三十 停戦の条件
「極めて客観的に分析しても、戦局は膠着している。それでも、中長期的に見れば、こちらが元気な分我が方に有利に傾くであろう、ということは、あなたも理解しているでしょう。その上で、老人たちは条件を出そうというわけ?」
少女は腕と足を組み、向い側に座る中年の弟を叱りつけるように語った。
「苦しい立場はお互い様じゃないかな。そちらの前線には補給が行き渡らなくなっているという話も聞いているよ。何しろ姉さんたちは、世界を相手に戦っているのだから、体力的に厳しいのはこのメガラニカの方でしょう」
交差した腕の上で、エリカの人差し指が小刻みに動く。何かを思い悩んだときの癖は相変わらずだと、歳老いた弟は気がついた。
「いいわ、一応だけど、話を聞いてあげる」
「たいしたことのない条件だよ。連合国が提示する唯一の停戦条件は、その条約調印の場にパラケルススを同席させるということ、ただそれだけだ」
「パラケルススを? 何故?」
「彼がメガラニカを支援していることが、ここまで戦争を拡大させたのだから当然だろ。彼の同意が得られないことには、再び戦火が拡大してしまう。それを避けるためにも、条約にはパラケルススのサインが必要だと、連合国では考えているんだ」
「彼の支援がなくなれば、この国は簡単に滅ぼせるとでも考えているのかしら」
「まさか、そんな下心はないよ」
「どうかしら、老人は狡猾だから」
「第一、パラケルススに署名してもらう案件は、単に停戦の受諾に関するものだけだよ。彼がメガラニカを支援すること自体に、否をいうものではない」
足を組み換え、エリカは再び人差し指を動かす。その一定のリズムは、実に五分以上続いた。
「教えてあげる。この国は、当初はパラケルススの支援を受けて成り立ったけれども、今では完全に自立しているわ。だから、たとえ彼の支援がなくなったところで、大勢に影響することはないの」
それは事実だった。国として膨大な借金をパラケルススに対して抱えてはいたが、いざとなればそんなものは捨て去ることもできた。世界を相手に戦争している今となっては、経済的な信用などどうでもいいことなのだ。食糧、軍事などの諸工場は既に稼働しており、その資材も南半球を制覇したことで確保するルートを手にしている。この新しい国にとって、パラケルススはエリクシルを供給してもらうだけの存在となっていた。
「こちら側の条件は、後日伝えるわ。それを全て吞めるのならば、サインしましょう」
「エリクシルは今でも全世界に供給されているけど、連合国側とパラケルススとのコンタクトは取れなくなっているらしいよ。連絡は……」
「それは、私から伝える」
エリカは颯爽と立ち上がり、別れの言葉もなく部屋を出て行った。
こうして、三十五年ぶりとなる姉と弟の邂逅は終わった。