第1話 新世界始めました
ちゅん、ちゅん。
小気味よい小鳥のさえずりで目を覚ます俺。
がばっ!!
「なんで俺、外で寝ているんだ!?」
俺は背中に当たる草のちくちくした不快感と吹き付ける風の肌寒さに慌てて上半身を起こす。
俺の周りには背の低い雑草に覆われた草原。だだっ広い草原だ。
「ここは、どこだ?」
俺は、思わず独り言をつぶやいてしまう。
まわりを見渡すと、俺の背後、遠くに青々と茂る森と山、そして伸ばした足のつま先のはるかに先には真っ青に澄んだ海? 水平線が見えないほど広い水面が広がる。多分海だろうか。
「島? なのか?」
俺は周りを見渡しそう呟く。
「よう、起きたか?」
突然、そんな掛け声とともに俺の目の前に見知らぬおっさんが現れる。
「おっさんはひどいな。一応20代の設定なんだが」
そのおっさんが笑いながらそう言う。
というか、おっさん、透けているぞ。そして宙に浮いている。
「ああ、神さまだからな」
しれっと、そう言うおっさん。
たぶん今の俺の顔はかなりのしらけ顔、そして胡散臭そうなものを見る顔をしているんだろうな。
「とりあえず、自己紹介をよろしく。俺の嫁さんが君をチョイスしたから俺自身は何も知らないんだよ。とりあえず、俺は神様な」
おっさんに適当な自己紹介をされる
「お、俺は、冨和 流司だ、です。都内の高校に通う3年生で、です」
俺はどもりながらも自己紹介をする。
もしかしたら、目の前のおっさんが本当に神様なのかもしれないと疑りつつも、信用し始めているのか緊張し、敬語になってしまう。
何より、半透明だし、光っているし、宙に浮いているし、格好はギリシャ神話に出てくる神様みたいな服装はしている。ただし、顔は平凡な日本人顔のおっさんだ。
というか、夢か? これは? 俺、昨日の夜は、普通に家のベッドで寝たよな?
「そうか、流司って名前か。よろしくな、リュウジ。残念ながら、これは夢じゃないんだな。そしてお約束の異世界転生だ」
自称神様があっけらかんと、そして冗談でも言うように俺にそう告げる。
異世界転生? なんだそりゃ? そう思って、再度自分の状況を確認する。
さっき確認したとおり、雑草の生い茂る草原の真ん中にすっぽんぽんで座っている俺。なぜ、すっぽんぽん?
「ああ、悪いな。実は、この世界を作る為に力を使い果たしてしまってな。服まで作る余力がなかった」
まるで反省する気の無いような顔でそう言う神さま。
「で、その神様が、異世界に俺を転生させて何をさせたいんですか? そして、できれば何もなかったことにして元の世界に帰りたいんですが」
俺は正直にそう言う。
ぶっちゃけ、異世界転生なんて興味ない。元の世界に戻って、普通にベッドから起きて学校に行きたいのだ。
「あー、元の世界に戻るっていうのは無理だ。というか、元の世界には、もう一人のお前がいる。んー、なんて説明したらいいのか、要はお前の魂の一部を切り分けて、もらってきた。そんな感じだ。だから異世界転生というより、異世界分霊? 魂の10分の1だけもらってきてこの世界に転生させた。みたいな?」
神さまがそう言って表面づらだけ申し訳なさそうな顔をする。悪いと思ってないなこの人。
「いやいや、悪いと思っているよ。だから、こうして、な、お前の好きそうな女の子も一緒につれてきてやったんだぞ。勉強もしなくていいし、大好きな女の子とウハウハの生活だぞ」
そう言って、神さまが腕を広げると光に包まれた人影、女性の姿が現れる。
「明日乃?」
俺は思わずつぶやく。
光が弱まってくると見覚えのある女性の顔が見えてくる。俺の幼馴染で同級生の明日乃、薄出明日乃だった。
俺のよく知る幼馴染の明日乃が生まれたままの、一糸まとわぬ姿で立っていた。
思わず、ごくっ、と生唾を飲んでしまう。幼馴染で仲がいいとはいえ、見たことがあるのは水着まで。裸を見るのは初めてだ。大きいとは思っていたが、こんなに大きかったのか。俺は目の前にある双丘に目を奪われてしまう。そして全身もまじまじと観察してしまう。
「??? りゅう君?」
そう言って、目を開ける明日乃。
「!!! って、りゅう君、裸!!」
そう言って顔を真っ赤にし、顔を隠して視線をずらす明日乃。
そして、自分の状況も把握して大声を上げる。
「きゃーーーっ、何、これ? りゅう君、見ないで、見ちゃダメ!!!」
その場にしゃがみ込み、胸を腕で隠し、足を組んで、大事な部分を隠す。
「ごめん、ごめん、俺も何が何だか分からない」
俺も慌てて背中を向ける。
そして、お互い、何も言い出せないまま、背中を向け合い、時間が過ぎる。
なんか、この状態、今までの俺の人生の縮図みたいだ。好きな女の子と向かい合えない。いや、向かい合う自信も勇気もないのか。
俺は好きな女の子に背を向けて、そんな自分の情けない今までの人生を自嘲する。
俺の人生、よく言えば平均的、悪く言えば凡庸。勉強も中の下、中学生になった時に部活でバスケットを始めて高校まで続けてきたが、その内容は、試合では1回戦負けのお遊び程度、チームメイトも暇つぶしと遊びの延長と割り切った練習内容。よかったことは体が丈夫になったくらいか。何一つ自信を持って好きな女の子に告白できる要素が今までの人生にはなかった。
「あー、そろそろ、いいか? とりあえず、お互い見えないように背中を向けたままでいいから聞いてくれ。もう一回言うが、俺は神さまだ。そしてここは異世界、お前たちが住んでいた世界とは別の世界だ」
神様が、俺にも明日乃にも横目で見える位置に立ち直し、そう話し出す。
明日乃をちらりと見ると、何を言われているのか分からない顔で神様の話を聞く。俺がすでに聞いていた、俺たちは元の世界の魂の10分の1で元の世界に戻っても居場所がないという話まで。
「とりあえず、お前達は、死んだわけでもないし、残りの魂は向こうの世界で幸せに暮らしているはず」
神様がそう言うが、明日乃は理解できていないようだし、納得もしていないようだ。
「お家に帰りたい」
明日乃が泣きそうな声でつぶやく。
「いやいや、ちょっと待ってくれ、さっき、リュウジにも言ったが、ここにいれば、大好きな男の子とイチャイチャのラブラブだぞ」
神様が慌ててフォローする。
というか、明日乃は俺の事が好きなのか?
俺は気になって、ちらりと明日乃の顔を盗み見ると、明日乃とちらっと目が合ってしまう。
そして気まずくなって視線をお互い外す。明日乃の表情まではよく分からなかった。そして、一糸まとわぬ幼馴染の後ろ姿にドキドキしてしまった。
「で、神様、俺達が元の世界に戻れないとして、この世界でどうすればいいんですか? どうやって生きて行けばいいんですか? 他に人はいるんですか?」
俺は今思いつく質問を聞けるだけ矢継ぎ早に聞いてみる。
「リュージ、質問多いな。あー、とりあえず、俺がやって欲しいのは1日1回のお祈りだ。お前たちが俺を尊敬して祈ってくれると力が湧いてくる。力がないと今みたいに会話することもできなくなるから一番大事なお願いだ」
神様がそう言う。
そして慌ててお祈りする明日乃。
「あー、いいね、お嬢ちゃん、そんな感じだ。だが、いくら祈られても、元の世界には戻れないんで他の願い事で祈ってくれ。ちなみに俺の力が溜まれば、お前たちの為に何かができるようになるかもしれない。お祈りへの真剣さと俺への尊敬が必要だがな。まあ、お前たちの願いが俺の力になる。そんな感じだ」
神様は嬉しそうな顔でそう言う。お祈りされると嬉しい。このあたりは本当の神様っぽいが、なんか怪しいというか胡散臭いおっさんだ。
というか、明日乃はそんなに元の世界に帰りたいのか。俺の片思いのせいで巻き込んで、可哀想なことをした気持ちになったし、少し残念な気持ちにもなった。そして俺は元の世界に帰りたいと思いつつも、帰れない現状を理解しつつある。元の世界には自分の分身がちゃんと残っているんだもんな。
「でだ、次にやって欲しいのは、お前たちの生活環境を整えること。いまのところ、お前たち以外人間はいない。さっきも説明したが、俺はこの世界を作るのと、住人を作るので力を使い果たしてしまった。植物、果物、魚、動物、お前たちの生活に役に立ちそうな生き物も世界を作るときに一緒に作っておいたので野垂れ死ぬことはないと思う。ただ、さっきも言ったが、俺の力はお前たちの祈りで回復する。そして、お前たちの心が穏やかで豊かな生活を送るほど回復する力は増えていく。だから、生活環境を整えて幸せに暮らして欲しいんだよ」
神様がそう言う。
「つまり、この世界にあるものでサバイバル生活をしろってことですか?」
俺は神様にそう聞く。
「まあ、そういう事だ。で、環境を整えて、お祈りをいっぱいしてくれて、力が溜まれば、新しい住人を降臨させられる。リュウジやアスノの仲のいい知り合いをピックアップしてあるぞ。ただ、天界、俺が普段いる世界にまでは転生させられたんだが、この世界に降臨させる力が足りず、天界で眠りについている。だから頑張って祈ってくれ。まあ、どんな仲間を呼んだかまでは、嫁さんのチョイスだから、俺は知らないんだけどな」
神様がそう答える。
「さっきから、嫁さん? って、神様に奥さんがいるってことですか?」
俺は気になったので聞いてみる。
「まあ、いる、っていえばいるんだが、まあ、なんていうんだ、愛しのマイハニーの為のスイートホームづくり? 要は、夫婦神である俺と俺の嫁さんが快適に住める世界作りにお前達には協力して欲しいってわけだ。たくさん祈ってもらって、その力で世界を大きく、住みやすくしていく。そして、将来的には子供を産んでもらって子どもや孫、子々孫々と俺達に祈りをささげて欲しい」
神様が、しれっ、と惚気話をしながら爆弾発言もする。
「こ、子供ですか!?」
明日乃が驚いて声を上げる。
俺も慌てて明日乃を見ると顔を真っ赤にして慌てている。
「ああ、人が増えた方が祈りの数も増えるからな。力が増せばもっと世界を大きくできる。こんな小島じゃなくて巨大な大陸にもできる」
神様が俺たちの関係を全く無視して話を進める。
俺たちはまだそんな関係じゃないし、第一、明日乃が俺の事を嫌いかもしれない。というか、そんな関係になれる自信も彼女に好きになってもらえる要素も思いつかない。
「まあ、とりあえず、あるもので衣食住の確保だな。それと、生活が落ち着いたら、異世界転生恒例の魔物退治も始まるから楽しみにな。とりあえず、この島には魔物はいないから安心して生活してくれ。生活範囲を広げたくなったら島を渡って行動範囲を広げて魔物討伐開始って感じだな」
神様がそう言う。
「いやいや、そんなお約束いらないんだけど。というか魔物とか神様が退治してくださいよ」
俺はそう言う。
ぶっちゃけると、魔王とか魔物とか神様が倒せばいい。そんな感じで俺は異世界転生というのか? そういう小説は作者に都合が良過ぎるので存在は知っているが具体的に読んだことはない。
「だから、さっきから言っている通り、俺は世界を作り大きくするために力を使いたいし、使い果たしているから、お前らに任せたいんだよ。これもお約束だが野生動物や魔物を倒すとレベルアップして能力も上がるから生活が色々楽になるぞ」
神様が嬉しそうにそう言う。何が嬉しいのか分からないが。
「それとな、お前達が魔物を倒す必要はないが、魔物を倒さないでいると、お前たちの子孫に課題を残すことになる。お前たちの子供や子孫たちが幸せに暮らせるように魔物退治もできるならやって欲しい」
神様が真剣な顔でそう言う。
「あと、この島には結界が張ってあって魔物の攻撃に対しては安全が確保されているんだが、魔物に一方的に攻撃され続けると、この島の結界が壊れ、安全な場所がなくなる。だから結界を壊されないようにある程度魔物は減らしておいた方がいいわけよ」
神様がついでのように付け足した話の内容がかなりショッキングだった。
「ま、余裕ができてからでいいけどな。結界も1年や2年で壊れるもんでもないし」
あっけらかんと言う神様。
今までの話がまるで嘘だったというように。
やっぱり、この神様は信用できないな。
「おっと、これ以上話すと、力の使い過ぎで次の住人を降臨させるのが遅れそうだ。とりあえず、衣食住を整えて、毎日1回、心を込めて祈る。それを頑張ってくれ。理不尽だとは思うがお前たちの為にもなる。頼んだぞ」
ふざけた態度をとっていた神様が最後だけ真面目な顔でそう言い、俺たちの目の前からフッと姿を消す。
とんでもないことになったな。
そして、まずは幼馴染の明日乃をなんとかしないと。二人とも素っ裸だし。
次話に続く。