四一 アセンション
「何故です? 私たちを見捨てないでください」
エリカはサルバドールにすがりつく。
城島は少年の言葉を、全て鵜呑みすることはできずにいた。少年は確かに不可思議な雰囲気を漂わせてはいるが、それだけで数千年を生きてきたなどという、途方もない夢物語を信じることはできなかった。
しかし、エリカはこの僅かな時間で、すっかりとサルバドールに取り込まれてしまっていた。溺れる者は藁をもつかむ。遥か昔に聞いた言葉が、城島の頭に浮かんだ。
「人類は、僕のプレゼントを受け取るには、まだ未熟だったということだ」
サルバドールはエリカの手を払いのける。
「人類はステージを上げることができたはずだった。より高度な次元に進み、新たな種として、進化を遂げるはずだった。しかし、思いのほか人間は幼く、返って人類は退化してしまった。実に残念な結果だよ」
サルバドールは、ふてくされた少年となっていた。頬を膨らませ、視線は斜め上を向いている。
そんな少年の姿を見て、まだ信じてはいないはずの城島に、爆発しそうな怒りが込みあがった。
「残念な結果だと? ふざけるな! そんな子供の遊びのせいで、いったい何人の人間が死んだと思ってるんだ」
思わず手が出ていた。その手は、少年の顎を殴り飛ばす、はずだった。
少年は僅かに体を後ろに反らすだけで、城島の拳をかわした。
「ほらね。人は未熟なんだ。気に入らないことがあれば、すぐに暴力に訴える。この数年の世界情勢と、全く同じことだよ。自分の主張、利益を守るため、力で相手をねじ伏せようとする。もう飽き飽きしてきた」
城島は諦めず、少年に向かい拳をふるい続けた。しかし拳は、かすることもできない。
「皆、愚か者だった。アレクサンドロスも始皇帝もカエサルも、テムジンもチムールも、ナポレオンもヒトラーも、誰もが愚かだった。皆、同じことの繰り返しばかりだ。滅ぼし、滅ぼされる。歴史は繰り返され続けていたのに、誰も過去から学ぼうとしない。二つの世界大戦を経て、比較的ではあるが争いが収まりつつあると見た僕は、ようやく人類が僕のプレゼントを受け取ることができる段階に達してきていると判断した。しかし、間違いだった」
城島の攻撃をかわしつつ、サルバドールは語り続けた。息を切らせているのは、城島だけだった。
「沢山……沢山人が死んだんだぞ。心は、痛まないのか」
疲れ切った城島は、しゃがみこんでいた。
「人の死に心を痛ませていたら、僕はこうして生きてはいない。多過ぎる死を見続けてきたんだから」
静かな口調だったが、サルバドールの声は無限の悲しみを帯びていた。その言葉を耳にした城島は、いつしか彼の言葉を信じるようになっていた。