第38話 オークの群れ
夜の闇に包まれた、森の中。
二人の魔導士が生み出した魔法の灯りを頼りに、八人の冒険者たちは木々の間を縫って慎重に進んでいく。
しばらくすると、彼らはモンスターの群れと遭遇した。
三十歩ほど先に、複数の大柄な人影のようなものを発見したのだ。
そいつらはおぞましい緑色の肌をしていて、豚のようにぶくぶくと太っていた。
頭部も豚に似ていて、口からはだらだらと汚らしい唾液が垂れ落ちている。
数は六体。
モンスターたちもまた、冒険者たちの存在に気付いたようだ。
そいつらはニタァっと顔を歪ませると、冒険者たちのほうに向かってずんずんと、一斉に駆け寄ってきた。
魔導士のルシアが叫ぶ。
「オークです! モンスターランクはE! 動きは鈍いですが、一撃が重いから気を付けて! 私は眠りの魔法を!」
ルシアはその後、すぐに精神集中し、杖を掲げて呪文の詠唱を始める。
もう一人の魔導士ローナもまた、同じ呪文の詠唱を開始していた。
ローナを守るように立っていた、斧使いの戦士ダリルが叫ぶ。
「お嬢たちが魔法を使う! 戦士たちの突入はそのあとだ!」
「了解です!」
「分かったぞ!」
ケヴィンとワウも飛び出すのをひかえ、その場で待機した。
オークたちはずしんずしんと鈍重に走って、冒険者たちへと近付いてくる。
武器として大型の棍棒を持っているものもいれば、素手のものもいた。
オークたちが距離の半分ほどまで近付いてきたところで、二人の魔導士の呪文が完成する。
「「かの者たちに安らかなる眠りを──スリープ!」」
不可視の力が、駆け寄ってきていた六体のオークに襲い掛かる。
うち三体が魔法の力に抵抗できずに、ふらついて倒れた。
だが残る三体は、頭部をぶるぶると震わせ、どうにか持ちこたえた。
そのとき、残ったオークのうち一体の出っ張った腹に、一本の矢がぐさりと突き刺さる。
ジャスミンら盗賊二人がひそかに放った弓矢攻撃のうち、一本は木にぶつかって外れたが、もう一本が狙いどおりに命中したのだ。
斧使いの戦士ダリルが叫ぶ。
「よぉし、出番だ! ──っと?」
自らも駆け出したダリルだが、同時に驚きの声をあげる。
ダリルと同時に駆け出した二人が、彼よりもはるかに素早くオークどもに向かっていったからだ。
武闘家らしき狼牙族の少女が、敏捷性に優れるのは分かる。
ダリルと同じDランク冒険者だというし、種族的にも職種の面でも、パワー重視の斧使いであるダリルよりも速いのはおかしなことではない。
問題はもう一人のほうだ。
Eランクのはずの少年が、狼牙族の少女すら上回る走力で、真っ先にオークのもとにたどりつこうとしていた。
尋常な話ではない。
しかも──
「ワウさんは矢が刺さったほうを!」
「分かったぞ!」
「お、おいおいおい……!?」
ダリルはさらに困惑する。
矢が突き刺さった手負いのオーク一体を、Dランクの狼牙族の少女が担当し。
一方ではEランクの少年が、残る二体を受け持つように移動したのだ。
オークのモンスターランクはE。
そのランクが意味するのは、平均的なEランク冒険者が一対一で戦って、どうにか勝てるかどうかの相手ということだ。
ましてや一人でオーク二体を同時に相手にするなど、Dランクのダリルでも肝が冷える戦いになる。
よほどの窮地でもなければ、そんな戦いは御免被りたいぐらいだ。
だというのに──
(チッ、何を考えてやがるあいつら……!)
ダリルは心の中で舌打ちをする。
そして彼はEランクの少年を援護すべく、少年のあとを追って駆けた。
だがダリルの心配は、杞憂に終わる。
ダリルが追い付くよりも早く二体のオークと接敵した少年は、襲い掛かった二体のオークの棍棒攻撃をたやすく回避してかいくぐり、その剣でオークどもに斬りかかった。
「──はぁあああああっ!」
ズバッ! ズバシュッ!
Eランクの少年が放った月光のごとき二振りの剣閃は、二体のオークの首を瞬く間に刎ね飛ばしていた。
二体のオークの頭部が大地に落ちたとき、その胴体のほうもずしんと倒れ伏して、びくびくと痙攣して動かなくなっていた。
「……は?」
少年を追って駆けていたダリルは、呆然として立ち止まり、目をしばたかせる。
目の前で何が起こったのか分からず、思考が停止してしまったのだ。
ダリルが呆けている間にも、少年は狼牙族の少女の援護に回り、もう一体のオークの心臓を剣で貫いていた。
少年が剣を引き抜いて跳び退ると、オークは胸と背中から激しく血を噴き出して、ゆっくりと倒れていく。
そうしてあっという間に、動くオークの姿は一つもなくなってしまった。
「何だ、これは……?」
ダリルは首を傾げる。
彼は頬をつねってみたが、痛かったのですぐにやめた。
目の前で起こったことは、どうやら現実のようであった。




