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一 ステイ

 それは、静かに始まった。


 東京の歌舞伎町では、ありとあやゆるドラッグが蔓延している。国家権力がどれほど厳しく取り締まろうと、ドラッグを撲滅することはできなかった。売人たちは、様々な手段を講じて薬を手に入れ、消費者へと売りさばく。通常では得られない快楽を求める人々の需要は、なくなることはなかった。


 しかし、二一世紀の四分の一が終ろうとしていた頃、歌舞伎町には新しいドラッグが蔓延していた。利用者たちから『ステイ』というスラングで呼ばれたそのドラッグは、快楽など与えない。高揚感も幻覚もないドラッグだったが、人気は加速度的に高まっていった。『ステイ』はカプセル状で流通しており、ただ飲み込むだけという使用方法も、利用者が増える理由だった。価格は通常の麻薬の十分の一以下。薬局で売られる総合感冒薬並みの値段で取引されていた。


 麻薬を取り締まる警官たちは、その流行の原因をしばらく把握することができなかった。そもそも、それが麻薬であるという判断も下せない時期が長かった。何しろ快楽など得られぬ麻薬なのだ。麻薬の売人たちは、利益は少ないが安全な商品である『ステイ』を、我先にと奪い合うように扱いしはじめていた。


 厚生省がようやくそれを麻薬であると認定したときには、既に日本全国に十万人以上の利用者が存在していた。そして『ステイ』は、日本だけではなく世界中に愛用者が広がっていた。厚生省がそれを禁止した理由も、米国がそうしたことに追随したにすぎなかった。誰も、そのドラッグの成分分析ができていなかった。世界中から優秀な頭脳が集結している米国の官民問わぬ様々なシンクタンクにおいても、解析が不可能であった。


 成分不明。どの国から発祥したのかも不明。生産地も不明。ただ『ステイ』は大量に流通していた。


 利用者は世界中で増える一方であった。


 何故か。


 それは、『ステイ』を飲み続けることで、健康が得られたからだ。


 体調が良くなるという口コミだけで、『ステイ』は爆発的に利用者を増やしていた。


 ただし、その成分が分からない。主要国の多くが、不明であることだけを理由に『ステイ』の使用を禁止していた。これは世界中に議論を巻き起こす。『ステイ』はただの健康食品であり、国が規制するものではない、いや成分が解明できないことから、将来的に常用者の健康を害する可能性があるため禁止にすべし、等々。『ステイ』を使用していることを公言する映画スターも登場し、そのドラッグは更に流通量を増していった。


 やがて『ステイ』の使用を容認する国家も現れる。しかしそのような国においても、通常のドラッグストアやスーパーの棚に、『ステイ』が並べられることはなかった。何しろ生産者が不明なのだ。堅気の商売人では取り扱うことができず、『ステイ』は依然としてドラッグの売人たちによりさばかれる商品であった。


 『ステイ』が何であるのかは、その人気が拡大して一年あまりの時間を経てから判明した。


 発見者は、体調が良くなるからと一歳の息子に『ステイ』を与え続けていた母親だった。


 飲ませ続けて一年あまり、その息子は全く成長しなかった。


 『ステイ』はその言葉通り、人の時間を『留める』という効能があったのだ。


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