第101話 そして稲を探そう(後編)
【異世界生活 76日 13:00】
「休憩終わったわ」
麗美さんが俺に声をかける。
「で、どうするんだ? 手分けして探すか?」
一角が俺にそう聞く。
「いや、マップで大体の位置は分かってるんだ。琉生に探してもらいながら、琉生を守るように俺と、一角、麗美さんで囲んで、明日乃は琉生のそばで敵の索敵をしてくれ」
俺はそう答える。
「流司の『危険探知』だったか? スカウトのスキルがあればそこまで警戒は要らないんじゃないか?」
一角は俺に疑問をぶつける。
「あくまでも、『危険探知』のスキルは俺の五感を拡張して違和感を探すスキルでしかないからな。前進しながら罠を探したり、前方の危険を察知したりするのは得意だが、全方位から襲われると結構脆いんだよ。例えば背中側から無音で襲われたり、風下から襲われたり、視覚、聴覚、嗅覚あたりを誤魔化すような動きには対処できないんだよ」
俺はそう答える。
それ以外にも、前方以外の小さな事は自発的に無視する傾向があるみたいなんだよな。例えば、横に生えてる草の上の小さな虫が動いていてもそのすべてを把握できないみたいな?
そんな物音まで拾っていたら 精神力がいくらあっても足りない。あえて聞かない、ノイズキャンセラーみたいな部分もあるってことだ。
まあ、明らかに怖い、スズメバチのような蜂の羽音とかはさすがに聞き逃したりはしないが。
そんな理由からも、琉生以外4人で警戒しながら琉生が稲を探す感じで進む。
俺が湿地側前を、一角が湿地側後ろを警戒、麗美さんは森の方を警戒する。
明日乃は琉生のそばで、ウサギのけもみみをぴんと伸ばし、周りを警戒する。
水水水水水水水水水水水水水水
琉生
一角 流司 進行方向→
明日乃
麗美
森森森森森森森森森森森森森森
「ダメだな。小さな虫やカエル、湖で跳ねる魚すら気になる」
俺はそうぼやく。
「りゅう君? 『危険感知』のスキル調子悪いの?」
明日乃が気になったのか聞いてくる。
「調子が悪いというか、そう言う仕様なんだよ。前方の罠や伏兵だけ警戒するには向いているんだけど左右や後ろから忍び寄ってくる敵まで感知しようとすると、ノイズを拾い過ぎて逆に違和感の信ぴょう性が下がるみたいな?」
俺はそう答える。
警戒し過ぎて、集中し過ぎて拾わないでいいノイズまで拾ってしまい、気が滅入ってしまう。
そう言ってる間も、湖で跳ねる魚に反応してしまう俺。
『危険感知』のスキルは水場との相性も悪いようだ。
「あったよ。稲だよ」
琉生が嬉しそうに声を上げる。
「これは、素人が見ても雑草と見分けがつかないな」
一角がそう言って稲らしい草を触る。
鑑定すると稲らしい。実際、俺も雑草と見分けがつかない。
「私だってなんとなくだよ。お婆ちゃん家や、その近所の田植え手伝っている程度だし。鑑定しないと確定は無理だね」
琉生が残念そうな顔でそう言って笑う。
「鑑定もマナは消費しないが、精神力削るみたいだから端から鑑定しまくるわけにはいかないからな。琉生がいて助かったよ」
俺はそう言って笑う。
『危険探知』同様『鑑定』も集中力が必要らしく、『危険探知』を使い続けてすり減った俺の精神力では鑑定1回でも、体に響いたようだ。
俺はふらつく。
「りゅう君? 大丈夫!?」
明日乃がそれに気づいたようで慌てる。
「ああ、少し休憩させてくれ。水辺の全方位『危険探知』は相当身体に負担がかかるみたいだ」
俺はそう言って、身近な岩に腰を下ろす。
「どうしたの?」
麗美も異変に気づいて走り寄ってくる。
「大丈夫。水辺の魚や虫、動く生き物が多い所での『危険探知』スキルの使用は予想以上にストレスがかかったみたいで、ちょっと疲れただけだよ。休めば回復するよ」
俺は麗美さんにも明日乃にも心配かけないように笑いながらそう答える。
「私と明日乃ちゃん、一角ちゃんで周辺警戒しておくから流司クンは少し休んでいなさい」
麗美さんはそう言って、一角と琉生に声をかけてから、持ち場の森の警戒に戻る。
明日乃も俺の側でウサギのけもみみを立てて音に集中する。
一角は俺の分までまわりを警戒しつつ、琉生は湿地に入り稲を根っこから採取する。
「琉生、底なし沼かもしれないし、魔物が急に出てきて引き込まれるかもしれないぞ。命綱でもつけておけよ」
俺は琉生にそう言い、一角が鞄から荒縄を取り出すと琉生の腰に結び、片方を一角が持つ。
色々心配はあるが、近くに一角がいるし大丈夫だろう。
俺は少し気を休め、ぼーっと琉生の作業を眺める。
琉生は、採取した稲がある程度集まると、湿地から出てきて、湿地に生えていたハスの様な大きな葉っぱで根っこの辺りをくるんで荒縄で縛りひとまとめにする。それを持ってきた竹製の背負い籠に入れる。そして、また湿地に入り稲を採取する作業。
ちなみに、ダンジョンに竹かご姿で入るのはシュールすぎるので、エントランスに置いていきダンジョンに入る間はヤシの木の葉っぱを編んで作ったリュックを背負って入ってもらった。まあ、ヤシの木の葉っぱもシュールと言えばシュールなんだが。
「チャプン」
ときどき、琉生の足音に驚いて、湖の魚が水面を飛び跳ねたり、普通の大きさのカエルやバッタが草の間から逃げるように飛び跳ねたりする。
30分作業を続け、琉生の竹製の背負い籠が大分一杯になってきた。
「琉生、どうだ? 調子は?」
俺はだいぶ体調も良くなり、琉生に声をかける。
「うーん、稲はいっぱいあるんだけど、持ち帰れる量考えるとそろそろいっぱいかな?」
琉生がそう教えてくれる。
「俺ももう少しだったら持てるぞ?」
俺は琉生にそう言う。
「どっちにしろ、もう2~3回は来たいかな? 田んぼいっぱいに稲を植えるには1回じゃ全然たりないよ」
琉生が残念そうに言う。
「とりあえず、もう2回くらい稲を集めて流司お兄ちゃんに持ってもらう分確保したら帰る感じかな? 15分くらいで終わるよ」
琉生がそう言って、短い休憩を終わり稲の採取に戻る。
俺も体調は万全ではないが、立ち上がり、一角の隣に並ぶ。
「流司、体調は大丈夫なのか?」
一角が琉生のまわりを警戒しつつ、俺に声をかける。
「ああ、本調子ではないが大丈夫だ」
俺はそう答える。
「『危険感知』のスキルも万能じゃないんだな」
一角が残念そうに言う。
「ああ、さっきから水から跳ねる魚の音だけでも疲労が回復できない状態が続いている。湖の底が見えないくらい濁ってるから変に気が張るようだ」
俺は一角に泣き言を言ってしまう。それだけこのスキルは水と相性が悪いようだ。
「スキル切ればいいだろ?」
一角が独り言のように言う。
「切ったつもりなんだが、ちょくちょく、無意識にスキルが発動してしまっているみたいなんだ」
俺はそう答える。
「流司らしいな。責任感がありすぎるし、心配性なんだよ。私だったら、30分無心で寝て、回復してるぞ」
一角が俺を冷やかすように笑う。
「一角はなんだかんだ言って、アスリートだからな。メンタルの切り替えに慣れているし、メンタル自体強いんだよ。俺はなんだかんだ言っても、一般人だ。こういう状況には弱いって事を痛感したよ」
俺はそう言って笑う。
実際、こいつは弓道で国体に出たこともある、高校の屋上から垂れ幕で表彰されるような奴だったもんな。
「お前らしくないな。一角はアホだから寝られるんだよ。くらいの嫌味を言って欲しかったんだが」
一角がそう言って呆れるように笑う。
こいつなりに心配してくれているんだろう。
「りゅう君、一回作業止めて、湿地から離れて休憩してもいいんだよ?」
明日乃も心配になったのか、俺達に寄ってきてそう言ってくれる。
「まあ、琉生の話だとあと2~3回の作業で今日の作業は終わるらしいから、このまま続けよう」
俺はそう言って明日乃に笑いかける。
そして、湖の方で、チャプンと魚が跳ねる音がする。
どうしてもそっちに気が向いてしまう俺。
そして、いつも見慣れた、危険を察知する緑色の光。
「敵だ!! 琉生、逃げろ」
俺は慌てて叫ぶ。
そして、作業の手を止めて、湖の方を振り返る琉生。
一角も慌てて、水面を確認する。
そして、水面から現れた大量のワーフロッグは粗悪な青銅の槍を大量に投擲する。
完全に対応が遅れた。
琉生に向かって大量の槍が投擲され、琉生に刺さり、琉生が跳ね飛ばされる。
「琉生!!!」
「琉生ちゃん!!!」
俺と明日乃の声が重なる。
「くそっ!」
一角も槍を数本受けて倒れる。
俺は運よく、青銅をの盾を持っていたので、それで槍の投擲を防ぎ、俺の後ろにいた明日乃も無傷で済む。
「明日乃結界だ!」
俺は慌てて叫ぶ。
「結界って、どっちの?」
明日乃の気が動転して俺にそう聞き返す。
「いつもの方だ。琉生に寄って結界を張れ」
俺も慌ててそう説明し直す。
「神よ力をお貸しし給え。『聖域』!!」
明日乃が琉生に駆け寄りながら魔法を詠唱し、結界を張る。一角も姿勢を低くして結界に飛び込む。
「どうしたの? 大丈夫? みんな?」
麗美さんも慌てて駆けつけてくる。
「琉生、しっかりしろ!」
俺はそう言って、沼地に沈んだ琉生を抱き起し結界の中心に引きずる。
一角のステータスを見ると一角のHPも半分近く削られている。琉生のHPは1とステータスがオレンジ色に反転している。
「くそっ、不意を突かれた」
一角がそう言い、咄嗟にスキルを使ったのだろう。毛むくじゃらの狼、獣化義装を纏っている。
「明日乃回復魔法を頼む。琉生大丈夫か? しっかりしろ!!」
俺は敵を無視して琉生の介抱と明日乃への指示に集中する。
「だ、大丈夫、ちょっと痛いけど」
琉生がそう言って笑うが、HPというバリアが切れた状態で槍を何本か受けたのだろう。左の二の腕の辺り、右の太ももの部分の鎖帷子が破損し、痛々しい傷跡が見え、お腹の右の方には浅くだが槍が刺さっている。
作り笑顔も苦しそうに歪んでいる。
「り、りゅう君、槍を抜かないと」
明日乃があたふたしながらそう言う。
「大丈夫よ。致命傷ではないわ。私が琉生ちゃんの槍を抜くから、明日乃ちゃんは急いで回復魔法をかけて。『中回復』で大丈夫だからね」
麗美さんが落ち着いた口調でそう言う。
「琉生、すまない。『危険探知』が水辺で機能しなかった」
俺は敵の索敵が遅れたことを悔やむ。
「じゃあ、明日乃ちゃん、いい? 琉生ちゃん、ちょっと痛いけど我慢してね」
麗美さんが明日乃と琉生にそう声をかけると、一気にお腹に刺さった槍を抜く。
「痛うっ!!」
琉生が俺の腕のなかで、くの字に背を曲げ、目を閉じて痛みをこらえる。
「神よ力をお貸したまえ。『中回復』
明日乃が魔法を詠唱し、明日乃の手からマナの光があふれ、琉生の体が光に包まれる。
「ありがと、明日乃お姉ちゃん」
そう言って弱々しく笑う琉生。
俺は琉生を抱き上げ陸地に上げる。
明日乃の結界が動かせないので、結界から出ない程度で、水のない場所に琉生を寝かせる。
「流司、迎撃するぞ。クロスボウを使え」
一角がそう言って、弓を構え、矢を放つ。
1体のワーフロッグが水の中に倒れ、水面が赤く染まる。
麗美さんもクロスボウに矢の装填を始める。
明日乃は一角にも『回復』の魔法をかける。
ワーフロッグ達による槍の二投目が来るがそれは全て結界に阻まれる。
俺は一投目に琉生に向けられた槍を拾うと、ワーフロッグ1体に向かって全力で投げる。
ワーフロッグの喉元に刺さり、のけ反るように倒れるワーフロッグ。
俺はもう1本槍を拾い、力任せに投げ、もう1体を倒す。
一角も2射、3射と矢を放ちワーフロッグを仕留めていく。麗美さんもクロスボウから矢を発射、1体の顔に深々と矢が刺さる。
「カエルの額を狙ったんだけどね」
麗美さんが残念そうな声でそう言う。
そして、クロスボウに矢を装填し直す。
「グァッ」
「ゲコ、ゲコ」
「ガァ」
ワーフロッグ達が騒ぎ出すと、水中に潜り、そして静かになる。
「逃げた、みたい、だな?」
一角が警戒しながら、そう呟く。
20体以上いたワーフロッグの気配が消える。
俺は慌てて琉生の元に走る。
「琉生、大丈夫か?」
俺は琉生のそばにしゃがむと琉生を抱き寄せ顔を覗き込む。
さっきは真っ青な顔だったが、回復魔法が効いたのだろう血の気は戻りいつもの顔色だ。
「流司お兄ちゃん、琉生、もうダメかも。最後にキスして欲しいな」
琉生が弱々しい声でそう言いつつ、目を瞑り、口を尖らせる。
「そんな冗談が言えるなら、大丈夫だろ」
俺はそう言って琉生を地面に落とす。
「痛いなあ、もう、怪我人なんだよ」
琉生ががっかりした顔で上半身を起こす。
「明日乃ちゃんの回復魔法は凄いわね」
麗美さんが呆れるようにそう言う。
そして、琉生の傷跡を確認していく。
「傷跡も残っていなそうね」
麗美さんが安心した顔でそう言う。
そうだよな。琉生も女の子なんだし、体に傷が残ったら可哀想だもんな。
「流司お兄ちゃんに付けられた心の傷の方が今は痛いよ」
琉生が悲しそうにそう言う。
「キスくらいしてやればいいのに」
一角が呆れ顔でそう言う。
「じゃあ、一角が死にそうになったらキスしてやるからな」
俺はそう言い、一角は嫌な顔をする。
「もう、りゅう君、冗談でも不吉なこと言わないの!」
明日乃が結構本気で怒る。
そうだよな。一つ間違えば琉生も危なかったんだもんな。
俺は真剣な顔に戻る。
「レベルが上がっても、不意打ちと数による攻撃には弱いのね。そこはゲームみたいにはいかないのね」
麗美さんがそう言う。
「でも、レベルが上がってHPが上がっていたおかげで、HPのバリアでたくさんの槍のダメージは防げたよ。レベルが低かったら、致命傷の槍の攻撃も防げなかったよ。あと、青銅の鎧や鎖帷子を着ておいてよかったね」
琉生がそう言って、立ち上がり、鎧についた泥を払う。
琉生は必死に強がっているようだが、顔色は良くない。
下手をすれば死んでいたかもしれない雰囲気だ。
「琉生ちゃん、ドロドロだね。もう帰ろうっか。お風呂入りたいでしょ?」
明日乃が琉生にそう聞く。
そして思い出したように神様にお祈りをし、倒した敵の死骸をマナに還し経験値にする。
「とりあえず、泥はともかく、今日は水に入るのを避けた方がいいかな? また敵が水中から襲ってくるかもしれないし」
琉生がそう言い、背負い籠の整理を始める。
「大丈夫か? 荷物を持てるか?」
俺は不安になって琉生に聞く。
「大丈夫だよ。明日乃お姉ちゃんの回復魔法は凄いから、傷は全くなくなったよ。痛かった記憶やHPが肩代わりした分の痛みは残ってるんだけどね。なんか変な気分だよ」
琉生がそう言って首をかしげる。
まあ、確かに大けがしたら、少しずつ治る。その間痛みも続くのが今までの世界での話だもんな。
「一角、霊獣を頼む。」
俺は一角に頼み、拾ったドロップアイテムなど、俺の荷物を下ろし、弁当と水筒だけとりだす。
一角は俺の行動を理解し、一角も自分の荷物を下ろして、霊獣、光でできた大きなタカの様なものを2体召喚する。
「?」
琉生がもう一度首を傾げる。
一角が琉生の背負い籠を背負い立ち上がり、霊獣が俺と一角の荷物を持って白い橋に向かって飛んでいく。
「琉生、痛みは残っているし、本調子じゃないだろ? おんぶしてやる」
俺はそう言って、琉生に背中を向ける。
みんなも生暖かい目で俺たちを見守りながら、立ち上がり拠点に向かい帰路に着く。
「流司お兄ちゃん、鎧が硬くて痛いよ」
琉生そんな不満をいいながら俺の首にしがみつく。
俺も琉生の青銅の籠手が首にあたり、痛いけどな。
今来た道を戻って、ダンジョンのある広場に戻り、そこから白い橋をめざす感じだ。
ここからワーフロッグの集落の横を横切って帰るルートは危険性が高いし、未踏の湿地の横はこれ以上歩きたくないしな。
そんな感じで、広場に戻り、白い橋のところまで戻り、橋を渡って元の島に帰る。
リザードマンもマーマンも戦力に余裕がないのだろう。伏兵や追い打ちをかけてくる気配はなかった。
そんな感じで、琉生のレベル上げと稲の採取1回目は終わり、拠点への帰路に着く俺達だった。
次話に続く。




