二六 理由
児玉は身を乗り出して、一際大きな声で語った。
「人類が退廃の底へと沈むことを防げるのは、あなただけなんです」
分厚いレンズの奥に見える瞳には、涙がたっぷりと浮かんでいた。その表情は、自分の言葉に酔った結果だろうと城島は判断したが、最後まで話を聞いてやらねばならないという気持ちには至っていた。
「俺に何ができるというんだ。そして、誰を殺そうとしてるんだ」
「暗殺対象は『ピーター・パン』。この人物を一人殺めるだけで、人類は救われます」
ピーター・パンは永遠の少年。城島はただそれだけを連想した。
この世界の若者たち、とりわけメガラニカの国民は、皆ピーター・パンだということもできるだろう。
しかし、児玉は一人だけと言っている。
「誰のことを言っているんだ。そんな比喩では分からん」
「それを教えるのは、あなたから明確な回答を得てからです。人類を救済するために、暗殺に手を貸すという回答をもらいたい」
児玉の言葉には、否定すればこの場で殺す、という気概が込められている。
この男は実は単なる狂人ではないのか、という疑問が城島の脳裏に浮かんだ。しかし、単なる悪ふざけで、こんな山奥にまで足を運ぶわけがなかった。
「ひとつだけ教えてくれ。何でそれは俺しかできないんだ。さっきも言ったとおり、俺には何も取り柄なんかない。ライフルだって下手くそだし、ナイフを使って木を削っていても、いつも指先を切って血をながしてしまう、そんな不器用な男なんだよ俺は」
「その血です」
児玉の答えは、まるきり意味が分からなかった。
「血だと言ったんです。あなたの体に流れている血こそが、我々が目指す暗殺を、唯一成功させることができる理由です」
理解しきれていない城島を無視するように、児玉は言葉を続ける。
「このままでは、間違いなく人類は滅亡してしまいます。そうなってもあなたは平気なんですか? 今のように、山の中で暮らし続けるだけですか? 我関せずと、世界が滅ぶ様を遠くから眺めるつもりですか?」
児玉が指摘するとおり、城島は世を捨てた。不老化した世界を嫌い、外部社会との関係を絶った存在だった。
しかし、人類が滅ぶと言われた時、この村を去った二人の子供の顔が脳裏に浮かんでしまった。
人並みの幸せ、人並みの生活を求め、この貧しい村を出て行った長女と次男。
生きる道は違えたが、彼は今でも子供たちを愛していた。