二四 その方が幸せになれる
「あんた、何か勘違いしてるんじゃないか」
暗殺などという思いもしない言葉に、城島は狼狽した。
「俺の親父は殆ど寝たきりだった老人だぞ。その上世捨て人だ。その前は日本で小学校の教師だった。あんたがいる血生臭い世界とは、最もかけ離れた住人だ。つまらん冗談はやめてくれ」
終いに城島は怒鳴っていた。しかし、児玉は笑みを絶やさない。
「私も、お父様自身にその仕事を頼んでいたわけじゃありません。実行してもらうのは貴方です。城島裕輔さん」
「俺に?」
突然自分に向けられた矛先に、城島は一瞬言葉を失った。しかし、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いをこぼす。
「俺だって親父と同じだ。世捨て人の中年だ。この小さな村で芋を造って暮らしてきた。まあ、たまにはライフルをもって鳥を撃つことはあるがな、その腕前も仲間内じゃあ下手な方だ。もちろん、人を殺すだなんてことはできっこない」
城島は笑うことを止め、児玉を睨みつけ言葉を続ける。
「第一、あんたが何者だろうと、そんな無茶苦茶な依頼を受けるいわれはない」
児玉は眼鏡を外し、そのレンズに浮かんだ油をハンカチで拭いはじめる。分厚いレンズに隠されていたその両眼は、思いのほか鋭く光っていた。
「どうしても、あなたにお願いしなければならないのです。言い換えれば、あなたにしかできない仕事なんですよ」
再び眼鏡をかけた児玉は、温和な表情を取り戻していた。
「先ずご説明しておかねばならないことがあります。私はその名刺にあるように、軍人です。しかしこの依頼は、軍の上層部から命じられたものではありません。軍とは別に、私はある組織に属しています。その組織は、お父上が作られたこの村のように、不老化した社会を否定する立場にあります。ええ、ご察しのとおり私もエリクシルを服用している者の一人です。矛盾してるじゃないかと疑われるのはごもっとも。しかし、私はこの村の人々のように強い人間ではありません。目の前にご馳走を並べられたら、よだれが出てしまうのです。のどが渇いているとき冷たい水を差し出されれば、迷わず飲んでしまうのです。それに毒が混ぜられていようが、後から法外な値段を要求されようが、渇きを潤すためには、ためらうことすらできないのです。みんなそうなのです。考えてみてください。不老不死は、人類が有史以前から、気が狂わんばかりに求めた夢だったでしょう。金、権力を掴んだ者たちが、最後に求めた最大の夢が、不老不死だった。ある日突然、その夢が容易に、誰もが手にすることができるようになった。死を恐れ、これを克服するために無数の宗教を生み出したが、結局人々は救済されることはなかった。それがとても簡単に、近所のドラッグストアで手に入れることができるようになってしまったこの一連の動きは、誰にも止めることができなかった」
児玉は一度話を止め、額の汗を拭う。
「そして世界は不老化した。城島さんは、なぜエリクシルを飲もうとしないのですか?」
その質問は、これまでの城島の人生において何度も投げかけられた問いかけだった。若いころは自問自答を繰り返した。だからいま、城島は即答することができる。
「その方が、幸せになれると思ったからだよ」