二二 父の問いかけ
キジマ ユウスケ。男が差し出したパスポートに書かれていた名だった。
「気が済むまで調べたらいい。それから、ここに住みたいというなら、誰もそれを拒むことはしない。ただし、エリクシルの服用は禁止だ。それさえ遵守できれば、何をしようと自由だぞ」
イギリス人の老夫婦は結局三日間だけ滞在し、男の言葉が真実であることを知ると、さっさとその村を去って行った。
「最近、あの手の連中は後を絶たんな」
痩せこけた老人は、粗末な小屋の中で固いベッドに横たわっている。その口からは、弱々しい喘鳴が漏れていた。
「あまり喋らん方がいいぞ」
城島は老人の胸に毛布をかけてやる。薄い老人の胸が、小さく、そしてゆっくりと動いていた。
「世の中が狂ってから、もう何年になるのだ。おまえ、覚えているか?」
「三十五年だ。俺が十歳のとき、この村にやってきたからな」
「俺を、恨んで、いるか?」
黄色く濁った眼で息子を見つめ、消え入りそうな声で老人は問う。
城島は、ゆっくりと首を横に振った。
「恨んでなどいない。おかげで、人間らしい暮らしができたと思っているよ。この村に連れてこられたばかりのころは、親父を恨んだこともあったけどさ、この村に留まったのは俺自身の意思だ。永遠の生を謳歌している外の世界では知り得なかった喜びが、ここの生活にはあった。今は、感謝すらしているよ」
「しかし、おまえから家族を奪ってしまった」
「子どもたちのことか。四人の内二人は村を出て行ったが、それで親父を恨むわけないだろ。あいつらが自分で決めた生き方だ。第一、この村に来なかったら、俺には子供がいなかっただろう」
老人は、注視せねば分からぬほど、僅かに首を横に振った。
「違う、おまえの母、そして姉のことだ」
「そっちかよ。いいや、オフクロのこともアネキのことも、憶えちゃいない。多分、悲しかったんだと思う。十歳という年齢は、まだ甘えたい年頃だからな。でも忘れた。どっちも、どこかで生きてるんだろうな。あのときのままの姿だでさ」
そこで老人は目を閉じて沈黙した。城島は、父が寝てしまったのかと思い腰を浮かせた、その瞬間だった。
「会いたいか?」
病床の老人の声とは思えぬほど、その問いかけには力が込められていた。
「なんだよ、突然。合いたくなんかねえよ。考え方が違う。それに、俺はあの時のオフクロの年齢を超えてるんだぞ。どんな顔して会っていいのか分からねえよ」
老人は「そうか」と小さく呟き、今度こそ眠ってしまった。
その老父は、その後目を覚ますことはなかった。