第51話 石鹸を作ろう
【異世界生活 12日目 5:00】
昨日は熊の油づくりと竹かご作りで少し寝るのが遅くなったので、みんな1時間遅れでの起床だ。
麗美さんも珍しく時間通り起きてきたので、氷魔法でクマの油を冷やしてもらい、朝食をとる。
食後、俺は、日課の剣道教室に参加し、熊の油が固まるのを待ち、固まったところで4回目の不純物の除去と油の煮込み。粗熱をとるのを待つ間、ダンジョンに3時間ほど潜ることにする。
「そうだ、流司、帰りに麻の茎採ってきてよ。そろそろ腐り具合いいんじゃない?」
真望にそうお願いされる。
「あと、竹も頼むよ。ツリーハウスはあと2軒作らないといけないし、竹はいくらあっても足りないし」
鈴さんからも頼まれごとをする。
とりあえず、ダンジョンに向かい、いつもの苦戦する3階の途中まで、ダンジョンに潜りレベル上げ。
途中、俺のレベルが上がりレベル13になった。そして、明日乃と琉生もレベル12に。
そのおかげか、3階ももう少し先までいけるようになり、ウサギ型のウッドゴーレムが3体出る手前までいけるようになる。ちょっとの進歩だけどな。
とりあえず、俺の次は一角のスパルタを始める。
俺と一角がもう少し戦えるようになればもう少しだけ先に進めそうだしな。
【異世界生活 12日目 13:00】
ダンジョンでレベル上げ後、泉で水浴び、その後、麻の茎を取りに行く。
そして、琉生に新しい茎も腐らせてもらうが、今回は魔法を弱めにしてもらう。砂糖を作りに北の平原に遠征にいくので1週間近くとりに来られなくなりそうだしな。
帰りに竹も切り、拠点に持ち替える。
空き家になった家を倉庫代わりに使い始めたが、ダンジョンのドロップ品のウサギの皮の在庫が凄い事になってきた。ハンカチ大の毛皮が100枚以上。時間と麻糸があれば着替えがいっぱいできそうだ。
留守番をしていた鈴さんと真望も頑張ってくれたようで、明日からの遠征に持っていく予定の背負いの竹かごもいくつか完成していた。
とりあえず、粗熱のとれた熊の油を麗美さんの氷魔法でもう一度冷やし、昼食をとる。
午後から俺は鈴さんと貝殻を焼いて、石鹸づくりに必要な強アルカリを作る作業だ。ふいご作業など結構重労働らしいので麗美さんにも手伝ってもらう。
明日乃と琉生は真望と合流して竹かご作りを。
一角はレオと塩作りをするらしい。アオとココは荒縄づくりに必要な枯草や薪を集めてくれるらしい。
「真望、悪いけど、熊の油の不純物をとる作業5回目は任せるな。貝を焼く作業がだいぶかかりそうだし」
俺はそう言って、貝を焼く作業に向かう。
俺も色々覚えないと鈴さんの作業が多すぎて色々作業が回らなくなりそうなんだよな。鍛冶に木工、建築、そして高火力の火を使う作業の全般。鈴さんにしかできないことが多すぎて、鈴さんの仕事が多くなりすぎる傾向があるのだ。俺は、鈴さんの助手的な役を積極的に担う。
「じゃあ、貝殻を焼いて生石灰を作ろう」
鈴さんが少し楽しそうにそう言う。
「とりあえず、貝殻は乾かして、細かく砕いてあるし、木炭も砕いてあるから、これを窯に入れればいいわ」
鈴さんがそう言う。
そういえば2~3日前にそんな作業やったな。俺はそんなことを思い出しながら鈴さんの話を聞く。
「窯の一番底に少し大き目の木炭を入れて、空気の流れを良くする。で、その上に細かく砕いた木炭、その上にさらに細かく砕いた貝殻、木炭と貝殻を交互に平らにひいて、交互に層になるように、ミルフィーユ状にしていくの。こうすることで、貝の焼け残りを減らし、不純物も出にくくなるわ。多分だけどね」
鈴さんが最後は適当にそう言う。多分、何かの知識の応用なのだろう。
「それができたら準備完了。窯の一番上に藁や細い枝や薪、燃えやすいものを積んだらそれに火をつけて上から徐々に燃やしていく感じね」
鈴さんはそう言って窯の一番上に、普通のたき火のようなものを作り、いつものたき火から貰ってきた種火で火をつける。魔法で火を着けるのはマナが勿体ないしな。
「で、ここからが、流司と麗美さんの仕事よ。下からふいごで途切れることなく空気を送り続ける。空気を過剰に送ることで普通のたき火の温度より高温の火が得られるの。薪に火をつけるだけのたき火だと1000度弱、800度くらいまでしか上がらないけど、木炭に過剰な空気を送ると1000度を超える熱量が得られるわ。貝殻を完全に化学反応させて生石灰にするには1000度以上の火力が必要なのよね」
鈴さんがそう言い、まずは俺がふいごを動かす作業をする。
ふいごの箱の部分から出た木の棒を前後に押したり引いたりすることで、空気が窯に送られる。押しても引いても空気が送られるよくできた構造になっているな。
俺は感心しながらふいごの作業を続ける。
「流司、いい感じだよ。そんな感じで途切れないように空気を送り続ける。炭の色や火の色もいい感じになってきたよ」
鈴さんが火の色を見ながら褒めてくれる。
鈴さんは大学で建築関係の勉強はもちろん、金属加工の勉強もしたり、刃物を作る工房でバイトというより、弟子入りみたいなこともしたりしていたらしく、火の色でだいたいの温度も分かるそうだ。
というか、ふいごを動かし続ける作業、結構つらいな。軽く筋肉痛になりそうだ。
「流司クン、そろそろ代わるわよ」
麗美さんが優しく声をかけてくれたのでお言葉に甘えて交代し、少し休憩する。
そんな感じで夕方になるまで、窯の木炭が全て燃え尽きるまで俺と麗美さんと鈴さんが交代でふいごを動かし、貝殻を焼く作業をする。
1000度以上の火力なので普通の石や粘土で作った窯は溶けてしまうらしい。
それもあって、火を下からではなく、上からつけて上から徐々に燃やしたそうだ。そうすることで、窯が下から崩壊することはなくなるし、上の方が溶けだしたとしても、必要な生石灰はミルフィーユ状の木炭に保護されて、上の方に残り、下の方には木炭の合間をすり抜けた粘土や石が解けた液状の不純物が残る。
その溶けだした石や粘土はこまめに窯の下から捨ててやる必要もあるらしく、時々、窯の一番下にある穴に棒を突っ込み、穴を広げて、溶けた石や粘土のマグマみたいな液体を捨ててやる。
「そろそろ、いいかしらね? あまり高温で燃やし過ぎても、不純物と生石灰が混ざっちゃうからね」
鈴さんがそう言い、ふいご作業は終了。空気を送るのを止めて、火が消えるのを待つ感じだ。
とりあえず、俺の仕事も終わったので、鈴さんに後を任せて俺と麗美さんはたき火の方に戻る。
「流司、油の方はできたわよ。あとは強アルカリっていうのができたら、油も溶かして、強アルカリと混ぜると石鹸ができるのよね?」
たき火のそばに戻ると真望がそう報告してくれる。
「ああ、貝殻の方もいい感じで焼けたようだ。火が消えて冷めるのを待って、できた生石灰をもとに強アルカリを作れば完成かな?」
俺はそう言い、たき火のまわりで少し休憩する。
「ふいごの作業? 結構疲れたわね」
麗美さんがそう言って笑う。
「ああ、休まずに動かし続けないといけないし、3人で交代とはいえ結構疲れる作業だったな」
俺は麗美さんの意見に同意する。
「りゅう君、背負いかごもいい感じでできたよ」
明日乃が少し自慢げに自分で作ったであろう竹かごを見せてくれる。
竹かごは午前中に真望と鈴さんが作った2個、午後に明日乃と琉生と真望で作った3個、合計5個が出来上がった。
荒縄で太めに編んだ肩紐もいい感じで着けられていて重い物でもしっかり運べそうだ。
生石灰ができるまで、麻糸や麻布作り、荒縄作りなどをして待つことにする。石鹸ができるのは夕食後かな?
俺は、強アルカリを作るのに必要なもう一つの水溶液、灰を水に溶かしたものを作っておく。
とりあえず、火が消えたのを確認した鈴さんも合流して、夕食を食べ、夕食後、作業を再開する。
あたりは真っ暗なのでお祈りポイントを使って明日乃に光魔法を使ってもらう。
真望には熊の油の何割かを温めてもらい液状に。
俺は、夕食前に用意しておいた、たき火から集めておいた灰を水に溶かして少し放置しておいたものの上澄みを回収する。
これは木を燃やしてできた灰に含まれるカリウムを利用して作る少し強めのアルカリだ。灰から水に溶けやすい炭酸カリウム(K₂CO₃)の性質を利用した炭酸カリウム水溶液だ。
鈴さんは先ほど貝殻(CaCO₃)を焼いて作った生石灰(CaO)を水に加え水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)にする。これも強めなアルカリ溶液だ。
「まあ、灰汁、炭酸カリウム水溶液だけでも石鹸は作れるんだけどね。油脂と炭酸カリウムを混ぜてもけん化、ようは石鹸になる化学反応が起きてカリウム石鹸というのができるんだけど、炭酸カリウムみたいなアルカリだとちょっと強さがたりないのよ。けん化がいまいちで、できる石鹸は液体せっけん。カリウムでできたカリウム石鹸は水に溶けやすいのよ。だから固体の石鹸はできないのよね。下手したら、液体せっけんの混ざった油っていう何の役にも立たないものができちゃうかも? ぶっちゃけ、そんな意味の分からないものを作るくらいなら灰汁を洗剤に使う方がましってレベルの液体石鹸ができちゃうかも? だから強いけん化ができて石鹸の含有率を増やせられる強アルカリが必要なの」
化学も得意な麗美さんがそう説明してくれる。
灰汁は体から出た油脂を分解してくれるので古代石鹸替わりに使われていたそうだ。
そして、ここから麗美さんに交代するらしい。
二つの液体を鈴さんからうけとり、
「で、強めのアルカリ炭酸カリウム(K₂CO₃)水溶液と強めのアルカリ水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)を反応させると凄く強いアルカリ(KOH)水溶液ができるわ。しかも副産物のCaCO₃は白い沈殿物として残るから上澄み液をとれば凄く強い強アルカリの出来上がりって感じね」
麗美さんがそう言って二つの水溶液を混ぜてかき混ぜ。放置、上澄み液を別の容器にとり出す。
「流司クン、水酸化カリウム(KOH)は凄く強いアルカリだからタンパクに強い腐食性があるの。肌に付いたりしないように気を付けてね」
麗美さんが笑いながら俺を冷やかす。
結構な危険な劇物らしい。
「最後に真望ちゃんが作った、熊の脂身から作った油と水酸化カリウムを反応させればカリウム石鹸(RCOOK)とグリセリン(C₃H₅(OH)₃)ができるので、それに食塩水を入れると石鹸とグリセリンが分離されて、石鹸分が多い部分は固体になっていく。液体部分(グリセリンと水)を捨てたら石鹸の出来上がりね」
麗美さんがそう説明してくれながら油と強アルカリの水酸化カリウムを混ぜ、よくかき混ぜてから食塩水を加える。
「グリセリン!? それって、分離できないの? 私凄く欲しいんだけど」
突然、真望が飛びついてくる。
真望の話では高純度のグリセリンがあると化粧水が作れるらしい。
「科学的には無理ね。道具とか色々足りなすぎるし。ちょっと色々不純物を含んだグリセリンは化粧水として使うのは怖いわよね」
麗美さんが残念そうに言う。
真望もがっくりと肩を落とす。美容とファッションにうるさい真望らしい反応だ。
「神様にお願いして、お祈りポイントで純粋なグリセリンというか化粧水にしてもらえばどうかな?」
明日乃がそう言う。明日乃もちょっと化粧水と聞いて心惹かれたようだ。
結局、固形石鹸の上澄み液は真望がもらい、お祈りポイント10000ポイントかけて神様から貰った魔法の箱で化粧水にしてもらったらしい。
お祈りポイントが11400ポイントまで減った。
石鹸自体は鈴さんが事前に作っておいた木枠に入れて上から圧力をかけて形成し直し、四角い石鹸らしい石鹸が出来上がる。
まあ、女の子達が喜んだので良しとしよう。
化粧品とかもそろそろ作ってあげないとダメだよな。秘書子さんの話だと、椿油とかかな?
とりあえず、こうして真望や女の子達が欲しがった石鹸ができあがり、残った熊の油も傷薬の軟膏として役立つことになった。おまけで、化粧水という真望が大喜びする代物もできあがった。
次話に続く。
【改訂部分】これも一話丸々新しい話です。66話あたりを切り貼りして作った感じです。なので65話と66話あたりは改訂後スキップされそうです。
サバイバル小説や漫画で結構簡単に石鹸を作る話が出ることが多いですが、結構難しいんですよ。
ナトリウム石鹸は炭酸ナトリウム(NaCO₃)を作るのが難しい。ヨーロッパの特定の地域に生えている海藻を焼くとできるらしいですが、その海藻を見つけるのが難しい。わかめや昆布、普通の海藻で同じことができるかというと怪しいところです。あとは電気分解で水酸化ナトリウム(NaOH)を作るって話になるわけですが、そもそも電気を作るのが大変だし、電気を作る為に必要な銅線がまず低文明では作れないでしょうね・・・。プラチナ電極か金の電極も必要でしょうし・・・。あとは偶然トロナ鉱山(炭酸ナトリウムが固まってできた鉱石)を見つけたとかいうミラクルを起こすしかないかなw
で、それより簡単な灰汁でできるカリウム石鹸を作ろうとすると、カリウム石鹸は水溶性が高く、液体石鹸しかできないんですよね。特に本文でもあるとおり灰汁(K₂CO₃)のような少し強めなアルカリくらいで作るとけん化が弱すぎて液体せっけんになってしまいます。というより素人が作ったら、油脂に液体せっけんが混ざった、産業廃棄物みたいなものができてしまうかもw
ただ、カリウム石鹸もけん化率を上げて水に対し30%以上の石鹸率に上げると固体としてとり出すことができます。
そんな感じでこの小説では強アルカリの水酸化カリウム(KOH)を作っています。
ただし、この方法でも固形石鹸になる条件、水に対して30%の石鹸率というのをクリアできているかは怪しいところですw まあ、できたことにしてやってくださいw
(24年1月1日)
明日乃と琉生の経験値を計算間違いしていました。
修正してレベル12になりました。




