第126話 ぶどうを探しに行く
【異世界生活 105日 6:30】
「果物なんて久しぶりだよね」
琉生が歩きながら嬉しそうに笑う。
確かに、だいぶ前に、イチゴを見つけて食べたくらいか。
アドバイザー女神様の秘書子さんの話では、イチゴは残念ながら収穫時期が終わってしまったようで、食べられそうなイチゴは残っていないそうだ。
今日は、鈴さんがガラスを量産できる、いや、ある程度製造できるようになったので、日ごろ不足気味な果物を保存食にしようということでブドウを採ってきてジャムやジュースを作ろうという話になった。
唯一成人の麗美さんはワインを作る気満々らしいがそんな簡単にできるのか怪しいところだ。
発酵は酵母など期待していた菌以外のものが発生してしまうとただの腐敗になってしまう簡単なようで難しい食品加工だそうだ。まあ、発酵させる菌をコントロールする魔法を持っている琉生がいれば何とかなるかもしれない。あと、あらゆる知識を持った秘書子さんに聞けば何とかなるかもしれないしな。
そんな感じで、ブドウがなっているらしい北の平原に俺、一角、麗美さん、琉生、そして、ぶどう狩り気分の明日乃のメンバーで収穫に向かっている。
明日乃は行楽気分で琉生と楽しそうに話している。まあ、楽しみの少ない無人島生活、こういうのも良いかもしれないな。
いつも通り、拠点から川沿いに少し西に30分少々歩き、北に伸びる獣道をさらに30分弱、少し傾斜のある丘が見えてくる。この丘を2時間かけて越えれば、北の平原だ。
途中、丘の頂上で小休止してから丘を下り、平地に出る。北の平原だ。
そこから東に歩くとトウモロコシ畑があり、そこでもう一度休憩を取る。トウモロコシがまだ結構残っているので収穫したいが、今日はブドウが目当てで、ブドウの収穫が終わったらトウモロコシの収穫も少しやりたいところだ。そのあと、小麦の収穫も控えているので農業関連はやる事山積みだな。
休憩後、トウモロコシ畑から北東に進むと前に来たことがある野菜畑、さらにその先にブドウが自生しているところがあるらしい。
とりあえず、トウモロコシ畑から歩いて45分ほど、右手にブドウの木が見えてくる。
まあ、自然に生えているブドウなので雑多で木の並びもぐちゃぐちゃな、ブドウ畑というよりぶどうの木も生えている低木の雑木林みたいな感じだ。
【異世界生活 105日 11:00】
「やっとついたな。休憩をいれて5時間ってところか? 明日乃休んでいていいぞ。体力の限界だろ?」
俺はそう言って明日乃を休ませる。実際丘の頂上で休んだのも、トウモロコシ畑で休んだのも明日乃の疲労が気になったからだ。
「うん、少し休ませてもらって、落ち着いたらお昼ご飯作るね。トウモロコシ畑での休憩の時に琉生ちゃんがトウモロコシを食べられる分だけ採ってきてくれたし、途中の畑でも野菜を少しとってきてくれたからスープを作るよ」
明日乃はそう言ってブドウがなっている雑木林の手前で休憩する。
なんか琉生がうろちょろしていると思ったがそんなことしてたのか。
「私も少し疲れたから、明日乃ちゃんといるわね」
麗美さんも一角や琉生ほどの体力はないので休憩だそうだ。まあ、明日乃を一人にするより、麗美さんが休憩がてら護衛していてくれた方がありがたいしな。
そんな感じで、琉生が中心になって、俺と一角が手伝い、お昼ご飯お時間まで軽くブドウの育成状況の確認と収穫を始める。
「手入れしていないブドウ畑だから味が心配だったけど、結構甘いし美味しいよ」
琉生がそう言って味見をする。
まあ、この島の食材は神様が向こうの世界から移植してきたものばかりらしいから、自然のブドウというより、人が作ったブドウを放置したという感じが正解で味がいいものが多いし、そのあたりはあまり心配していなかった。
ただ、ほったらかしのブドウなので、虫に食われていたり、雑多に木が生えたりしているので収穫がかなり面倒そうだ。1本の木になっているブドウの量も多くはないしな。
「実の量もそんなに多くないみたいだし、とりあえず、食べられそうな実は房ごととっちゃって。あとで琉生が、選別するから」
琉生がそう言って上手にナイフでブドウの房をとる。
俺と一角もそれをまねしながらブドウを収穫していく。密集して実がなっているわけではないので結構歩くことになりそうだな。
1時間ほど試しに収穫をしたところで、明日乃が呼ぶ声がするので明日乃達が休んでいる方へ戻る。お昼ご飯ができたようだ。
そこで一旦、お昼ご飯とお昼休憩をする。
「どうだった? ブドウ畑は?」
明日乃が俺達に聞いてくる。
「ブドウ自体は美味しそうだが、整備された畑じゃないから、広範囲を探しながらブドウを収穫する感じだから、手間もかかるし結構歩く必要がありそうだ。明日乃が想像していたブドウ狩りとはかなり違うぞ」
俺はそう言って、取ってきたブドウの中から美味しそうなものを背負い籠から出して明日乃と麗美さんに渡す。俺達は味見と称して結構食べたからな。
「う~ん、久しぶりの味で美味しいね。ちょっと酸っぱいけどイメージ通りのブドウじゃない?」
明日乃がそう言って嬉しそうに食べる。
まあ、野生のブドウではないからな。あくまでも神様が植えたブドウが増えたって感じみたいだしな。
「ワインが作れるといいんだけどね」
麗美さんがブドウを食べながら結構真剣な顔でそう呟く。
「今年は味見程度かな? ワインを作ると言っても。ちゃんと畑として整備してたくさん採れるようにしてからだろうね。本格的なワインは」
琉生がそう言う。確かに何本もの樽を並べたワイン蔵みたいなものは夢また夢で、樽1個分作れるかも怪しいところだ。鈴さんの作っていた樽が無駄にならなければいいが。
それに未成年が圧倒的に多いので優先するのはジュースやジャム、それを瓶詰めにして保存食にすることで、ワインはあくまでも麗美さんの趣味趣向のレベルだしな。
「そうなのね。残念。だったらトウモロコシでウイスキー作りの方をお願いね。ウイスキーなら蒸留して色々科学の材料としても使えそうだし」
麗美さんがそう言う。あくまでもウイスキーは科学の発展の為と言い訳するように。
まあ、麗美さんの話ではアルコールだけあってもできることは限られるし、科学的に利用するには蒸留装置が必要だし、もちろん、ウイスキーのアルコール度数を上げる為にも蒸留装置は必要だ。
「こんなにゆっくりしていたら、そのうちドラゴンも自分の住んでいた島に帰るかもしれないな」
一角が少し不満そうにそう言う。
「それはそれでありがたいけどな。今いる南東の島の居心地がいいって定住される方がこまるし」
俺は笑ってそう言う。
たまに、俺の霊獣、カラスの霊獣を飛ばしてドラゴンの居場所を確認しておくのもいいかもしれないな。あとは、南西の島の探索とかドラゴンの本来の住処である北東の島の探索とかを霊獣で事前にしておくのもいいかもしれない。まあ、カラスが飛ぶのにも時間がかかるので、ある程度暇がある時にしかできないが。
そんな感じで雑談しながら、明日乃が作ってくれたクマ肉入りの野菜とトウモロコシのスープ、あと焼きトウモロコシを食べて満腹になったところでブドウの収穫を再開する。
休憩していた明日乃と麗美さんも参加しての全員で収穫だ。
「結構収穫が面倒そうだね。この調子だと、夕方までかかっちゃう?」
明日乃がブドウを採りながら俺にそう聞いてくる。
「そうだな。明日乃の光魔法があるとはいえ、夜の移動は危険だからな。丘の手前辺りで今日は野宿かな? 一応、真望が作ってくれたテントも持ってきたし」
俺はそう答える。
「将来的にはこっちの平地にも拠点みたいなものが欲しいね。トウモロコシ畑、小麦畑、ブドウ畑、作るならこっちの平地になりそうだし」
琉生がそう言う。
南の今の拠点の周りだと、畑にできる土地が多くはないので、さすがに田んぼと今ある家庭菜園のような畑以外に畑を作るのは難しいみたいだ。
「そうなると、こっちの方がメイン拠点になる感じか。せっかく作った田んぼが勿体ない気もするけどな」
俺はそう答える。
「せっかく作った家とか水道ももったいないね」
明日乃が残念そうにいう。
「まあ、水道あたりは、いつも行く滝のある河原近辺を拠点にすればすぐ作れそうだしな。竹林もあるし家作りも何とかなりそうだし」
俺は明日乃にそう答える。
「ああ、あの滝のある川はいいな。川魚も捕れるし」
一角も乗り気のようだ。
「真望ちゃんは不満多そうだけどね。麻の群生地も遠くなるし、機織り機を運ぶのが一苦労だろうし」
麗美さんが残念そうな顔でそう言う。
「生活に合わせて別々に住むみたいなのはなるべく避けたいな。できればみんなで一緒にいたいよ」
明日乃がそう言って少し悲しそうな顔になる。
「まあ、来年の畑作りとかって半年以上先の事だろうし、すぐに引越ししたいって話じゃないし大丈夫だよ」
琉生が明日乃を慰めるようにそう言う。
ただ将来的には小麦とトウモロコシの収穫を考えるとやっぱり拠点はこっちの平地だよな。それ以外の野菜もたくさん採れるし、第一、土地が肥沃で広い。
「拠点の引っ越しより先にやることあるしな。ダンジョン攻略して眷属達が継続していられる状態にするんだろ?」
一角が呆れるように言う。
そうだった。1年以内、来年の春になる前にダンジョンを攻略しないと俺の眷属のレオが消えるし、鈴さんの眷属のアルや真望の眷属、あぶらあげもレオ以上に猶予はあるとはいえ、あまりゆっくりしていると消えてしまう。
「そうだな、先の事はその時になったら考えよう。まずはダンジョン攻略とその為にレベルアップだな」
俺はそう締めくくる。
「レベル上げないとドラゴンも倒せないしな」
一角が俺をからかうようにそう言って笑う。まあ、そのとおりだしな。
そんな雑談をしながら手は動かし、効率の悪いブドウの収穫を続ける。このあたりは来年以降整備して畑らしい畑にしたいところだな。
【異世界生活 105日 16:30】
そして3時間ほど休憩しながら収穫したところで、背負い籠7個分のブドウが収穫できた。5人で運んで、残りの2籠は琉生が虎の霊獣を召喚して左右に背負わせる感じで運び拠点に帰ることになる。
そして、日が暮れる前にトウモロコシ畑の辺りまで帰り、早めに野営の準備をする。テントを張るための長い棒を探し、それを柱代わりに荒縄も使ってテントを張る。そして、背中が痛くならないように干し草を集めて敷き詰める。
虫がいると嫌なので、麗美さんにお願いして乾燥魔法をかけてもらう。ダニやノミがいてもこれで死滅してくれるだろう。
一応の為に麗美さんが持ってきた除虫菊を焚いたり虫が嫌がるミントなどのハーブで作った虫よけも活用したりして虫対策。ゆっくり寝られる寝床を作る。
一応留守番の鈴さん達にも魔法通信で予想通り野営になることを連絡しておく。
小麦の収穫までにこっちの平原にも臨時拠点のようなものを作った方がいいかもしれないな。そんなことを考えながら、薪を集め、火をおこし夕食を作る。
夕食もトウモロコシや自生していた野菜を採ってきて野菜多めのクマ肉スープだ。
「そういえば、クマ肉でもベーコンつくるんじゃなかったのか?」
俺は夕食を食べながら、このスープならベーコンの方がいいなと思い付き、昨日明日乃がベーコンを作っていたこと思い出して聞いてみる。
「時間が足りなかったから、下味をつけて氷室に保存してあるよ。帰ったら燻製する感じかな?」
明日乃がそう教えてくれる。
「なんか急かしちゃったみたいで悪かったな」
俺は明日乃にそう謝る。
「私がブドウの収穫に来たかったんだし仕方ないよ」
明日乃が慌てて俺をフォローするが、
「まあ、明日乃が想像していたようなブドウ狩りじゃなかったけどな」
俺はそう言って笑い、明日乃も笑う。
「将来的にはちゃんと植え直して、ぶどう狩りが楽しめるような整地されたブドウ畑にしたいね」
琉生がそう言って笑い、明日乃も笑う。
人らしい生活に戻るにはまだまだ先が長いな。
そんな感じで、今日は北の平地で一泊し、次の日の朝拠点にブドウを持って帰るのだった。
次話に続く。