十二 歴史の舵取り
<南極大陸に新国家建設・史上初の世代国家か>
衆院のドンと若年者主導連合のリーダーが秘かに会談を行ったその翌日、主要新聞紙面と全国放送ニュース、そしてネット上の話題は世代国家設立へ向けた話題が席巻した。
杉野議員は報道陣に囲まれ、終始険しい顔を崩さなかったが、その途方もない計画に対して完全否定はしなかった。この報道は日本から世界へと飛び火し、やがて規制事実のように扱われるようになる。
日本同様に、世界各国は不満を爆発しかけている若者たちの扱いに苦悩しており、概ねそれぞれの指導者たちはこの動きを好意的に受け止める傾向にあった。
話題が世界規模に広がったことで、杉野議員は後戻りできない状況に追い込まれる。いつの間にか、彼が『悪い話じゃない』と評価した肉声までも世界が知ることとなっており、半ば強制的に杉野はその旗振り役へと担ぎあげられることとなっていた。
「ああゆう手段は好かんね。これまで培ってきた信頼というものを失うことになるだろう。君は、そうゆう考えには至らなかったのかね」
不機嫌そうにタバコの煙を吐き続けている議員の前で、西本は土下座していた。
「申し訳ございません先生。しかし、誓って私は、先生を陥れようとしたわけではありません。先生がこの世界の救世主となると確信したからこそ、あの記事を書いたのです」
「救世主、ねえ。しかし、あのときの声まで録音していたことは、背信だよなあ」
「いえいえ、それも悪意はございません。録音はたまたまです。先の会合からスイッチを消し忘れてただけです。録音データの流出も、我が社のデータベースがどこぞからハッキングされた結果です」
「そんな都合のいい言い訳を信じられるものかね」
伏した西本の頭へ煙を吐きかけ、議員はなじる。
「しかし、こうなってしまったからには、君にも大いに手伝ってもらうよ。エリカとのパイプ役なのだからね」
「はい、そりゃもう、何なりと仰せください」
杉野の声音が緩くなったことを機に、ようやく記者は頭を上げた。
「エリカは各国の若者の指導者と連携を強め、それぞれの国において嘆願書を出すなどの活動を展開しているようです。先生には、首脳陣のまとめ役を担っていただきたい、とエリカからの要望を聞いております」
「小娘にいいように扱われるのは癪だが、やれるだけのことはやってやるよ」
口では不快感を表わしているが、議員はこの事態を楽しんでいる。そう、エリカが分析していたことを記者は思い出していた。西本も、同じ感想を持っていた。自らが歴史の舵をとっていると信じて疑わない老人は、エリカにとって格好の駒であるようだった。
「今、国連を通じてパラケルススとの折衝に入っている段階だ。まだ正式な返答は得られていないが、概ね彼は好意的に今回の動きを見ているようだよ。若者が単に南極へ移住することを許容するだけではなく、その費用も一部負担したいと申し出ている、という情報まである」
「いまやパラケルススは世界ダントツの資産家だといいます。米国の国家予算を凌駕する金を動かせるという噂までありますから、金の使い道に困ってるんじゃないですか?」
記者の軽口に、議員もようやく白い歯を見せていた。