第45話 戦いの決意
村人たちの議論は続いたが、まとまりのつくものではなかった。
全会一致で合意が得られたのは、国に救援要請を出すこと。
これに反対する者はいなかった。
しかしその上で、救援が来るまでどうするかの話になると、誰もが納得する答えは出なかった。
ひとまず村で暮らしながら、ドラゴンが襲ってきたら避難するか。
だが高速で空を飛ぶドラゴンから、五百人を超える村人がどうやって逃げ切れるというのか。
ならばと言って「男たちが武器を取って戦い、女子供は逃がす」という案が出たあたりで、一般の村人たちからも賛否の意見が多数出てきて、議論が紛糾して収拾がつかなくなった。
その頃には、ケヴィンの腹も決まっていた。
少年は一つ深呼吸をしてから、挙手をして声を上げる。
「発言、いいでしょうか?」
透き通ったよく通る少年の声に、議論の場は一時、しんと静まり返った。
やがて村長が、ケヴィンに発言を許可する。
少年は広場に歩み出て、村人たちを見回して言った。
「もしドラゴンがこの村を襲いにきたときには、俺が戦います」
村人たちは、ぽかんとした。
この少年は、いきなり何を言い出すのか。
それはケヴィンのパーティの先輩冒険者たちも同じであった。
「ちょっ、ちょい、少年……!? ドラゴンに、勝てるつもりなんか……!?」
慌ててそう聞いたジャスミンに向かって、ケヴィンは首を横に振る。
「分かりません。実際に戦ってみなければ何とも。でもヒューバートさんでも勝てない相手なんだとしたら、難しいと思います」
「難しいと思います、って、それじゃあ……」
「でもそれは、俺一人で戦ったらの話です。皆さんの力を借りることができれば、勝算はあると思っています」
ケヴィンの発言に、その場にいる村人たちがざわめき始める。
次に意味のある言葉を発したのは、村長だった。
「話が見えないのだが、冒険者の少年。キミは仲間たちの協力が得られれば、例のドラゴンとも互角以上に渡り合えるというのかね?」
「はい。そんな直観がある、という程度ですが」
「『直観がある』では……いや、しかし……冒険者の皆さん、彼の言うことは本当なのですかな?」
村長がそう言って、冒険者たちの姿を見る。
そこにはもう一つの冒険者パーティの姿もあった。
魔導士のローナと、斧使いの戦士ダリルが、互いにうなずき合う。
ダリルが一歩前に出て、発言をした。
「ドラゴンを倒せるかどうかは分からねぇが、その坊主がとんでもない実力の持ち主だってことは間違いない。その坊主が言うんなら、そうなんだろうと思うぜ」
ローナもまた、ダリルの隣に歩み出る。
彼女は首にかけられた銅製のタグ──Cランク冒険者の証を村人たちに見せながら、言い放つ。
「それはボクも認める。Cランク冒険者のボクの目から見ても、彼の力は頭抜けているよ」
村人たちが、再びざわめき始めた。
その一方で、不安げな声を上げたのはルシアだ。
「で、でもケヴィンさん。『勝算がある』としても、それは『負けるかもしれない』でもありますよね。凶悪なドラゴンを相手に負けるというのが、どういうことだか分かって言っているんですか?」
その少女の声にも、ケヴィンは微笑んで答える。
「はい。ですから迷いました。俺の気持ちに、ルシアさんたちを巻き込んでもいいのかって。でも俺が考えているやり方なら、確実とは言えないまでも、俺以外の人へのリスクは最小限に──」
「そうじゃなくて! いえ、それもありますけど。でもその前に、ケヴィンさんが命を落とすかもしれないって、そういうことでしょ……!? ほかの人たちのためなら自分の命なんてどうなったっていいって、そういうの、私は……!」
ルシアの姿はどこか、今にも壊れてしまいそうな脆さを見せていた。
ケヴィンはそれに少しうろたえたが、すぐに首を横に振る。
そしてルシアをまっすぐに見て、真剣な表情で答えた。
「すみません、ルシアさん。でも俺、今よりももっともっと強くなりたいんです。俺が守りたいものをいつでも守れるぐらいに、強く」
「そんなの、だって……! ……って、んんっ……? あれ……?」
ケヴィンの言葉をかみ砕いたとき、ルシアは首を傾げた。
ついで魔導士の少女は、きょとんとした顔になって、目をぱちくりとさせる。
想像していた答えと違ったよ、という様子。
ルシアは少年に、おそるおそる問いかける。
「強く……なりたい……?」
「はい。だって俺、男ですから」
「はあ」
「あー、えぇっとですね、父さんが言ってたんです。強くなるためには、神から与えられた試練に挑めって。……ルシアさんは俺の考え、不謹慎だと思いますか……?」
そう言って、怯えるようにルシアの顔色をうかがうケヴィン。
一方のルシアは、うつむいて肩を震わせる。
そしてやがて、耐えきれなくなったように噴き出した。
「ぷっ……あははははっ! 何ですかそれ……! おっかしい……!」
「えっ……えっ……?」
「つまりアレ? ケヴィンさんはほかの誰かのための自己犠牲の精神とかじゃなく、自分の成長のために──自分のために命を懸けてドラゴンに挑もうとしているって、そういうこと?」
「あ、いや、もちろん人命のためが第一ですけど……。でも俺がどうしてそうしたいのかを突き詰めたら、それだけでもないなって……あ、あの、ルシアさん……?」
「あー、そう。もういい、もういいです。分かりました。それならいいです。あと私もできることがあるなら手伝います。そんな気分になりました。あー、おっかしい。何それ」
「えぇ……」
何かのツボに入ってしまったルシアと、困惑するケヴィン。
ちなみに村人たちは、唖然としたまま放置されていた。
一方でもう一人、狼牙族の少女は堂々と腕組みをしたポーズで叫ぶ。
「うん、よく言ったぞケヴィン! 勇敢なオスはかっこいいぞ! さすがワウが見込んだオスだ! もちろんワウも、ケヴィンを支えるぞ! 何ができるか分からないけどな!」
それには横にいたルシアが、ぼそっとつぶやく。
「はぁっ……ワウちゃんって、単純でいいよね」
「……なんかルシア、最近ワウのことをちょくちょくバカにしてないか?」
「え、あー……。き、気のせい、気のせいだよ」
「そうか、気のせいか。気のせいじゃない気もするけど、まあいいか」
その一方で、頭をバリバリとかいて顔をしかめていたのはジャスミンだ。
若き女盗賊は、呆れたように言う。
「あー、もう、わかったわ。うちも付き合うよ。しかしホント、少年といると飽きないな。平凡なクエストが、世紀の大冒険に早変わりや」
さらにもう一つの冒険者パーティの、女魔導士ローナと斧使いの戦士ダリルも賛同の意を示す。
「その話、ボクも乗ったよ。勝算があるなら大歓迎。ドラゴンなんかに、ボクたちの世界を好きに荒らさせるもんか」
「俺もだ。お嬢がやるって言ってきかないのは目に見えていたしな。それに坊主なら、やってくれる気がするぜ」
さらに彼らのパーティのもう二人、盗賊の少年と神官の男も同意する。
また村の男たちも、次々に協力を申し出た。
ケヴィンはそれにホッと胸をなでおろしながらも、同時に彼らに対する責任も感じていた。
自分が言い出して場の空気を作ったのだから、自分にはその責任がある。
ケヴィンはそう考える少年だった。
だが、そのとき──
「えぇーい、待て待て! ワシを差し置いて勝手に話を進めるな!」
そう声を張り上げたのは、冒険者たちの雇い人、商人のハロルドだった。




