二 混乱
『ステイ』常用者の検査が、世界中で始まった。
いずれの結果も、同じものであった。成長期の子供は皆成長が止まっていた。そして大人の場合、その老化が止まっていた。
不老薬の発見。
これは、人類にパニックを引き起こす。
需要は一気に拡大する。それまで裏ルートでしか取引されていなかったことから、必然的にその流通量には限りがある。僅かな『ステイ』を求め、人々は争いあった。確認されただけでも、『ステイ』が不老薬と判明してからわずか一ヶ月間の間に、四十万人の人々がその争いで死亡していた。
『ステイ』の相場は爆発した。その一錠を得るために、人が人を殺すのだ。家族間においても、そんな奪い合いが珍しいことではなくなっていた。
こうした社会的混乱を巻き起こした『ステイ』を、ようやく各国は本腰をあげて取り締まるようになる。
様々な警察機構、そして情報機関が、『ステイ』の供給元を血眼になり捜し始めた。
しかし、どんな組織であってもその根幹にはたどり着けなかった。
東南アジア、中東、アフリカ、南米において、いくつかの生産工場を発見するに至るが、捜査員や軍隊が拘束できたのは現地の作業員のみであった。『ステイ』の調合を行うキーパーソンは既に姿を消しており、いずれの地域でも証拠隠滅が行われいた。現地の作業員たちは、量産する機械を操作していたのみであり、自分たちが何を作っていたかも知らされていなかった。
CIAだけでも、実に一千人の売人を拘束し厳しい拷問も行われたが、彼らは単なる枝葉であり、供給源の発見には至らなかった。
世界中に捜査の手が及んだことが理由なのか、『ステイ』の流通量は激減していた。しかし、その需要は日々増大していた。製薬会社は競って『ステイ』の成分解析を行っていたが、同じものを一から作り出すことは誰もできなかった。
そして、終に『ステイ』は世界から消え去った。
各国の指導者は、それが警察機構の勝利であると高らかに宣言したが、世界の人々はそれを冷やかな目で眺めていた。
何が悪いのか、若さを保つことが何故悪いのか。一度その魅力に取りつかれてしまった人々は、『ステイ』の復活を望んでいた。
そしてその渇望は、新たな社会不安を巻き起こすこととなる。人々の各国政府への不信は日々増大し、大規模なデモ行為、テロの横行、暴動が頻発した。
『ステイ』の規制を止めろ。若さを返せ。マスコミ各社や識者たちも、こうした多くの人々の意見に同調していた。そして、世界がどうしようもなく混乱し尽くしたとき、その男は人々の前に姿を現した。