三三 きっと後悔する
軍艦の中とは思えぬほど、その室内は広々としたものだった。ゆうに二十人は同時に座ることができる長テーブルが中央に置かれており、その上座の背後には、壁一面を覆う世界地図が貼り付けられている。その地図上には、これみよがしにメガラニカがこれまで占領した南半球の地域が、赤々と塗りつぶされていた。
「よくおいで下さいましたね元帥。どうぞお掛け下さい」
長テーブルのちょうど中央に、エリカは座っていた。
言葉は丁寧であったが、彼女は腰かけたまま、手の動作だけで客が座るように促した。
「こちらこそ、お招きいただき恐縮です独裁官閣下。今日はまさに、人類社会全体にとっての吉日。署名する前にワインで乾杯でもしたい気分ですな」
ウベク元帥がその巨体を、エリカの正面に沈めた。城島はその右隣、児玉は左隣に座る。
城島の目の前には、自然なものではない赤色の髪をしたニキビ面の少年がいる。名前までは思い出せなかったが、その少年がメガラニカの軍事的指導者あることを、城島は新聞で見て知っていた。一方児玉の前には、北欧系の美しい少女が座る。彼女は確か、財務大臣に相当する地位があったはずだと、城島おぼろげな記憶をたどった。
「あいにく、我が国では酒をたしなむ習慣がございません。ご要望には応えかねます」
「もちろん冗談ですよ。未成年者に酒など飲ませられませんしな。しかし、あなた方は冗談が通じなさすぎる。若さ故の欠点ですよ。しかし、歴史的な条約締結のはずですが、新聞記者の一人もいないのは、どうも寂しい気もしますな」
「体裁にこだわるのは、老人の欠点ですよ元帥」
不毛な厭味の応戦が繰り返されるのを避けるべく、児玉が二人の間に割って入る。
「独裁官閣下。こちらの条件である『あの方』が見当たらないのですが」
ニキビ面の少年が、不満気に児玉を睨みつけた。
「パラケルスス氏が何故この場に呼ばれているのか、俺はまだ納得できねえな」
一国の指導者の一人というより、夜の繁華街を牛耳る不良たちのリーダーといった風貌の少年が吠えた。しかし、エリカは涼しげな顔でニキビ面を制する。
「こちらの条件を飲ませる代わりなのよ。いい加減に諦めなさい」
エリカに命じられるた少年は、聞こえるように舌打ちながら、先ほど城島たちを案内した中佐にあごで指示を出す。
「何かおかしい。きっと後悔するぜ」
ニキビ面の少年は、エリカの耳元でそうささやいたが、彼女は聞こえぬかのように顔色を変えることがなかった。