第115話 撤退と作戦会議
【異世界生活 88日 9:00】
「おかえりにゃ。今日は早かったにゃ? 真望も鈴も作業中にゃ。呼んでくる?」
たき火のまわりで見張りと軽作業をしていた、眷属のココとレオ、シロが迎えてくれる。
真望と鈴さんはそれぞれ、はた織りと鍛冶で作業場に入り浸りのようだ。
「いや、作業の邪魔しちゃ悪いから、あとでいいよ。お昼になったら集まるだろうし」
俺はココにそう答えて作業を続けてもらう。今日はレオを中心に塩作りと麻の茎を叩く作業をしているようだ。
「さて、お昼までどうするか? 少し休憩するか?」
俺はみんなにそう聞く。
「だったら、1つ目のダンジョンで副賞の調味料をもらってこよう。今日は南東の島のダンジョン入れなかったし、当分の間、お祈りポイントが回復するまでは行けなくなりそうだしな」
一角がそう言い、やる事もない俺達は、とりあえず、1つ目のダンジョンに行き、5階をクリア。調味料を貰って帰る。胡椒を1食分手に入れる。ついでに、1階で野菜も手に入れて野菜炒め用とシロの食事用に持って帰る。
「氷室もできたし、野菜が長持ちするね」
琉生が嬉しそうにそう言う。
ダンジョンで手に入る野菜はカットされていたり葉っぱが取られていたりして、畑に植え直すことができなかったので氷室ができたことで保存ができるようになり大分助かるようになった。
ついでに、麻の群生地で腐った麻の茎の回収と新しい茎を腐らせる作業をし、拠点にもどり、野菜を氷室に入れてお昼になる。
昼食はダンジョン攻略後に食べる予定だった鶏肉の肉野菜炒めのお弁当があるので、それを温め直す。料理が苦手な鈴さんや真望の分のお弁当も作り置きしてあったので温め直す。
【異世界生活 88日 12:00】
「なんか騒がしいと思ったら早かったわね?」
真望がそう言って、はた織機が設置されている自分のツリーハウスから降りてくる。
鈴さんも作業のキリがよかったのか鍛冶工房から出てくる。
「思わぬ強敵が出て逃げ帰ってきたんだよ」
俺はそう言って、留守番をしていた二人にも経緯とドラゴンについて説明する。
そして、お弁当も温め終わったので、みんなでお昼ご飯を食べながら作戦会議を始める。
「直接見てないから良く分からないけど、5階建てのビルと同じくらいの大きさね。それは困るわね」
鈴さんがそう言ってうんざりした顔をする。
「しかも、レベル55で、最上級魔法クラスの火を吐く。周りがマグマの池になるくらいヤバイやつだ」
一角が少しイラっとした顔でそう言う。
「そんな奴が南東の島に隠れていたって事?」
真望が不思議そうに聞いてくる。
「それは分からない。空が飛べるから、他の魔物の島から飛んできた、いや、定期的に飛んでくるのかもしれない」
俺は推測だがそう答える。
ワーウルフと何度か戦っているような口ぶりだったし、あの島に住んでいるにはワーウルフの状況を知らなかったみたいだし、少なくとも、あの島に友好的に住んでいるとは考えにくい気がする。
「まあ、フレイムドラゴンっていう名前なんだから、火属性の魔物が多い島、多分、真望ちゃんの変幻自在の武器が眠っているダンジョンのある魔物の島に棲んでいる可能性が高いんじゃない?」
麗美さんが今までの情報をまとめてそう推測する。
「ということは、私の専用武器を手に入れるにはそのドラゴンってやつと戦わないとダメってこと!?」
真望が慌ててそう言う。
「どっちにしろ、戦って倒さないと、この島の結界がいつか壊されそうだしな。雑魚魔物が束になって結界を攻撃するより、奴のドラゴンブレスの方が効果ありそうだしな」
一角がそう言い、俺も同意する。
いつか、いや、早めに倒さなくてはいけない敵だ。
「で、倒せる見込みはあるの?」
真望は俺と一角を交互に見ながらそう聞いてくる。
「とりあえず、俺達もレベル50以上になって対等の戦闘力を得るしかないだろうな。あとはレベル41になって最上級魔法を使えるようになる感じかな?」
俺は真望に当たり前のような答えしか返せない。
「私の上級魔法じゃ、マグマを冷やす事すらできなかったしね」
そう言って、麗美さんが自嘲するように笑う。
「まあ、私の『対魔法結界』なら何とかなったかもしれないけど、普通の結界同様、動けなくなりそうだし」
明日乃がそう言って残念そうな顔をする。
「とりあえず、またドラゴンに襲われる危険性があるから、その時に最低限逃げられるだけのお祈りポイントは回復しておかないとな。回復するまではレベル上げはお休みって感じかな? それと、明日乃の『対魔法結界』もそうだが、使えそうな魔法は一度試してどんな効果や弱点があるのか知っておくのも手かもしれない」
俺はそう答える。
「マナも余りだしてきたし、一通り魔法は使えるように習得しておいた方がいいかもね。保留にしている魔法多すぎるしね」
麗美さんがそう付け足す。
確かに、習得可能だが保留にしている魔法が各自多いし、習得だけならお祈りポイントを使うよりマナで習得した方が安上がりなのでそれもいいかもしれない。
「時間ができるなら、トウモロコシの収穫にいきたいな。そろそろ食べごろになるトウモロコシも出だしてくるころだし」
琉生がそう提案する。気分転換に良いかもしれないな。
「あと、次の島、南西の魔物の島も手前まで探索しておくのもいいかもしれないな。白い橋の上までならドラゴンの襲撃も関係ないしな」
一角がそう言い、島の探索も希望する。
「私はせっかく鉄が手に入るようになったんだし、鉄を焼き入れして鋼鉄製の武器を作りたいな。今日も少し始めているんだけど、いい感じで進んでいるよ」
鈴さんがそう言って満足そうな顔をする。
鈴さんの話では火力不足で鉄を溶かすまでは行かないが、焼いて叩く鍛錬によって鉄の質を上げたり、形を変えたりするくらいはなんとかできるらしい。
「ドラゴンの話を聞いた感じ、もしかしたら、真望もレベルが上がったら鉄を溶かせる1500度以上の火とも扱えるようになるのかもしれないね。ちょっと楽しみ?」
鈴さんがそう言い、真望が少し嫌そうな顔をする。
鈴さんの今の目は、魔法で耐熱煉瓦が作れるようになった琉生を見つめるまなざしだ。
まあ、鈴さんの鍛冶も順調に進んでいるようだ。
「真望はやりたいことはあるか? といっても麻布作りで手いっぱいか」
俺は鈴さんにマークされて困っている真望に聞いてみる。
「そうね。私自身は麻布作りで忙しいけど、流司達の手が空くのなら、皮のなめしをして欲しいかな? ダンジョンでとれるウサギの皮はなめした状態で手に入るからいいけど、熊の皮やイノシシの皮? これはなめし皮にしないとそのうちパリパリになって割れるわよ? 今は叩きなめしで誤魔化しているけどそのうち劣化するわよ? せっかく手に入れたんだから有効活用したいしね」
真望はそう言う。
「サバイバル生活でもできるなめし皮っていったらタンニンなめしかな? ニセアカシアの木とかあれば皮からタンニンがとれるから、それに漬けてなめし皮作りかな?」
明日乃がそう言う。
アドバイザー女神様の秘書子さんに聞いたところ、北の海岸の方にニセアカシアの木があるそうだ。小麦畑のある所の少し先のあたりだそうだ。
「トウモロコシの収穫が終わったら、なめし皮作りも力を入れるか。冬とか来たら防寒具とかも必要になるかもしれないしな」
俺は真望にそう答える。
「でも、トウモロコシの収穫が終わったら、次は小麦が収穫できるようになるかもしれないけどね」
琉生がそう言って笑う。
「結構忙しくなりそうだな。特に農業方面が」
俺はそう言ってぐったりする。
まあ、トウモロコシや小麦が穫れるのはありがたいが。
「トウモロコシとか収穫出来たらお酒作りましょ? お酒。ウィスキー? というかバーボン?」
麗美さんが嬉しそうにそう言う。
未成年の俺達には何の意味もないけどな。
「アルコールができれば科学や医療の発展にもつながるしね」
麗美さんが俺の顔色を窺ってそう付け足す。
まあ、確かに、何かあった時に消毒液としてアルコールがあったら助かるしな。
麗美さんもアルコールで作れる物質が色々あることを熱弁している。
「とりあえず、明日はトウモロコシを取りに行って、午後はゆっくりする感じでいいか。その後は色々作業をしつつ、お祈りポイントが回復するのを待つ感じで、お祈りポイントが50000くらいまで回復したら、レベル上げを再開かな?」
俺はそう結論付ける。
「結局、ドラゴン対策はお祈りポイントを貯めて逃げつつ、同じレベルまで私たちのレベルを上げて倒すしかないしな」
一角も残念そうにそう言う。
あれは今の段階でどうこうできる相手ではないのは明白だ。
そんな感じでお昼ご飯を食べ終わり、作戦会議も終了、午後はそれぞれやりたい事をすることになった。
明日乃は真望を手伝って麻布作り、琉生は農作業やニワトリの世話をするそうだ。
一角は暇を持て余しているようで麗美さんを連れて、南西の魔物の島の下見にいくらしい。隙あらばレベル上げも考えているのだろう。
俺は鈴さんの鍛冶を手伝いながら鍛冶を習う。
今日の午前中、鈴さんはダンジョンで拾った鉄を試しに焼き入れして鋼を試しに作ってみたらしい。
「鈴さん、午後は何するの?」
俺は作業に入る前に聞いてみる。
「今日は試しに作った鋼でナイフを作ろうかなって。鋼だけで折れやすくなっちゃうから、鋼をサンドイッチみたいに軟鉄で挟んで鍛接、要は過熱して叩くことで、鋼と軟鉄をくっつける作業ね。それをやる予定。本当は、接着剤としてホウ砂っていう砂が必要なんだけどね。お祈りポイントで交換すると結構なポイントになっちゃうみたいだから、私の魔法で誤魔化してくっつけちゃう感じかな?」
そんな感じで教えてくれる鈴さん。
午後はそれをナイフに加工する作業をするらしい。色々材料が足りないので鈴さんの金の属性の魔法を使ってごまかしつつだそうだ。
ちなみにお祈りポイントの使用の許可はさっきの会議で許可が下りている。3000ポイントだけらしいのでまあ、鋼のナイフをお祈りポイントで交換するより格段に安いので
「で、俺は何をすればいい?」
俺は鈴さんに聞いてみる。
「とりあえず、ふいごを動かす係と、暇な時は金槌を均等な力で振り下ろし続ける練習かな?」
鈴さんが期待しないような口調でそう言う。
そして、青銅製の金槌と平らな岩を渡され、ひたすら平らな岩を叩く練習。同じ力で同じ場所を、叩く練習だそうだ。
ちなみに、鍛冶の手伝いをよくやっている眷属とアオとトラは散々金槌の振り方を練習して、合格点を貰っているそうだ。
「というか、鍛冶道具増えてない?」
俺はアオやトラが持っている鉄製の金槌を見て驚く。
「ああ、ダンジョンで、鉄の防具がドロップし出したでしょ? それを鍛造、叩いて形成しなおすことで金槌とか色々作ったのよ。お手伝いのアオやトラにも必要だから」
鈴さんはそう説明してくれながら作業の準備をしている。
そんな感じで、今日の俺はひたすら金槌をまっすぐ振り下ろす練習をたまに鈴さんに怒られながらする作業、いや練習? たまにふいごを動かして風を送る作業も手伝った。
その横で、アオとトラを助手に鈴さんが鍛接という作業をしてナイフを作っていた。
悔しいが、今の段階では金槌の使い方はアオやトラの方が上手かった。
とりあえず、金槌を振る練習をしながら横目で作業を眺めた感じ、最初の説明の通り、作った鋼を別の鉄で挟んで、火床で加熱。赤く熱されたところで、アオとトラと鈴さんの3人で金属を叩いて金属同士を接着する作業をしていた。最初の方でお祈りポイントを使って魔法を使っていたのは、色々と足りない原料を誤魔化すためだろう。
そんな感じで今日は何もできずに、ナイフにする金属ができてしまう。
そして、形を整える為に砥ぐ作業はいつも通り、自転車漕ぎをさせられた。グラインダーを動かすための動力源として。
アオやトラと交代でグラインダーを動かしながら、ナイフを研磨し、形にする。
その後、もう一度、火床で加熱して、水で冷やす焼き入れという作業をして大体完成だ。
最後の仕上げの研磨は鈴さんがちゃんとした砥石で行う。
俺はその横でひたすら金槌を振る練習だ。これがちゃんとできないと鍛冶工房では役に立つことができないらしいからな。
日が暮れるころにはナイフも出来上がり、明日乃の作業用ナイフ兼、調理用の包丁となった。
「鈴さん、この包丁よく切れるよ」
明日乃は嬉しそうだった。
鈴さんとしては将来的には日本刀っぽい、軍刀っぽい、サーベルみないな片刃の反り剣を作りたいそうだが、最初は練習ということで今日はナイフを作ったそうだ。
そんな感じで、俺は金槌の練習という良く分からない作業を終えたころ、南西に探索に行っていた一角と麗美さんが帰ってきて、陽も落ち、夕食を食べながらその報告を聞くことになった。
【異世界生活 88日 18:00】
今日は、一角と麗美さんが南西の島を調査に行った帰りに襲われたクマを逆に撃退、大量の肉が手に入ったので焼肉パーティだ。
さすがにレベルが40にもなると、2人でもクマは余裕らしい。
「南西の島はこの拠点から遠すぎて、橋からの魔物狩りはともかく、ダンジョン攻略を日帰りで行うのは難しそうだぞ」
一角がそう言ってぐったり肩を落とす。
「そうね。南の島の白い橋からさらに多分、2時間以上、ここからだと3時間以上かかるわ。しかも途中にもう一つ川があって、そこで引き返してきたわ。白い橋を目視では確認できたけど、かなり遠いし、またいかだが必要になるわよ?」
麗美さんが残念そうにそう言う。
「いかだをそこまで運ぶのは大変だし、原料の竹を運ぶのもキツイな。最悪、麗美さんに人数分、大亀の霊獣を召喚してもらって背中に乗って渡る感じかな?」
俺はそれを聞いてそう提案する。
「5人で亀の上にのって渡河かぁ。結構シュールな光景ね」
麗美さんが少し嫌そうな顔でそう言う。
「いっそのこと、もっと本格的な船、カヌーみたいなものを作って、海をぐるっと回って南西の島にある白い橋に行くとか?」
鈴さんがそう言う。
「そうだね。これから他の魔物の島を攻略するとなると海を利用して移動した方が早くつける可能性もあるよね」
明日乃がそう言って、新しい船作りに賛成する。
「あとは、南西の島を攻略するなら仮の拠点、寝泊まりする小屋を作った方がいいだろうな。白い橋の手前まで行くのに3時間、南西の島にあるダンジョンに6時前に行くとなると、いつもの流れだと夜中の12時には出発しないといけないし、それなら橋の前に寝泊まりする小屋を作りたいな」
一角がそう提案する。
「南西の島の方を見た感じ、竹林はなかったけど、森はあるから木材は確保できるかな?」
麗美さんもそう言って、狩拠点の建築には積極的だ。多分、早起きするのが嫌だからだろう。小屋ができれば少なくとも3時までは寝られるからな。
「そうなると、私も現地に行って小屋作りをしないとダメそうだね」
鈴さんがそう言って悩む。
「まあ、今なら変幻自在の武器は3つあるし、比較的工具も自由な状態で小屋作りできるしいけるんじゃないか? まあ、小屋を作るにしても、トウモロコシや小麦の収穫をして落ち着いてからかな?」
俺はそう提案する。
「カヌー作りはどうするの? 先に始める? それとも、とりあえず、麗美さんの大亀の霊獣を使って渡河、南西の島の手前に何人かで行って、小屋ができたらそこでカヌー作りして、カヌーで帰ってくるっていう手もあるかな?」
明日乃がそう言う。
「できれば、向こうでカヌー作りをするって方がありがたいかな? ちょうど今は鍛冶で武器作りが面白くなってきたところだし、それが落ち着いてからの方がカヌー作りもすすむと思うしね。それにカヌーを作るとなると鋼と鉄で工具とかも作りたいかも?」
鈴さんがそう提案する。
「それじゃあ、トウモロコシの収穫と小麦の収穫が終わるまで、鈴さんは鍛冶に没頭してもらって、それが終わったら、そのころにはお祈りポイントも復活して、南東の島でのレベル上げも再開できそうだし、そこでレベル上げをして、みんなレベル41になったら、南西の島の手前に仮の拠点を作り、出来上がったら魔物狩りをしつつ、帰りのカヌー作り。そんな流れでどうかな?」
俺はそう提案し、みんながそれに賛成する。
ということで、まずはトウモロコシを収穫して、収穫し終わったら小麦の収穫ってことでいいな。
近日の予定も決まり、その先の予定も結構決まり、やる事がいっぱいになった。
お祈りポイントが回復してドラゴン対策ができるようになるまで、まずはやる事をやろうということで、作戦会議と夕食が終わる。
とりあえず、明日は早めに起きて、北の平原にトウモロコシの様子を見に行こう。
次話に続く。