十一 ネバーランド
議員は顔をしかめたまま、ハイヤーの後部座席に身を沈めた。その隣に、平身低頭の西本記者が座る。
「先生すみませんでした。まさか彼女があそこまで突飛な要求を出してくるとは、予想もしてませんでしたよ。今回の会談はもちろん記事にはしません。どうか忘れてください」
杉野が咥えたタバコに火をつけながら、記者は何度も頭を下げた。
「いや、驚きはしたけれども、それほど悪い話じゃあないかもしれんよ」
眉間にしわを刻んだまま、議員は不味そうに煙を吐き出す。
「世代間の軋轢は年々酷くなっている。もちろん、これは人にもよるがね。上手いつきあいを続けられる若者も多い。私の孫なんかもそうだがね。だがあのエリカのように、一向に歩み寄ることができない若者たちも多くいることも、また事実だ。私の若いころには『反抗期』といったかな。彼らは永遠の反抗期を生きてるようなもんだ。私自信にも覚えがあるよ。親のやることなすこと全てが気に食わない時期ってやつが、確かにあった。だが以前は一時的なはしかみたいなもんだったが、歳をとらなくなったことでより強く頑固なものになってしまったんだな」
まだ長いタバコを揉み消し、議員は続ける。
「国内に、そうした因子を持ち続けることは危険だな。彼らが出て行ってくれるのなら、それはこの国にとって良いことのような気もする」
「じゃあ先生、エリカの要求を飲んでやるんですか?」
「もちろん、はいそうですかと了解できるような話じゃあないわな。他国の政府機関との連携も必要となる。それに、彼の地にはあのパラケルススも住んでいる。彼の了承も得なければならないだろう。クリアしなければならない事項は無数にあるが、うまくいけば、悪い話ではないと思うな。君はどう感じたかね?」
「私はただ、途方もない話にしか聞こえませんでしたよ。若者だけが集まって、若者だけの国を作るなんて、まるでピーターパンにでてくるネバーランドじゃないですか」
「そうだ、まさにネバーランドだな」
老人は一人うんうんと満足気に頷いていた。
「やつらには生産性がない。大学を出ても働かないやつばかりだ。まあ、就職で差別されているという事実もあるがね。本気で働く気があるのなら、エリクシルの服用を止めて大人になればいいのだ。生産性のない国民を抱えている余裕は、今の日本にはない。同じように無駄な老人も多いしな。だったら、追い出してしまえばいいのだよ。それも、やつらは自ら出てゆくと言っている。これは他の先進国も賛同するに違いない」
空想を広げ、議員は高らかに笑った。
西本はスイッチが入れっぱなしになっているボイスレコーダーの位置をジャケットの上から確認すると、議員に見られぬように唇の端を上げた。