十六 サルバドールからの連絡
パラケルススと呼ばれる男は、世界の中心にいた。国連の会議場に登場して以来、彼を追うマスコミの数が減ることはなかった。パラケルススの経歴は一切公表されていない。ケンブリッジで同窓だったと言い張る者、アメリカの政府系シンクタンクで同僚だったと主張する者が現れるたび、各メディアはこぞってその人物にマイクを向けたが、結局明確な根拠が提示されることはなかった。パラケルススは不老化した社会においても、依然来歴不明の怪人物であった。
そんなパラケルススの正体を明かそうと企むのは記者ばかりではなく、各国の情報機関も常に彼の動向を追っていた。
そのため、パラケルススは自由を失っていた。どこへ行くにも、誰と会うためでも、報道カメラマンが構えるフレームから衛星軌道上から見下ろされるレンズまで、常に数百数千という視線が彼を追いかけたからだ。巨万の富を手に入れたが、友人と呼べる対象もなく、彼はただ永遠の時間を過ごすのみであった。
「久しぶりだね」
鳴るはずのないパラケルススの個人的な電話が鳴った。その電話は、もう十年以上も使われることがなかったため、パラケルスス自身も、その存在を忘れかけていた。しかし、その少年の声を聞いたパラケルススは、瞳に涙を浮かべて応えた。
「懐かしいな、サルバドール」
聞きたいことは山ほどあった。パラケルススは独自に研究を進め、エリクシルの秘密を解き明かそうと努めてきたが、いつまで経ってもその深淵には到着することができずにいた。これは、世界中の研究機関が取り組んでいる課題でもあったが、最後の一歩として、誰も踏み入ることができない領域があった。誰が名付けたか、それは物質Pと呼ばれている。サルバドールと名乗る少年からは、必要なだけの物質Pがパラケルススへと届けられていた。世界中の人間を不老化させている真の秘薬は、その物質Pであるとパラケルススは考えている。そのPの解明ができれば、サルバドールの手を借りることなく、パラケルススは正真正銘の世界の主となることが可能であった。
「いつも味気のない配達伝票ばかりで、君の顔を忘れてしまいそうだよ」
物質Pの秘密を、喉から手が出るほと知りたがってはいたが、電話を受けたパラケルススは、唯一の友と再開したことの喜びが勝っていた。もちろん、相手が自分を友だとは思っていないことも、パラケルススは知っている。
「先日、君が特集された雑誌を読んだんだ。歳をとらないはずなのに、写真の君はずいぶん老けたように見えたよ」
「心配して電話をくれたのかね。嬉しいね」
電話口で、パラケルススは素直に微笑みを浮かべた。
「それもあるが、他にも気になる点があってね。君、メガラニカからの接触があったかい?」
「あの若者たちの新国家かね。いいや、当初建設の許可をもらいにきた他は、全く音沙汰なしだよ。こちらとしても積極的に関わり合いたくはないからね。あの新国家は、トラブルの種以外何物でもない。いずれ、戦争に発展することだろう。世界の指導者たちはそんなことも分からんのかな」
「そうだ、戦争になるだろう。考え方の違う勢力が並び立つことは、歴史上にもあり得ない。そこで相談なんだけど、君にはメガラニカを支援してもらいたいんだ」
「支援? 若者に肩入れしろというのか」
「そう、彼らは若過ぎる。政治的な駆け引きなども、幼過ぎるんだよ。このままでは、メガラニカはあっというまに滅び去ってしまうだろう。君には彼らを、影から援助してもらいたい」
何故そんなことをするのか、とパラケルススは問い質すことなく、サルバドールの要請を了承した。彼には、サルバドールに反対することなどできなかったからだ。