第117話 ガラス瓶作りの準備と眷属召喚
【異世界生活 90日 18:00】
「おかえり、りゅう君、みんな」
夕食の準備をしていた明日乃が迎えてくれる。
「ただいま。明日乃。鈴さんと真望は?」
俺は明日乃に返事をしつつ、珪石を大量に積んだ背負子を下ろし、首を左右にひねる。
重い石を持って3時間かけて歩いて帰ってきた。肩こりおこしそうなくらい体が重い。
他のメンバーも荷物を下ろし、琉生は霊獣が消えないうちに、鍛冶工房のそばにある資材置き場に珪石を置きにいく。
「みんな、ご苦労様。鈴さんは鍛冶で忙しいみたい。真望ちゃんも、って、一息ついたみたい」
明日乃が俺のしぐさを見て笑いながらねぎらってくれる。
そして、真望の話題になりそうなところでちょうどツリーハウスから降りてくる。
「凄い量の白い石ね」
呆れ顔で真望がそう言い、合流する。
「次は真望も連れていくからな」
一角が意地悪そうに笑いながらそう言う。
その後、少し休憩してから、珪石を資材置き場に移動し、夕食の時間になる。
「みんなご苦労様。珪石重かったでしょ?」
鈴さんも鍛冶作業が落ち着いたのか夕食を食べに小屋から出てくる。
「ああ、今夜は熟睡できそうなくらい重労働だったよ」
一角が鈴さんにそう言ってため息を吐く。
「で、鈴さん。あの珪石どうするの? お祈りポイント足りないから耐熱煉瓦は作れないよ?」
俺は帰り道、ずっと気になっていたことを彼女に聞いてみる。
「ああ、あれはそのまま積んでガラスづくりの窯にするわ。というか、そもそも珪石を溶かして原料にするから、耐熱煉瓦も溶けそうなくらいの温度を扱うし、溶けた窯も原料にしちゃおうって流れ? 使い捨ての珪石製の窯って感じかな?」
鈴さんがそう教えてくれる。
珪石の窯の中で珪石を溶かすらしい。混乱しそうな話だが、耐熱煉瓦の材料にもなる珪石はガラスの原料でもあるらしい。
なので、珪石を粉にした珪砂を溶かしながら、一緒に熱で溶けてしまった窯はガラスの材料としてそのまま使えるそうだ。
いつものように上から火をつけて溶かす方法や、溶けても崩れないくらい厚手の窯を作ることで対応するらしい。
「それで、明日はどんな作業をするの?」
俺はそのまま、鈴さんに明日の予定を聞く。
そして、明日乃が夕食を配ってくれる。
昨日、倒したイノシシの脂身部分を燻製にしたベーコンとトウモロコシとダンジョンドロップのキャベツ、琉生畑で採れたタマネギで作った塩スープだ。
鈴さんの鍛冶技術で燻製器を作ったのでできるようになったベーコンや燻製。料理のレパートリーも増えてきた。
「美味いなこのスープ」
一角が美味しそうにスープを飲んでいる。
確かに美味いな。ベーコンと玉ねぎとトウモロコシの組み合わせが実にいい。
「今日はダンジョンでもらった胡椒があったからね。ベーコンにもスープにも胡椒使っているから結構美味しいでしょ? これでコンソメの素もあったら最高だったんだけどね」
明日乃が一角にそう答えながら笑う。
「コンソメだな。明日ダンジョンで取って来よう」
一角が何故かやる気になる。
「ああ、でも、胡椒もなくなっちゃったから明日は同じ味のスープは作れないよ」
明日乃が呆れ顔で笑う。
一つ目のダンジョンで貰える副賞の調味料は1食分くらいしかもらえないからな。夕食で使ってしまうとそれで終わりだ。
「こんなことなら、調味料がより多くもらえる3つ目のダンジョンに早く行きたいな」
一角がそう言って悔しがる。
「まだ、お祈りポイントは17450ポイントしか貯まってないぞ。今日の分入れても26450ポイント。ドラゴンを警戒しながら南東の島に行くなら明日、明後日はお祈りポイントを温存しないとな」
俺はお祈りポイントが回復していない状況をみんなに説明しつつ、一角を止める。
「明々後日まではこの島からは出られないってことか」
一角が悔しそうにそう言う。
「一角ちゃんの話で脱線しちゃったけど、その間、色々作業するわけだけど、鈴ちゃん、明日はどうするの?」
麗美さんが美味しそうにスープを飲みながら一息つき、俺に代わって鈴さんに明日の予定を聞き直す。
「そうだね。明日は、ガラス作り用の窯を珪石で作るのと、貝拾いかな? ガラスを作るのにも石灰が必要なのよ。あと、木灰もね」
鈴さんがそう言う。
「ガラス作りにも石灰がいるのか」
俺は石鹸づくりを思い出しそう呟く。
「そうだね。珪石の融点は1600度以上。普通の窯じゃ溶かせないんだよ。だから、石灰や木の灰を混ぜることで1200度まで融点を下げる。カリ(カリウム)ガラスっていう古代から使われているガラスの製法だね。本当はソーダガラスを作りたいんだけど、炭酸ナトリウムがなかなか手に入る物じゃないから、木灰使って炭酸カリウムとして代用って感じかな? 古代のガラスはそんな感じだったんだよ」
鈴さんが詳しく教えてくれた。
「ちょうどいいから、明日は貝殻いっぱい拾ってきてね。熊の油も明日には出来上がるし、また石鹸づくりをするわよ」
真望が思い出したようにそう言う。
「そうなると、明日は材料集めと窯づくりと道具作りで終わっちゃいそうね。ガラスづくりと石鹸づくりは明後日かな?」
鈴さんがそう言って明日と明後日の予定をざっくり決めていく。
「明日、石鹸づくりを先に終わらせちゃってもいいかもしれないわね」
麗美さんがそう言い、鈴さんが頷く。
とりあえず、俺と鈴さんで珪石の窯作り、一角と麗美さんで海に貝拾いに行くことになった。
夕食を終え、日課のお祈りをして、各自水浴びや歯磨きをして就寝する。
【異世界生活 91日 6:00】
今日は、ガラス作りに必要な材料集めと窯作りをする。
朝食を食べ、日課の麗美さんの剣道教室を終え、各自作業に移る。
一角と麗美さんは海岸に貝殻を拾いに。
明日乃と真望は麻布づくりをしながらクマの油を完成させる。
琉生は午前中、貝拾いを手伝い、午後は畑や田んぼの作業をするそうだ。
俺と鈴さんは昨日集めた珪石で窯を作ったり、珪石を細かく砕いたり、ガラス作りの準備の作業だ。
一角と麗美さん、そして琉生を見送って、俺は鈴さんと窯作りを始める。
なんか、鈴さんの子分になりつつある眷属のアオとトラ、そして、やる事に困っていそうなレオも連れて作業をする。
ココとシロは熊の油作りの手伝いや麻の繊維をほぐす作業を手伝う。
とりあえず、昨日拾ってきた珪石を粘土で穴を埋めながら積んでいく。
今日は壊れる前提の窯なので熱で溶けてしまう粘土でも大丈夫だろうという事で、鈴さんの指示に従いながら、崩れないように石を組みながら間を粘土で埋めていく。
眷属達には珪石を細かく砕かせて珪砂にする作業や、木炭を細かくする作業をさせる。
木炭はレオとココが暇な時に作ってくれているらしくかなり在庫もあるようだ。
「やっぱり石灰石が欲しいわね。貝ばかりに頼っていると絶対的に量が足りないわ」
鈴さんが窯を組みながらそうぼやく。
「石灰ってそんなに使う?」
俺は気になって鈴さんに聞いてみる。
「あればあるだけ使い道あるのよね。石鹸づくりや今回のガラスづくりにも必要だし、アルカリの原料にもなるし、セメントの材料にもなるのよ。たくさんあるなら、今回みたいに粘土で固めるんじゃなくて、珪砂と石灰を混ぜて耐熱性のシリカセメントとか作って窯作っちゃうんだけどね」
鈴さんがそう答えてくれつつ、ため息を吐く。
「山の反対斜面になりますが、石灰石のとれる場所があります」
秘書子さんがしれっと教えてくれる。
ただし、取りに行くのは珪石以上に大変そうだ。
俺はマップにマークしてもらったその位置を見てそう思った。
「この間、一角と麗美さんが探検にいった南東の島に続く白い橋のもっと先の方ね」
鈴さんもマップを確認してそう言う。
「落ち着いたら石灰石を取りに行くのもいいかもしれないね。毎回貝拾いじゃ確かに大変かもしれないし」
俺はそう答える。
「そうなると、やっぱり西の川には橋が欲しいわね。もしくは大きなカヌーを作って海を使って石灰石を運ぶかかな」
鈴さんが色々考え出す。
「南東の島の前に作る予定の臨時拠点? 石灰石の事を考えるとこれから使う頻度増えるかもしれないね」
俺はそう答え、窯作りを続ける。
窯作りをしながらの雑談だったか、これからやる事がさらに増えた気がする。
そんな感じで窯作りをし、残った時間で、珪石を砕いて砂にしたり、木炭を砕いたりする作業を眷属達と一緒にする。
「眷属がいて、本当に助かるよ。鍛冶の手伝いも助かっているし、木炭とか粘土とか消耗品も補充してくれるし」
鈴さんがそう言って眷属達を褒める。
「そろそろ、私も眷属を召喚しようかな? 一角や麗美さんの変幻自在の武器に眷属召喚の枠余っているみたいだし」
鈴さんが作業をしながらぼそっとつぶやく。
「そんなに人手が足りてないの?」
俺は鈴さんのつぶやきが気になって聞いてみる。
「足りていないわけじゃないんだけど、もう1人眷属がいれば、木材加工を任せられるかなって。私の眷属を召喚して、暇な時には丸太を切って木材、平らな板を量産してもらおうかなって。細かい作業は苦手みたいだけど、単純な作業は得意だし、好きみたいだしね」
鈴さんが俺にそう答えてくれる。
そして、眷属達も新しい仕事に興味津々のようで、俺達の会話を聞いている。
「アオやトラにやってもらってもいいんだけど、2人には鍛冶の手伝いをして欲しいし、レオは木炭を焼いてくれたり、塩作りや熊の油作り、薪とかも集めてくれたりやる事いっぱいだからさ」
鈴さんが眷属達に申し訳なさそうにそう言う。
確かに、眷属それぞれやる事いっぱいだし、手が空けば琉生の農作業を手伝うなど、その労働力は引っ張りだこの状態だ。
「いっそのこと、真望の眷属も召喚してもらえばいいんじゃないか? 火属性だし、鍛冶に向いているかもしれない。まあ、主がアホの子だから魔法は期待できなそうだけどね」
俺は笑いながらそう言う。
そう言う俺の眷属、レオも魔法は使えないんだけどな。
今のところ簡単な魔法が使えるのは明日乃の眷属のシロと麗美さんの眷属のココだけだ。
そんな雑談をしながら作業が一段落し、明日乃が昼食の時間だと迎えにきたので、昼食を食べにたき火のまわりに戻る。
一角と麗美さんが採ってきた貝づくしのお昼ご飯だ。
「そういえば、さっき、鈴さんと話をしたんだけど、真望と鈴さんの眷属も召喚しないかって。一角の変幻自在の武器にも、麗美さんの変幻自在の武器にも眷属召喚の枠の空きに余裕あるだろうし」
俺は焼き貝を食べながらみんなに相談する。
「ぶっちゃけ、私の仕事は細かい作業だから、眷属に任せられないけど、麻の茎を叩いて繊維にする作業は、レオやココやシロちゃん達にも頼りっきりだし、人手が足りないなら召喚してもいいわよ?」
真望がそう言う。
俺は、鈴さんがさっき考えていた木材作りや鍛冶の補助に眷属がいると助かるという話をみんなにもする。
「私のINTが低いから眷属も魔法が使えなそうって部分はちょっと腹立つけど、火属性だから鍛冶の手伝いって流れは嫌いじゃないわね」
真望が少しイラっとしつつもそう言う。
「私も手が空く子が増えると農作業任せられて助かるかな? シロちゃんが積極的に農作業手伝ってくれるけど、他の子は忙しそうだしね」
琉生がそう言う。
まあ、シロはウサギで草食らしいから、自分で食べる分は自分で作りたいみたいな部分もあるらしいが、他の眷属は基本肉食だしな。たまにレオやココが農作業を手伝ってくれる程度らしい。
「なんだかんだ言って、探せば仕事はいっぱいあるし、眷属達もみんな忙しそうだもんね」
明日乃もそう言って眷属召喚には肯定的だ。
「忙しすぎて、塩の生産が滞ると困るしな」
一角はマイペースだった。
何気にレオとココのコンビが薪を集めたり塩を作ったりして一角の役に立っている。
「木材作りができる眷属が育てられれば、これから作る南東の島の前の臨時拠点づくりも捗りそうだしいいんじゃないかしら?」
麗美さんも賛成のようだ。
「あとは、流司、1年以内に全ダンジョン攻略。責任重大だぞ?」
一角が俺を冷やかすようにそう言う。
そうなんだよな。それが問題だ。早くダンジョンを攻略しないと、一番初めに召喚した眷属のレオが消える。
レオが消えたら明日乃が悲しむからそれだけは絶対避けたいし、なんだかんだ言って俺も仲は悪いがレオへの愛着がないわけではない。俺への態度は悪いが一応俺の眷属だしな。
そんな感じで、貝尽くしの昼食を終え、落ち着いたところで、一角の変幻自在の武器を借りて真望が、麗美さんの変幻自在の武器を借りて鈴さんが眷属を召喚することになった。
「眷属召喚」
鈴さんがそう唱えると、麗美さんの変幻自在の武器がバリバリと電気を帯び出し、空から鈴さんの目の前に轟音と眩しい光ともに雷が落ちる。
そして光が収まり、目が慣れだすと、雷が落ちたところに人影が現れる。
熊の姿をした二足歩行の獣人、レオ達より少しだけ大きい、熊が立っていた。
大きいと言ってもミニチュアのクマ。1メートルくらいのデカいぬいぐるみのようなクマだ。
鈴さんの髪の色に似た日焼けと脱色をして少しグレーに見える毛並みのクマだ。
オーバーオールの作業着っぽい服を着ているオスがメスだかわからない中性的なクマだ。
「私のケモミミが熊だから、眷属も熊なのね」
鈴さんがそう感想を漏らす。
「熊は名前を付けるのが難しそうね」
麗美さんがそう言って顔をしかめる。
うん、あの名前はダメだ。色々ダメだと思う。
「熊の命名は慎重にね」
明日乃も色々警戒している。特にプの付く名前はだめだ。
「なんか面倒臭いわね。名前は『クマ』のまんまでいいかと思ったけど、普段襲ってくるクマと紛らわしいし、クマっぽい名前を選ぶと版権物と被りそうでいやだし」
鈴さんがそう言って悩む。
確かに『クマ』だと、拠点がクマに襲われたときに紛らわしいな。
「英語にしたところで『ベア』じゃ味気ないし、なんかいい名前ない? 麗美さん、明日乃?」
鈴さんが名前選びに困り、麗美さんと明日乃に丸投げしだした。
麗美さんも困って首をひねる。
「うーん、ラテン語だと、熊は『ウルスス』、ギリシャ語だと『アルクトス』、ウルスス・アルクトスでヒグマの学名になるんだよね」
明日乃がぼそっとそんなことをつぶやく。
なぜヒグマの学名を知っている? そして覚えている?
明日乃の記憶力の高さに唖然とする俺。
「そして、牛飼い座にある恒星、『アルクトゥルス』は『アルクトス』からきた言葉で『熊の守護者』とか『熊の監視者』って意味があって、牛飼いなのに熊の守護者。おかしな話だよね。で、この話には続きがあって」
そんな感じで明日乃の星座うんちくが続く。結局牛飼い座のモデルはおおくま座の息子とかこぐま座がうんぬんとかよくわからない話なので俺には覚えられなかった。
「意味はよく分からないけど、アルクトゥルスって名前はいいわね。クマから守ってくれそうで」
鈴さんは何となく気に入ったようだ。
結局、名前は『アルクトゥルス』もしくは『アルクトス』で、呼び名はアルとかアルクという事で決まった。
眷属自身も名前はどうでもいいらしい。結構無口なクマだ。
ついでに真望も眷属を召喚。炎に包まれる派手な演出で現れる。
真望の金髪によく似たきつね色の二足歩行の狐の眷属だ。そしてなぜか巫女服っぽい服装だ。
ちなみに、真望の金髪は向こうの世界では脱色とカラーをしていたそうだが、この世界に転生されたときに神様のサービスで金髪固定にしてもらったそうだ。意味不明だが。
そして、名前は『あぶらあげ』に決まってしまった。
一角が言った一言、「油揚げみたいに美味しそうな色だな」のせいで。
まあ、真望も眷属自身も気に入っているみたいだからいいけど。
とりあえず、真望の眷属もアホの子のようだ。
ちなみに魔法は予想通り使えなかった。
真望の眷属、『あぶらあげ』も真望に負けないくらい、よいモフモフの尻尾と耳を持っていた。
俺は、真望の尻尾を触らせてもらえないうっぷんを晴らすようにあぶらあげの尻尾をもふりまくるのだった。
そして、明日乃も堪らなかったらしい。俺が存分に堪能した後に明日乃も狐の尻尾を堪能しまくっていた。明日乃は真望の尻尾を堪能すればいいんじゃないのか?と思ったが。
そんな感じで、急に眷属も増えて7人に。
色々バタバタしたが、落ち着いたので、午後の作業に移ることにする。
俺の午後の作業は貝殻を焼いて生石灰作りだ。
次話に続く。




