九 政治家と記者
「今日も囲まれてますよ、この国会をぐるりと一周」
黒縁眼鏡の新聞記者が、緑茶を注ぎながら議員に伝える。
「二十万人も集まってるそうですよ。参政権を与えろと、シュプレヒコールをあげています。やはり、年齢加算を禁じるという法令は、無理があったんじゃないですか?」
「馬鹿なことを言うな。それじゃあキミ、外見上五歳の幼児に、投票用紙を配らねばならん。あの法令は、社会秩序を保つために必要不可欠なもんだった。それくらい君も分かるだろ」
そうでかすねえ、と記者は明確な回答を避けた。
記者の前に座る議員は、ソファーに体を沈めながら、プカプカとタバコの煙を吐き続けている。この杉野昭造は当選回数二十五回を数える、衆院のドンと仇名される老人だった。年齢は百をゆうに超えているが、見た目は七十歳程度。丸々と太った体型も、老人を若く見せる要素のひとつだ。
「しかし、西本君も私に張り付いて何年になる? もう二十年は付き合ってるような気がするんだがね」
タバコの先を記者へと向けて、老人は尋ねる。
「いつも同じ顔ですみません。奇麗どころの女記者とでも替わりたいところなんですが、先生の相手を務まるほどの人材がいないんですよ」
「しかし、二十年も番記者やって、いっこうに出世しないんだな」
「仕方ありません。上が詰まっているので、ポストが空かないんですよ。僕だって、外の連中みたいにシュプレヒコールあげたいですよ」
外見は二十四、五歳にしか見えない記者が嘆いた。
「それで、今日は何を聞きたいんだ?」
「先生はエリカってご存じですよね」
「ああ、『若年者主導連合』とかいう団体のリーダーだろ。テレビで見たが、なかなか可愛らしい娘じゃないか。ああゆう見栄えする娘は、君らマスコミはアイドル扱いなんだろ」
「非公認の写真集まで売られていますからね。でも、あの団体最近きな臭いんですよ。一向に先生方が話し合いに応じようとしないので、終いにはクーデターを起こすだなんて噂もあります」
老人は煙と同時に笑いをこぼした。
「クーデターとは穏やかじゃないな。でもね西本君、彼らは結局子供なんだよ。いくら経験を積もうが、見た目が子供ならばその扱われ方も子供なんだよ。それが秩序というものだ。我々は彼らに選挙権を与えないわけじゃない。エリクシルの服用を止め、ちゃんと成人して、その検査を受けたのならば、誰隔てなく平等に選挙権は与えられる。彼らは自らそれを拒否しているのだよ」
「でも先生、実年齢の遺伝的測定はプライバシーの侵害だなんて声も聞こえてきますが」
「なにがプライバシーの侵害かね。こうした世の中になってしまったんだから、仕方のないことでしょうが」
政治家は緑茶を一気に喉へと流し込むと、乱暴な音を立てて机に置いた。
「実は先生、今日は取材ではないんですよ。先日我が社に対して、エリカが接触してきました。そして、非公開で構わないので、政界のドンである杉野先生と直接話し合いの場を設けてくれないか、と要求してきたんです。どうです先生、ここはひとつ長い付き合いの私の顔を立てて、一度エリカと会ってくれまんせかね。もちろん、都合の悪いような流れになれば、記事にはしません。でも、この混乱が収まるような兆しが見えれば、スクープとして書かせてもらいます。そうなれば、政界での先生の株も上がるでしょう」
西本は時代錯誤の鉛筆を舐めながら、老獪な議員の反応を窺っていた。