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六 演説

 パラケルススが国連会議場にスイス大統領に導かれて登場した瞬間は、ありとあらゆるメディアにより世界中の人々に伝えられた。彼の登場は既に伝えられていた。そのため、真夜中の時間帯となる地球の裏側の人々でさえ、その瞬間を固唾を飲んで見守っていた。


 人々の前に現れたパラケルススは、七十歳は越えていると思われる白髪の老人であったが、長身で姿勢が良く、空のような澄んだ青い瞳を持っていた。


 老人は演台に立ち、各国の指導者、次いで無数のカメラを見渡したのち、よく通る声で世界に対して語り出した。


「先ず、この世界に混乱をもたらせたことを謝罪します。多くの不幸な事件が各地で発生したのは、私の責任であると認識しております。大切な人を失った遺族に対して、謝意を表したいと思います。しかし、私はエリクシルという希望ある秘薬を、世に出さずにはいられなかった。世界を混乱させるということは十分予測していました。正規ルートにて発表しなかった理由は、この発明があまりに人類社会に対しての影響が大きいことから、権力により握りつぶされてしまうことを恐れたためです。現に、ステイと呼ばれていたエリクシルを、各国は禁止していました。麻薬ではない、人をより健康にする、健康を維持するためのものであるのに、各国の政府はそれを禁じたのです。しかしエリクシルは、人類の新たな飛躍に繋がる希望であります。文明の発達とは何であったか。私はをれを『解放の連続』であると考えます。家を作ることで風雨に晒されることから解放され、農耕を営むことで飢餓の恐怖より解放され、文字と紙により忘却することから解放され、船・車・飛行機の発明により距離的空間を克服し、ロケットにより地球からも解放されようとしている。また産業の機械化により重労働から解放され、様々な特効薬の開発から病からも解放され、コンピューターの普及により煩雑な計算からも解放された。そしてエリクシルは新たな解放であります。『老化』という、シッダールタの時代以前より人々を悩ませ続けていた難題から、エリクシルは我々を解放してくれるのです。中国の始皇帝が、中世ヨーロッパの錬金術師たちが、この地上に生まれ落ちた全ての人間が求め続けた永遠の命が実現するのです。これにより、人類社会は新たな一歩を踏み出すことになるでしょう。私はエリクシルを低価格で皆さんに提供することを約束します。金持ちだけが手にすることができる特権ではなく、ドラッグストアで誰もが購入できる価格帯にて、広く世間に流通させることを約束します。その代り、この秘薬の製法は公表いたしません。永遠という時間を手にしようとしているこの社会において、期限のある特許という特権は意味を持たなくなります。私のエゴでありますが、――あえて自ら言いましょう――この偉大な業績を、他人に譲る気はありません。それでも、世界中の人々の手にエリクシルが行き渡ることだけは約束します。各国の指導者の皆さん、この私の約束を守るため協力してください。私はこれから、南極大陸に巨大なものとなるエリクシル生産工場の建築を開始します。なぜ南極かといいますと、エリクシルが特定の国家に利益を生まぬようにするためです。この建築に妨害がなされぬよう、各国の指導者の皆さんには、互いに監視し合うことを求めます。仮に私に対して敵対行為を見せる国・組織が現れたなら、私はその敵に対して徹底的に報復することを、ここに宣言します」


 老人の演説が終わると、国連会議場は実に一分間、完全な静寂に包まれた。皆実感を持つことができなかったのだ。永遠の命というものを、自分たちが得ることになるという、心構えができていなかった。


 しかし次の瞬間、会議場には爆発したような混乱が生じていた。各国の指導者たちをはじめ、会議場に詰め込まれていた記者たちが、一斉にパラケルススに対しての質問を発したためだった。この混乱を治める立場であった事務総長自身が質問を投げかけていたため、場内が落ち着きを取り戻すまでに半時間を要することとなる。混乱は、パラケルススがエリクシルの技術的な問題を除き、そして時間が許す限り質問に答えると人々に伝えることで収拾された。



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