四三 人生で重要なのは長さではなく、どう生きたかだ
城島は故郷である日本に帰っていた。
人類社会が不老でなくなったいま、彼と彼の父親が所属していたコミュニティは存在意義を失い、メンバーは皆、自分たちが元いた社会へと帰っていった。
城島は建築現場の仕事を得、毎日汗を流している。
中年の彼の体に現場労働はこたえたが、体を動かすことで、生きているという実感を得ることができた。
仕事を終えくたくたに披露した城島は、狭いアパートで缶ビールを飲みながら世界中のニュースを眺める。帰国してから、毎晩欠かさぬ日課であった。
先の戦争の犯罪者であるメガラニカの指導者たちが、毎日世界のどこかで拘束されている。終戦後一年間、テレビのニュース番組と新聞紙面は、その八割が戦争犯罪人で占められていた。そして、最大の犯罪人であるエリカは、まだ見つかっていなかった。
城島は、最後に見た姉の顔を思い出す。存在意義を失った国のトップは、最後の最後で希望を失い、絶望の淵にあった。城島の声は届かず、エリカは一人、南極の雪原の中へと消えていった。城島は、姉を捕まえることができなかった。戦犯としてのエリカの罪は、どんな弁護士がついたとしても、極刑を免れないであろうことは明白だった。あのときエリカを力ずくで押しとどめることは、そのまま死刑台に上らせる行為に等しかったのだ。何年も離れて暮らした姉と弟で、少女のままの姉と中年となった弟でもあったが、血を分けた実の姉の命が、たとえ僅かな時間であっても長くあって欲しいと城島は願った。
≪日本時間の今日午後八時頃、シドニーにおいて潜伏していた、メガラニカの指導者がオーストラリア警察により逮捕拘束されました。逮捕されたのはメガラニカにおいて軍事的指導者の一人であったムスターファ中将、本名ムスターファ・アリです。彼は先の戦争末期において太平洋艦隊の提督として……≫
テレビ画面には、ウベク元帥へとナイフを渡した、あのニキビ面の少年の写真が映し出されていた。繁華街にたむろする不良少年のリーダーのような風貌に、変化は見られなかった。
≪ムスターファ・アリの逮捕により、連合軍が手配し未だ逃亡を続けているA級戦犯の数は残り三名となりました。メガラニカの独裁官として手配リストのトップに名が記されているエリカは、この三名の一人であります≫
エリカの整った顔が、画面いっぱいに映し出される。
残り少なくなっていた缶ビールを呷り、城島はテレビの電源を消そうとリモコンを手に持つ。
≪では次のニュースです。先の大戦で最大の戦闘が行われたメキシコシティにおいて、世界の首脳が一堂に集い、命を落とした兵士たちの追悼式典が催されました。十万人以上の市民が参加し、様々な宗教家がその垣根を越えた祈りを捧げました≫
画面は端正な顔立ちの女性ニュースキャスターの画像から、巨大なモニュメントがそびえ建ち、その周りを無数の群衆が囲っている映像に変わる。
カメラは、涙を流し祈りを捧げる多種多様な人種をひとりひとり映し出していた。
城島が手にしていたリモコンが滑り落ちる。
「サルバドール……」
画面には、確かにメガラニカの廃墟で出会った、あの少年が映っていた。忘れることのできない褐色の肌が、画面上を流れてゆく。そして、更に城島は驚かされる。
「姉さん……」
イスラム教徒の女性のように、顔をスカーフで覆ってはいたが、その間から覗かれる瞳と鼻筋は、紛れもなくエリカのものであった。エリカはサルバドールの隣で、必死に祈っていた。
カメラは移動を続け、エリカは見えなくなる。
雪原へと去ったエリカは、その後サルバドールに救われたのだろうか。救いを求められたサルバドールに、どのような心境の変化があったのかは分からない。そして、何故二人が行動を共にしているのかも分からない。それでも、城島は姉が生きていることを素直に喜ぶことができた。
「よかったなあ、姉さん」
全く関係のない画面に向かい、城島は語りかける。
「変わっていない。姉さんは、一年前と比べて、まったく変わっていなかった」
姉は、エリクシルを与えられているのだろうと、城島は確信していた。何千何百年と生きてきたサルバドールは、仲間を欲していたのだろうか。吸血鬼が下僕を得るように、エリカは囚われたのではなかろうか。城島の喜びは黒い霧に包まれるように消え去っていた。
「……どちらにせよ、姉さんが選んだ生き方なのだろうね」
電源を落とした暗い画面に向かい、城島は再度呟いた。
城島はふと、一人の少女を思い出す。プロジェリア症候群、または早老病と呼ばれる症状を持って生まれた少女。老化が常人の十倍で進み、ほとんどが十代で命を失う病。その病をもった少女の言葉。
『人生で重要なのは長さではなく、どう生きたかだ』
エリカは、彼女と正反対の生き方をしようとしている。
長い長い、永遠かもしれない長い人生を、エリカは価値あるものとすることができるのだろうか。
城島にはその答えなど分からない。
答えを知るには、城島に与えられた時間は短過ぎる。
了
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
プロットを定めず、設定だけ構想し、あとは世界と人物の動きに任せるつもりで書き終えました。話の展開リズムが不安定なのはそのせいです。
科学的におかしな点も多々あるかもしれませんが、是非感想を教えてください。




