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十 世代国家

 老獪な国会議員は記者の西本に導かれ、赤坂にあるビジネスホテルの一室に入る。


「狭い部屋で恐縮です。あくまで、非公式ですのでご容赦を」


 記者が招き入れた部屋の奥には、既に一人の少女が待っていた。


 容貌は中学生のように幼いが、その表情、仕草は成熟した女性のものだった。


「はじめまして杉野先生。自己紹介が必要ですか?」


 猫のような大きな瞳で議員をとらえ、少女は聞いた。


「面倒な挨拶はいいよ。さっそく話を聞こうじゃないか」


 エリカの声は、質こそ少女のものであったが、その口調、響きはやはり大人のものだった。議員はそれについて違和感など覚えない。この不老世界において、外見と中身が一致しないことは、ごく当たり前のことであったからだ。


 杉野は上座を勧められ、遠慮なく広い窓を背にして座った。エリカがその向かいに座る。狭いツインルームには椅子がニ脚しかなく、西本は数歩離れたベッドの上に腰かけることとなった。そして記者は、背広に忍ばせていたボイスレコーダーのスイッチを入れる。


「それでは早速、単刀直入にお尋ねします。先生方は、我々外見上二十歳未満の若者たちに対して、参政権を与える可能性はどれほどあるのでしょうか。数値でお答ください」


「ゼロだな」


 杉野は準備してきたかのように即答した。


「これは、国会でもテレビカメラの前でも、私が何度も口にしていることで、君は聞き飽きているかもしれんが、やはり成人することが、参政権を得るための最低条件になるのだよ。パラケルススが登場し世界が歳をとらなくなってから既に十数年経つわけだが、その瞬間からエリクシルを服用している子どもたちは無数にいる。君のような少女もいれば、まだ自分の足で立つこともできない嬰児までいる。君もそのあたりの分別はつくだろう。言葉もしゃべれない赤子に選挙権を与えることはできない。じゃあどこで線を引くのかといえば、やはりこの国では二十歳を超えてからだ。君はおそらく十四、五歳で服用を始めたのだろう。実際には三十年の年月を生きてきたとしても、参政権は与えられない。服用を止め、実年齢を重ね、見た目も中身も大人になれば、我々も選挙権を与える。君らはそれを不公平だ差別だなどと糾弾しとるが、歳をとることは誰にでも与えられた権利なのだよ。君らは未熟な段階で、その権利を放棄しとるんだ。大人になるということは、権利を得ると同時に義務も発生する。義務を果たすことができる大人のみが、世の中を動かす政治の世界に加わることが許されるのだよ」


 長い杉野の発言の間に、西本は電気ポットで茶を沸かしていた。出された茶を熱いまま、政治家は一飲みで飲みほした。


「はやりこの問題は、いつまで議論しても平行線ですね。私たちの間には大きな隔たりがあるようです」


 エリカは長嘆する。


 世界が不老化することで、若年層が就職、そして参政権において差別されるという事柄は、既に十年以上続く恒常的な社会問題と化していた。


「杉野先生、私は若年者主導連合の代表として、国内外の同じような問題意識を持つ団体と協議しております。そして、ある目的に向い動きつつあります」


「まさか、世界同時クーデターなんかじゃなかろうな。一昔前の共産主義者たちと同じ轍を踏むぞ」


「そんな、世間で言われるような暴力的なものではありませんよ。私たちは、国が欲しいのです」


 タバコに火をつけようとしていた議員が止まった。


「やはり、クーデターじゃないか。馬鹿馬鹿しい。そんなもの成功するわけない」


「ですから違います。この国や、別のどこかの国を乗っ取ろうなんてことはいたしません。もちろん、海外の同士も、そんな危ないことはいたしません。私たちは、ただ住む場所を得たいと考えているだけです」


「この世界に、新たな国を造ろうというわけかね。しかし、そんな場所はないぞ。パレスチナがどれほどの悲劇を生んだか、君も知っているだろう」


「だからこそ、そこで先生にお願いしたいのです。私たちに南極の地をいただけないでしょうか」


「南極だと?」


「はい。彼の地には僅かな観測施設と、今はパラケルススの工場があるのみです。住人はいないはずです。私たちはそこに、若者だけの国を作りたいと考えています。これまでの国は、土地、民族、言語、宗教により区分されてきましたが、私たちは新たに、年齢を帰属意識として持つ新たな国家を建設したいと考えております。世界初の世代国家です」



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