅力が足りず、囲まれ気味だ。
戦う前はあんなに戦い方にこだわってるようなことを行っていたくせに、その信念が折れるのも早かったようだ。
一角が押され過ぎているので、この場を麗美さんに任せて一角を助けに行く。ワータイガー3体に囲まれて打つ手に困っているようだ。
3体とも一角に集中しているので、背中ががら空きのワータイガーが目の前にいるが、背後って意外と隙がないんだよな。
動物の骨格と筋肉は四つん這いになった時の外側が固く、内側が柔らかい構造になっている。
頸動脈、みぞおち、腹、股間、急所は全て四つん這いの内側だ。背中から切ろうとすると大抵の場所が筋肉と骨に阻まれる。
ひじも脇も内側が弱いし、唯一四つん這いで弱い部分を見せるのは膝の裏くらいか。
俺は、後ろを向いたワータイガーの膝の裏を思い切り切り裂く。筋肉の柔らかいところ、そして骨の関節に上手く当たりワータイガーの左足が膝の位置で切り離されバランスを崩す。
驚いて、ワータイガーがよろけながら俺に振り向いた時には振り向いたところを俺が返し刀で頸動脈を斬り、致命傷を受けて地面に倒れる。
一角が2体を相手に苦戦していたが、1体が俺に気づき、俺と対峙、俺も一角も1対1の状態になる。
こうなれば、お互い楽勝、ワータイガーの急所を突き、2体のワータイガーも膝を屈する。
「なんか、流司の戦い方は麗美姉に似てきたな」
一角が嫌そうな顔でそういう。
「まあ、麗美さんの受け売りだけど、骨や関節、筋肉を考えながら戦う様にしていたからな」
俺はそう、吐き捨て、すぐに次のワータイガーに斬りかかる。喋る余裕もない。
というか、今度は麗美さんが囲まれている。
ヤバいな。殲滅力が追い付いていない。数で押されている感じだ。
そして、真望が抑えていた右の一群が真望と明日乃に迫っている。
「ちょっと、もう無理。魔法使うよ、使っちゃうよ」
真望が大量のワータイガーに迫られ打つ手を失いつつある。
「一角、麗美さんを頼む」
俺はそう言って、真望の方、右から来る10体のワータイガーに向かって走る。
「明日乃、補助魔法だ。昨日言ってた強化版の補助魔法を頼む」
殲滅力不足でジリ貧な俺は明日乃に補助魔法を頼む。
「分かったよ、りゅう君。神よ力をお貸したまえ。『神の恩寵』!」
明日乃がすぐ返事をしてくれ、そのまま魔法詠唱、補助魔法が発動する。
筋肉が膨れ上がるような、五感が研ぎ澄まされるような、何とも言えない力の湧き上がる感覚が全身を包む。
「これはいいぞ」
苦戦していた一角が嬉しそうに叫ぶ声が背中の方から聞こえる、振り向くと、一角が矢のように駆け出しワータイガーに斬りかかる。
確かにこれは凄い。力や素早さはもちろん、五感も研ぎ澄まされて、反応速度や剣を振る速さまで段違いだ。
俺は剣を片手で左右に振る。筋力で剣の重さを制し、切り返しが容易にできる。
「これならいける」
俺はそう呟き、真望に襲い掛かろうとする10体の戦闘に飛び掛かる。
ワータイガーも俺に気づき槍を突きたててくるが、敵の槍がスローモーションのように見える。
俺はそのまま駆け寄りながら、剣で槍の穂先を斬り落とし、柄の真ん中あたりも返し刀で斬り、槍を3等分し、マナを剣に纏わせ、左上からワータイガーの首にめがけて袈裟切りをする。
袈裟切り自体は鎖骨と着ている鎧に阻まれ、鎖骨を叩き折った所で止まるが、斬撃は頸動脈につながる血管まで達し致命傷、ワータイガーは膝をつく。
「真望、反撃に出るぞ。手伝え」
俺は真望にそう叫び鼓舞する。
「分かってるわよ!! 来るの遅すぎ!」
真望は俺に文句を喚き散らしながら走り出し、目の前のワータイガーの槍を躱し、みぞおちに深い一突きを浴びせ、剣を抜きながら腹を横に大きく切り開く。
「確かにこの補助魔法は凄いわね」
真望が、バックステップでワータイガーが前のめりに倒れるのを避けながら驚いた顔でそう呟く。
そこからは形勢逆転、5対30の数の差をものともしない進撃が始まり、右翼を俺と真望が、左翼を一角と麗美さんが切り崩していく。一角が中央の群に迫りつつある。
そして、いつもの首筋に嫌な寒気が走る。『危険感知』のスキルが教えてくれる強敵出現や敵の魔法発動の合図だ。
違和感の先に視線を向けると、後ろに控えたひときわ大きいワータイガーの周りにゆらゆらとマナの光が溢れだす。
「みんな、魔法が来るよ! 戻って!!」
明日乃もいち早く気づき、そう叫び、同時に魔法詠唱を始める。
「神よ力を!『対魔法結界』! そして『聖域』!!」
俺の首筋に警戒信号が走ったのとほぼ同時に、明日乃が対魔法結界と対物結界を同時に発動したのだった。
次話に続く。
お祈りポイントが貯まっているのでたまには魔法使いまくりです。一角はなんか変な拘りがあって面倒臭いですw




