第119話 瓶詰め保存食作りと今後の方針
【異世界生活 93日 9:00】
「うーん、こりゃ完全に詰んだな」
「完全に張り付いているじゃないか」
俺と一角が声を合わせてそう言う。
今日は昨日採ってきたトウモロコシを加工して、同じく昨日できあがったガラス瓶に詰めて湯煎し、保存食を作る作業だ。瓶に入りきらなかったトウモロコシは前回同様、食べられる量だけ残して干して乾燥、粉にして使う予定だ。
そんな中、俺と一角は霊獣、マナでできた精霊のようなものを使ってドラゴンに襲われた島、南東の島を偵察することにした。南東の島に行ってもドラゴンがダンジョン前に住みついていたら意味がない、と麗美さんに提案されたからだ。
確かに、明日いきなり5人で朝早起きして島まで行って、ダンジョン前にドラゴンがいました。帰ります。は時間の無駄だもんな。
トウモロコシの加工や、瓶のふたになるコルクの加工は俺以外のメンバーにもできるし、俺はみんなに断って、偵察作業をすることにした。
俺の霊獣はカラスを模した精霊で視覚を共有できる上、闇属性のおかげか隠密スキルも持ったまさに偵察向けの霊獣だからな。
「流司が行くなら、私も行くぞ」
その話を聞いて一角も自分の霊獣、ワシの霊獣を使って偵察すると言い出した。
「来るのは勝手だが、俺の霊獣には近づくなよ。お前の霊獣は隠密効果ないからドラゴンに丸見えだしな」
俺は一角にそう言ってしぶしぶ許可を出す。
とりあえず、自動運転みたいな感じで、南東の島につながる白い橋の辺りまで、霊獣に移動を任せる。
1時間半くらい時間ができたので、その間、俺は明日乃や琉生と一緒に煮たトウモロコシの芯から粒を外す作業を手伝う。一角は鈴さんの手伝いでコルクの木を切ってコルク栓の蓋を作る作業を手伝い時間をつぶす。
1時間半後、霊獣たちが白い橋についたところで視覚を共有し、白い橋の上を飛び、南東の島に渡る。
「一角、右手の山は迂回しろよ。お前の霊獣だと丸見えでハーピーに撃墜されるからな」
俺は隣に座って、俺と同じように霊獣と視界を共有している一角にそう言う。
俺のカラスの姿をした闇属性の霊獣は隠密効果があるので、少し山から離れた程度のルートでダンジョンをめざす。
「こりゃひどいな」
俺はぼそっとつぶやく。
「流司? どうした?」
一角が気になったのか俺に聞いてくる。
「ああ、ハーピーの集落みたいなところが結構破壊されてるな。ドラゴンにやられたのかも?」
俺はそう答える。
実際、霊獣の目で見たハーピーの集落、粗悪な木の棒と葉っぱで作った小屋みたいなものがいくつも破壊され、残されたハーピーが修理している姿が見える。
「まるで、災害のあとみたいだ」
俺はそう呟く。
火で焼かれた気配はないが、圧倒的な力で叩き潰されたような小屋の残骸。まるで台風や地震でも来たあとのようだ。
「この間の戦場も凄い事になってるな。まるでクレーターだ」
別ルートで霊獣を飛ばしている一角もそう呟く。
俺の霊獣も視線を移すと、確かに、俺達が普段歩いてダンジョンに向かっていた草原の中の獣道があった場所に巨大なくぼみができている。月のクレーター? もしくは隕石でも落ちたんじゃないかと思わせるような壮絶な景色が広がっていた。
「こんな戦闘をしていたのか」
俺はあまりの景色の代わり様に無意識にそう呟いてしまう。
そして、予想していた通り、ダンジョンの前には巨大な生き物、赤いうろこでおおわれた巨大な恐竜のような生き物、ドラゴンが居座っていた。
「うーん、こりゃ完全に詰んだな」
「完全に張り付いているじゃないか」
俺と一角が声を合わせてそう言う。
「明らかに俺達を待っているよな」
「ああ、完全にマークされたな」
一角のつぶやきに俺も肯定の意見を返す。
「一角はあまり近づくなよ。ドラゴンに俺達が偵察していると気付かれると後々面倒だしな」
俺はそう言って一角を制止する。
ドラゴンはハーピーやワーラビットからの襲撃、そして俺達の襲撃があることも気にすることがないように悠々と惰眠をむさぼっている。
不意打ちをされてもたいしたダメージを受けないという自信があるのか、寝ていても敵に気づける能力でも持っているのか悠々自適な態度だ。
俺と一角の霊獣はそのまま、ドラゴンに気づかれないように迂回して飛び、空から島の探索もする。
ワーラビットの集落があると思われる辺りの偵察だ。
「ワーラビットの集落も大変なことになっているな」
俺はワーラビットの集落を上空から眺めそう言う。
ワーラビットは戦闘力が低いせいか、臆病なのか分からないが、森の木材を使い、かなり強固な防壁を集落に築いていたようだが、多分正面の門があったであろう場所、集落の北の辺りの防壁が滅茶苦茶に破壊され、集落の一部が滅茶苦茶に破壊されている。ただ、それ以外の場所は比較的しっかりと作られた小屋が残っている。
「多分、ドラゴンが腹を減らして、食べに来た。そんな感じだろうな」
一角が俺と同じ風景を見ているようでそう呟く。
「ワーラビットって、結構器用なんだな。集落のよくできた小屋や防壁もそうだが、弓矢も自分達で作っていたみたいだし」
俺は、小綺麗に整理されたワーラビットの集落を見てそう感想を漏らす。
「ああっ、クソっ、やられた」
突然叫ぶ一角。
俺は慌てて、一旦、視界の共有を外し、一角の方を見るが一角は変わらず隣に座っている。
そして、はっ、と気づき、視界を霊獣と共有し直し、あたりを見渡し一角の霊獣を探すと、矢を何本も受けたワシの霊獣が地面に落ちて光りながらマナに還りかけていた。
集落の防壁の上にはが蜂の巣でもつついたようにわらわらとワーラビットが溢れ、弓矢を持って周りを警戒している。
ワーラビット達のドラゴンへの警戒が一角の霊獣に向いてしまった感じか。
「ワーラビットの弓矢で撃ち落とされた。クソつ」
一角が悔しそうにそう呟き、立ち上がる。
霊獣たちには戦闘力がないからな。これは仕方ない。
「あとは俺が偵察するから、一角はみんなの作業でも手伝え」
俺はそう言って隠密効果で助かっている自分の霊獣を操り、ワーラビットの集落の偵察と、帰り道、ドラゴンの再確認、そしてワーウルフの集落も偵察して帰る。
ワーウルフの集落は無視されているようだな。たぶん、ワーラビットだけでお腹が満たされるから相手にする必要がないみたいなドラゴンの考えだろうか?
そんな感じで残り時間も南東の島の偵察をして、霊獣に込めたマナが尽き、時間切れ。霊獣が霧散し、俺の視界も暗転する。
そして、目を開けると、隣には俺の帰還を待つように一角、たき火を囲むように明日乃と琉生がトウモロコシを瓶詰めにする作業を続けている。
「どうだった? りゅう君?」
明日乃が俺の変化に気づきそう聞いてくる。
「ああ、麗美さんの予測通りだった。ドラゴンは俺達を待つように南東の島のダンジョンの入り口に居座っていたよ」
俺は明日乃やたき火のまわりにいるみんなに聞こえるようにそう答える。たぶん先に戻った一角から聞いてはいるだろうけど。
「これじゃあ、明日も南東の島のダンジョンにレベル上げに行けないじゃないか。どうするんだ?流司?」
一角が悔しそうな顔で俺に聞いてくる。
「とりあえず、お昼まで作業を続けて、お昼ご飯を食べながらでも作戦会議をしよう。ぶっちゃけ、ダンジョンは南東の島だけじゃないしな」
俺は一角をなだめるようにそう言う。
実際のところ、南東の島のダンジョンは攻略済みだし、わざわざ再挑戦する理由はない。
レベル上げの効率が一番よさそうだから再挑戦したい。それだけだ。
あと、副賞で貰える調味料が少し多い。それだけだ。
その後、俺と一角はそれぞれ作業に戻り、トウモロコシの瓶詰め作りを進め、お昼ご飯の時間になる。
鈴さんや麗美さんもコルクの蓋作りを終え、たき火のまわりに戻ってくる。
【異世界生活 93日 12:00】
「予想通りの状況だったらしいわね」
麗美さんがそう俺に声をかける。
多分、作業中、一角からさんざん報告がてらの愚痴を聞かされたのだろう。面倒臭そうな顔で笑っている。
「ああ、予想通り、ドラゴンは南東の島に居座って俺達を待っている」
俺は鈴さんや麻布作りでその場にいなかった真望にもわかるように説明を始める。
お昼ご飯を食べながらの作戦会議だ。今日の献立はベーコンと玉ねぎとトウモロコシ、そのほか野菜が結構入った美味しい塩スープだ。
調味料がないので素朴な味だが、ベーコンから出たエキスと玉ねぎのうまみが出ていて、それがトウモロコシとよく合って、塩味だけでも結構美味い。
「で、これからどうするかだね。俺としては、テレビゲームじゃないんだし、わざわざドラゴンと対峙する必要はないと考えている」
俺は説明を一通りした後、自分の意見を言う。
「そうね、別に南東の島にこだわる理由もないしね。経験値効率は落ちるけど、南の島のダンジョンでレベル上げをしてもいいし、いっそのこと、次の島のダンジョン? 南西の島に挑戦してもいいしね」
麗美さんもそう言い、ドラゴンとの対決は避ける方針のようだ。
「ゲームの場合だと、こういう中ボス回避して、先に進むとレベル不足で全滅とかあるけどな」
一角が俺をからかう様にそう言う。
「もう、一角ちゃん、不吉なこと言わないの」
明日乃が呆れ顔で一角を窘める。
まあ、確かにその危惧は俺も考えてはいた。というか、中ボスなのか? 俺はラスボス気分で対応していたのだが。
「選択肢としては三つかな? 一つ目はドラゴンの隙を突いて、南東の島のダンジョンでレベル上げ。二つ目は経験値効率が落ちるけど南の島のダンジョンでレベル上げ、三つめは南西の島を新規で探索して4つ目のダンジョンをめざす。どっちにしろ今のままのレベルじゃドラゴンに太刀打ちできないし、レベル上げは必須よね?」
麗美さんがそう選択肢を上げる。
「南東の島のダンジョンはさすがにナシよね。あったことないけど、相手はドラゴン。名前を聞くだけでヤバそうだし」
真望が嫌そうな顔でそう言う。
一角は少し不満そうだが、それ以外のメンバーはみんな同意する。
「南の島も、南東の島に近いし、ドラゴンが飛んで渡ってくる危険性はあるよね?」
明日乃が不安そうな顔でそう言い、みんなも頷く。
「まあ、今後、秘書子さんが魚とりの時のサメレーダーみたいにドラゴンが近づいてきたら教えてくれるらしいから不意打ちはないし、隠れるっていう手もとれるし最悪の結果はないと思う」
俺はそう付け足す。
俺の五感で感知できる範囲までだが、俺と五感を共有するアドバイザー女神様の秘書子さんがドラゴンの警戒をしてくれるらしい。
便利で安全な反面、五感を共有する俺の疲労度も上がるらしいが。
「俺としては、南西の島、新しい島の前に臨時拠点を作る作業を始めたらどうかと思う。いつもみたいに拠点に2人留守番してもらって、それ以外の5人で眷属数名を連れて、南西の島の前に拠点を作りつつ、帰りの移動用にカヌーもそこで作る感じかな?」
俺は以前から計画していた仮拠点づくりとカヌー作りの提案をする。
南西の島は微妙に遠いので日帰りは難しそうだからな。
「私としたら、瓶作りを続けたいけど、珪石の補充が必要だし、石灰もある程度量が欲しいからレベル上げしてドラゴンを倒す方が優先になるのかな? あと、鋼の武器づくりも本当はしたいんだよね」
鈴さんが残念そうな顔でそう言う。
「保存食が作れるって点で私もガラス瓶作りは進めて欲しいけど、人手がかかり過ぎるもんね。トウモロコシの水煮、もっと量産したいんだけどな」
琉生も残念そうにそう言う。
「南西の島の前に拠点を作って、カヌーもできたら、一角と麗美さんあたりに駐在してもらって白い橋の上から魔物を倒す作業とレベル上げをしつつ、俺と鈴さんあたりでカヌーを使って石灰石を輸送してガラス作りを並行するみたいな作戦も考えられるけどな」
俺は鈴さんと琉生にそう答える。
「なるほど、私と麗美姉でいつもの魔物減らしをしつつレベル上げ、それ以外のメンバーはガラス瓶作りと保存食作りを続けるって感じか。悪くはないが、問題は南西の島の魔物のレベルと経験値効率だな」
一角が乗り気になりつつそう言って悩む。
「まあ、どっちにしろ、南の島の2つ目のダンジョンでも経験値効率は低いんだし、そのくらいのつもりで挑むのはいいんじゃない?」
麗美さんが一角にそう答える。
「ちなみに、臨時拠点作りをする場合、留守番役って私よね?」
真望が面倒くさそうな顔でそう言う。
「今の状態だと、琉生も長期間は拠点から離れられないかな? 畑作業やニワトリの世話? 少しの期間ならシロちゃんに任せられるけど、長期間になると難しいかな?」
琉生がそう言って留守番を希望する。
「私は本格的なダンジョン攻略が始まるまでは行っても力になれなそうだし。特に力仕事とか?」
明日乃が申し訳なさそうにそう言う。
確かに拠点づくりには体力が必要だしカヌー作りや石灰石探しも体力要りそうだしな。
「この流れだと、私が行かないとダメそうじゃない」
真望ががっかり肩を落としそう言う。
そんな感じで、今後の方針は、南西の島の前に臨時拠点を作りつつ、一角と麗美さんは南西の島の白い橋の上から魔物の数を減らす作業、琉生と明日乃は拠点で留守番、臨時拠点とカヌーが完成したら、南西の島の魔物の数が減るまで、石灰石の輸送や珪石集めをしてガラス瓶の生産を再開する。そんなざっくりとした方向性が決まった。
南西の島の前の臨時拠点づくりには俺、一角、麗美さん、真望、鈴さんが向かい、眷属のアオ、トラ、アル、あぶらあげの4人を連れて行き木材作りやカヌー作りを手伝わせる感じだ。
拠点は明日乃と琉生が留守番し、明日乃は真望の代わりに麻布作り、琉生は農作業をしつつ、麻布作りの手伝いをしながら拠点を守る。
眷属のシロを中心にレオ、ココにも農作業を手伝わせて、琉生が不在の時でも農作業やニワトリの世話を任せられる体制作りをする。今後、琉生が拠点から離れられなくなるって事態は避けたいしな。
一角はドラゴンから逃げ続けるみたいな生活には不満みたいだが、この世界はゲームっぽいが、ゲームの中というわけではない。逃げられるものからは逃げる、避けられる戦いからは避けつつ、レベルを上げてから強敵を倒すみたいな戦略も立てられるのだからそこは賢く生きるふてぶてしさも必要。
まあ、どっちにしろ、南西の島の前に拠点を作る作業は将来的に必要で、それが前倒しになっただけだしな。
そんな感じで、明日から、南西の島の前に行くことが決まり、午後はトウモロコシの水煮を作れるだけ作る作業をし、氷室に保管して一日が終わった。
水煮を作りながら、やっぱりガラス瓶は有用で量産が必要だなと思う俺だった。
それと、俺の霊獣? カラスの霊獣が結構使えることを気づかされた1日だった。
次話に続く。




