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二五 破滅への工程

「ありきたりの言葉に聞こえるかもしれないが、限りある人生の方が、その瞬間瞬間を充実して過ごすことができると俺は判断した」


 児玉は片方の眉を上げ、続く言葉を促している。


「実は俺も、一年間ほどこの村を出て、不老の社会で過ごしたことがある。エリクシルに手は出さなかったが、歳を重ねることを否定した人々と共に暮らした。たった一年という期間だったが、そこで俺が感じたことは、周りが全く変わらないということだった。この村の住人は常に変化している。それは、老いるということばかりじゃない。仲が悪くなり疎遠になったり、逆に犬猿の間柄だった者と親しくなったり、太ったり痩せたり、明るかったり落ち込んだり、人々は、俺の周りの環境は変わり続けている。だが、不老化した社会では、そうした変化が全く感じられなかった。悪くなりもしなければ、良くなることもない。完全に停止した社会がそこにあった。そんな社会に、生きる価値なんかないと、俺は感じたんだ」


 何故か児玉に対して言い訳を続けているような錯覚に陥り、城島は僅かに自分を恥じた。しかし、自分の生き方を、父と共に選び歩んだこの生き方には誇りを持っている。


「そのとおりですよ」


 児玉は目を輝かせて叫んでいた。


「城島さん、あんたは正しい。まったくもって正しい」


 興奮した様子で、城島は肩を何度も叩かれていた。


「私が所属する組織は、今城島さんがおっしゃったことと同じ印象を社会に対して抱いています。この不老化した社会は停滞しているのです。その最たるものが、技術の発達に見られます。三十年前と現在では、殆ど社会は発展していないのです。新たな発明や発見がなされていない。十九世紀から二十世紀にかけて急速に進んだ技術革新は、不老化により急ブレーキをかけられたに等しい。僅かに合理化という観点から、既存技術の改良は行わましたが、人類社会は足踏みを続けているのです」


 児玉の額には再び大粒の汗が浮かんでいた。汗を拭うことも忘れ、口角泡を飛ばし喋る。


「科学技術だけじゃあない。今日本に帰ってごらんなさい。あなたが三十五年前に見た景色と、殆ど変らぬ街並みが見れるでしょう。私がエリクシルを飲む前は、町は日々変わっていた。数年離れた町は、ほぼ別世界と呼べるほど変貌していた。新しい店ができたり、なじみの店が潰れていたりね。しかし、不老化した社会は全く変わらない。変わろうとしないのです。人々は不老化したことが変化だと信じていますが、実は世界の時間が停止したに過ぎないのです」


 児玉はそこでようやく息をつき、額の汗をハンカチで拭った。興奮は治まり、声のトーンを一段下げて児玉は続ける。


「このまま不老社会が続けば、近い内に人類は滅ぶと、私の組織は予想しています。今世界で起きている若者と老人の戦争などは、滅びの始まりでしかありません。戦争はいずれ終わるでしょう。勝敗なんかは無意味です。そして、その次に来るのは底の見えない倦怠です。退廃的な世界の到来です。この段階に至ったとき、人々は自ら死を選ぶと、私たちは予想しています。人生にリミットがなくなると、人は目的も同時に失います。何をしよう、何かを得ようという気力が生まれないのです。何しろ、永遠の生があるのですから、全ては後回しにすることができる。そして、それをする意味もなくなる。失恋しても構わない、人生は永遠なのだから。事業に失敗してもいい、人生は永遠なのだから。犯罪を犯しても構わない、人生は永遠なのだからやり直しがきく。そして、いつしか気づくのです、何もしなくてもいい、と」


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