十七 創造者の訪問
新国家における憲法の制定、行政機関の確立、外部機関との折衝と、メガラニカ初代執政官エリカは、毎日多忙を極めていた。十名の秘書官と十五名の補佐官が彼女の業務をバックアップしてはいたが、ほぼ全権を握るエリカが決定しなければならない書類は山と積まれており、文字通り彼女は窒息しかけていた。
目が回る忙しさではあったが、エリカは全ての業務をキャンセルし、一人の男と会う時間を設けた。
この時期、どの国の指導者であっても、彼が面会を求めれば最優先で時間をとっただろう。それが、世界情勢のイニシアチブを握るといっても過言ではない、パラケルススであれば。
「ようこそお出で下さいましたパラケルスス様。執政官がお待ちしております」
エリカの行政チームにおいて、渉外を担当する補佐官が出迎えた。ロシア出身で背が高く、ファッションモデルの経験を持つ美しい女だった。
「急な申し出で、礼を欠いたのでなければ良いのですが」
パラケルススも長身であったが、彼は殆ど視線を下げる必要がなく、その補佐官に尋ねた。
「とんでもございません。いわば我々は隣人です。どうぞお気兼ねなく、いつでもいらっしゃってください。執政官もそう望んでおります」
ところどころ工事が続いており、パラケルススは時折資材を跨いで進まねばならなかった。補佐官はその不備を詫びたが、パラケルススは笑顔でそれを許した。
「こちらです」
直立不動の執政官が招いた応接室は、世界の主ともいえる男を迎えるには質素過ぎたが、小国の首相あたりならば威圧されるほどの絢爛さは誇っている。五〇平米ほどのスペース一面に、毛の長い絨毯が敷き詰められ、その中央に三〇名が同時に座ることができる長方形のテーブルが置かれている。頭上には巨大なシャンデリアが輝いており、部屋中を照らしていた。
「お久しぶりですミスターパラケルスス。半年ぶり、になるでしょうか」
入口近くで立ったまま待っていたエリカは、パラケルススを見上げて手を差し伸べる。外見上は少女であるエリアの手を、老人はしっかりと握り返した。
「建国の際、ごあいさつに来ていただきましたね。その節はあまりお時間を取れず、失礼いたしました」
パラケルススの言葉には曖昧に微笑み、エリカは客人をテーブルへと誘った。
「さて、本日はどのような御用でいらっしゃったのでしょうか。あなたが来訪されると聞いて、私のスタッフは昨日から大騒ぎです。何しろ、今の世界を造られた方のご訪問ですから。まさか、単なる表敬訪問だなんておっしゃらないでくださいね」
広いテーブルを挟んで、エリカとパラケルススは対じした。
「私は、この国に興味を抱いているのですよ。私が生んだエリクシルにより、世界は大きく変貌してしまった。その最たるものが、このメガラニカの誕生でしょう。エリクシルが世に出る前、いったい誰がこの国の出現を予想できたでしょう。若者だけの国家。そんなものは、おとぎ話にしか出てこなかった。それが今や、あなたのような気高き指導者を得て、国として機能し始めている。私はエリクシルを世に出した者の責任として、その副次的産物であるこの世代国家を支援したいと考えているのです」