売られて
登場する人物、団体、製品名、その他固有名称はすべて空想・架空のもので、現実の企業、団体、個人とまったく関わりはありません。
夜が明けた。あまり眠れてはいない。ベッドはあるが上質とはいえないからね。依頼の案件は、壁抜けとか光学迷彩とか使って片付けた。
そういえば昨日から何も飲み食いしていない。水分に関してなら粒子操作で空気中に漂う水分集めて何とかなるが、この環境で物を食べるのはちょっと。
暇だ。アンモニア臭がきつい、量は作れないがニトロ化合物作って暇をつぶそう…
昼に差し掛かるころ、昨日の兵士が呼びに来た。
「出ろ。付いて来い」
八畳間ほどの部屋に通された。簡素な机と椅子が置かれている。ローブを着た魔法使い風の男がいる。無骨な鉄の首輪を私の首にはめてきた。
「これは隷属の首輪といって奴隷にはめるものだ。お前は犯罪奴隷、人権は無い。殺されても文句が言えない、殺した側は罪に問われない。首輪は死ぬまで外れない。ここで命令されたことには逆らえなくなる。最初の命令は、主人に危害を加えないこと、城で見聞きした一切を死ぬまで他人に話さないこと。この二つだな」
犯罪奴隷になりました。私は一体、何をやったんでしょう。殺人、強盗、国家反逆?
まあそれに近いことやったんでしょう、ごく最近の記憶に有る、しょうがない。
「商業ギルドに問い合わせたら、ぜひ払い下げ願いたいと言う事だ。そこそこの金額で引き取るらしい。まずはめでたい」
私はめでたくないですが?
しばらくすると豪華な服を着た小太りの男がやってきた。ギルドの関係者なんだろう。兵士にもみ手でなんか言ってる。
「おい、行くぞ」
小太りの男が私を呼ぶ。付いて行くか。馬車が用意されている。
「後ろに乗れ、何もしゃべるな、おとなしくしていろ」
色々指図される。乗用ではなく幌馬車の後部、荷物扱いになるようだ。
馬車には私以外に4人乗っている。ギルド関係と思われる者が2人、小太りの男とその従者らしき若い男。護衛らしき簡易な防具を着込んだ無骨な男が2人。それとは別に馬で併走する護衛が2人。
馬車が動き出す。どこへ行くんだろう。
聞き耳を立てると、ギルドの男たちがなにやら話している。
「兵站局から聞いたんだが、本当の話かよ」
「ああ、そうらしい。なんでも見ただけで小麦の袋にどれだけ混ぜ物が入っているか分かるそうだ。その上、帳簿のごまかしを一瞬で見つけるらしい」
「計測とやらで、商品重量の不足とかも一目で分かるとか。おー怖」
「そんなヤツがいると思うと、安心して商売できん。ギルド長がコレ聞いて『すぐさま処分して来い』って叫んでたのも分かるよなー」
処分されちゃうんだ参ったね。こんな年寄り一人、何を怖がってるんだか。
馬車は城を出る。何度か検問所のようなところを通り、城壁の外へ。荷台からは後方しか見えない。王都が遠ざかる。
2時間ほど走っただろうか。森の中へ。しばらくして馬車が止まる。休憩かな?
「降りろ」
首輪に付いた鎖を引かれ馬車から引き摺り下ろされた。
「お前はが居ると色々迷惑なんだよ。まあ死んでくれ。森の中なら魔物が食ってくれるんで死体の処理も面倒が無いんでな」
小太りの男が怖いことを言う
「刃物は使うな。棍棒で殴り殺せ。万が一死体が見つかった時に面倒になる」
さらに怖いことを言う。
「こいつの着ている服や靴は剥ぎ取ってかまわんでしょうか?」
若いギルドの従者が小太りの男に聞く。
「それを持ってると面倒になるぞ。死にたいならかまわんが」
「それもそうですな。危ないことはやめときます」
「それじゃ兄さん方。こいつの始末はお願いします。確実に殺し息の根止まったことを確認してくださいよ」
「わかった」
馬車に乗っていた2人の男に鎖を引かれ、森に連れて行かれた。街道が見えなくなる頃
「お前、何をやったんだ?今から殺されるのに、なんでそこまで落ち着いてる」
男が聞いてきた。
「何もやってないはずなんですがね。召喚者って知ってます。一度死んでるんですよ。いまさら死ぬのはそれほど怖くない。次があることを知ってますから」
と答えてやった。
男が言う
「女神教では死者は生き返えらない、信者は天の国に迎えられると教えられるが?」
「私、異教徒なんで知りませんよ。撲殺はかまわないですが、苦しまないようにお願いしますよ」
「異教徒、よく分からんな。まあ、恨むなよ。」
そういうと、手に持っていた棍棒で私の頭を殴ってきた。痛い。ぼくぼくと殴る。痛い痛い。簡単に死なない、意識が薄れてきた・・・
巻き込まれ召喚された初老の男は、哀れ異世界転移2日目での死亡と相成った。