四二 そんなもの要るか
「もうしばらくの間、僕は人類を見守ることに徹する。もうすこし、人間が成熟するまで、百年でも、千年でも待とう」
サルバドールは背を向けて、姉弟のもとから去ろうとする。その足に、エリカは再びすがりついた。
「お願いします。見捨てないでください。もう一度、もう一度だけチャンスをください。お願いします」
恥も外聞もなく、エリカは泣き叫びながら、少年にすがった。
「老人たちがいけないのです。世界の老害がなければ、我らはあなたのご期待に添える、新たな段階を生きる人間に進化できたはずなのです。我らだけに不老の技をお恵みくだされば、あとは時間が解決してくれます。戦争などしなくとも、老人たちは死ぬのですから」
サルバドールはエリカを乱暴に蹴り飛ばした。
「その次はどうするんだ? 老人を滅ぼした次は。次は、十歳以上と未満で争うのか。そうなるだろうな。君たちも同じだ。僕のプレゼントを受ける資格なんかない。未熟だ」
蹴倒されたエリカは、床に伏して声をあげて泣いた。その姿は、ただの少女でしかなかった。城島が遠い記憶に思い出すことができる、幼き姉の姿が再現されていた。
「姉さん、悪い夢だったんだ。もう、全て終わったんだよ。俺といっしょに、元の世界に帰ろう」
城島は小さな肩を抱き寄せたが、少女の嗚咽は止まることがなかった。
「あなたなら、資格があるかもしれない」
少年の言葉に、城島は顔を上げる。サルバドールの真剣な眼差しが、城島をとらえていた。
「世界中がエリクシルに舞い上がっていたときも、あなた方は自分の生き方を失わなかった。あなた方は『老化』を超越した存在となっていた。永遠の命が手に入るのに、そうしようとはしなかった。『死』すらも超越していた。そんな成熟したあなた方ならば、僕のプレゼントを受ける資格がある。あなた方にならエリクシルを提供……」
「そんなもの要るか!」
サルバドールが言い終える前に、城島はその申し入れを強く拒否していた。
「あの村の誰一人として、そんな薬は欲しない。もちろん俺も、欲しない」
城島に拒絶されることは想定内であったのか、サルバドールは穏やかな顔のまま、中年の男を見つめている。
「おまえは何様のつもりだ。何年生きてきたのか知らんが、神にでもなったつもりか。おまえの思い通りになんかならない。俺も、仲間も、そしてこの世界も。勝手なことばかり言いやがって。何が成熟していないだ。何がプレゼントを受け取る資格がないだ。世界はおまえのために廻っているんじゃない。ただ、あるがままに進んでゆくだけだ。余計なことをするな。俺たちに、手を出すな」
城島がどなり散らしている間に、いつしかサルバドールは霧のように消えていた。本当にそんな少年がいたのか疑いたくなるほど、忽然と、そして完全に消え去っていた。
ただ、エリカの涙はもう止まっていた。