二九 使者の使命
「エリクシルを飲んでいれば、『死』なんてものは克服できたのに。本当に馬鹿な人ね」
父が死んだことを告げても、それ以上エリカの反応を求めることはできなかった。
「悲しくはないの?」
「今からでも遅過ぎることもない。裕輔も飲み始めなさい」
なにも今更、姉が顔を覆い嗚咽することを城島は求めてはいない。それでも、哀悼の言葉くらいは聞きたかった。
不満気な弟の気持ちを、聡明な独裁官は察した。
「この国は、若いというだけではなく、家族を棄てることで国民たる資格を持つのよ。その指導者である私が、父親の死を悲しむとでも思っているの?」
「俺が死んでも、何も感じないのか」
「感じないわ。おそらくね」
どこか自信がなさそうなエリカの声は、城島が描く理想が見せた幻聴か。
「ところで、どうやったか知らないけど、あなた連合国の正使という肩書を持ってるのね。それで、いったい何を伝えに来たのかしら」
城島は自分に与えられた使命を思い出す。今後の人類、つまり城島の子供たちの将来に関わる重大な使命を。
「停戦だよ」
「やっぱりね」
エリカはつまらなそうに、短く息を吐く。
「そろそろ老人達はそう動くと見ていたわ。まさかその使者に、裕輔が選ばれるとは思ってなかったけど」
「もう無駄な血を流すことはないだろ」
「そんなことは重々承知してるの。第一、戦争を始めたのは老人達なのよ。勝手に始めておいて、もう止めましょうってのは、ちょっと虫が良すぎない? 老人はやはり、頑固で身勝手だわ」
「先に手を出したのはメガラニカだ」
「そのような状況に陥らさせたのは大人たちよ」
「一人残らず老人を滅ぼすまで、戦争を止める気はないのか」
「理想を言えば、そのとおり。でも私は、そこまで徹底するつもりはない。軍部には一部暴走している輩もいるけど、今の私なら抑え込むこともできる」
「ならば、停戦には合意してくれるのかい?」
「山ほどある条件を、連合国が飲む準備があるならね」
「条件はこっちにもあるよ」
エリカの眼の色が変わった。その瞳には、昔見た優しい姉の面影はなく、狡猾な政治家の冷たい輝きが浮かんでいた。